第五十四話『スローライフ』
「体が痛いのじゃ~! 宿屋に連れて行くがよい。そこでもう一回寝る!」
朝起きて開口一番そう言ったのは、あの竜王少女――クルーエルと名乗った少女だ。
……これだけ寝てまだ寝る気かよこいつ……。
ちなみにこのクルーエルという少女はめちゃくちゃ寝相が悪く、目を覚ました時に俺の上で寝ていた時はマジでビビった。俺の『気配察知スキル』や『聞き耳スキル』を掻い潜って俺の上で寝るとかどんな高度な寝相だよ……!?
しかもコイツの胸がちょうど俺の顔のところに……いや、今思い出すのはやばい。朝起きたばかりなので収まりがつかなくなる。
俺が素数を数え始めると、クルーエルはもう一度言ってくる。
「宿屋に連れていくがよい!」
……我儘少女め。ほとんど子供の癇癪と同じだ。
見かけだけは可愛いからなんとかしてあげたくなってしまうところが本当にタチが悪い。
でも宿屋に預ければ満足してくれて、そこでこいつとおさらば出来るかもしれないから一考の価値はあるか? (←何気に酷い)
よし。宿屋に連れて行ってみるか。
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そんなわけで俺たちは街中の宿屋まで足を運んだのだが、
「気味が悪いねえ。冷やかしなら帰っとくれ」
……結局いつものやつだった。
おばさんの冷ややかな目に押されながら俺たち三人は宿屋を出る。
「どうして黙ったまま何も言わぬのじゃ!? おかげで宿屋を追い出されてしまったではないか!?」
……返す言葉もなかった。
でも待ってくれ。何も言わなかったのはお前も同じじゃないか?
確かに俺は何も言えなかったよ。だけどクルーエルだって俺の横で腕を組みながら偉そうに踏ん反り返っているだけで一言も発しなかったのだ。
喋る気配など微塵もなかった。
こいつもしかして……?
そう言えば俺とばかり話してルゥとは一切喋ろうとしないし、それどころか目を合わせようとすらしない……。
ちょっと前から怪しいとは思っていたが……。
間違いない。こいつは内弁慶系のコミュ障だ。
ちなみに内弁慶系コミュ障とは、身内には強気だが他人の前では借りてきたネコのように大人しくなるコミュ障のことだ。
しかしその内弁慶先が俺というのが意味が分からない……。
なんで俺にだけ一切遠慮がないんだよこいつ……?
今も「バカ」だの「まぬけ」だの言いたい放題罵られている最中だ。
だが、他の宿屋に行ったところで結果は変わらないだろう。
とは言っても、このまま放置しておいたらクルーエルはずっと叫びっぱなしだ。
………。
仕方ない。かねてより計画していたあれを前倒しでやってみようか。
俺は未だ口汚く罵っているクルーエルと、さりげなく俺を庇うように間に入ってくれているルゥを引き連れて道具屋へ向かった。
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道具屋と武器屋で必要な物を買い揃えた俺は、再びいつもの野宿ポジションに戻って来ていた。
もちろんルゥとクルーエルも一緒だ。
彼女たちは俺が何をやろうとしているのか分からず首を傾げているが、構わず早速行動に移ろうと思う。
俺はマジックポーチから武器屋で買った鉄の斧を取り出すと、首を傾げている二人の前で木に向かって叩き付ける。
ステータスが高いせいか、カーン、カーン、バキッ、と、たった三発で木が倒れた。
それを見てクルーエルが訊いてくる。
「……まさかとは思うが、お主、自分で家を建てるとでもいうのか?」
へえ、中々良い洞察力をしているな。
その通り。俺は自分で家を建てることにした。
だって宿屋に泊まれないし、だからと言ってこのままずっと野宿ではルゥが可哀想だ。
だったら自分で建ててしまおうという発想である。
「難儀な男じゃのう」
クルーエルが呆れたように言ってきた。
いや、あんたも十分に難儀な女だけどね。
というかあんたがいなかったら今すぐ家を建てようなんて思わなかったよ。
本当はもっとステータスが高まってから、実際に職人が家を建てるところを見たうえで自分もやってみたかったのだが、こうなったらやるだけやってやろう。
そんなわけでマイホーム作り開始である。
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一度昼休憩を挟んだが、昼ご飯を食べてからも家作りは続いた。
ルゥが手伝ってくれていることで思った以上に作業は捗っている。
竜に変身したルゥに乗って、ルゥの突進力と俺の二倍になった筋力で木を一発で倒せるようになり、必要な木材があっという間に揃ったのが大きい。
しかもそのおかげで竜になったルゥから降りても一分ほどはステータスが二倍のままであることが判明し、それを利用して木材を必要な大きさに切っていく作業も大幅に効率アップした。
これなら今日中に家が建つかもしれない。
ちなみにクルーエルは切り株の上でお昼寝中である。どついたろか?
もし彼女が本当に竜王なら、彼女が竜に変身してくれたらもっと効率アップ出来ると思うのだが……まあ、期待するだけ無駄な気がするからもういいや。
俺は強くならなければいけないので、こんなスローライフをしている場合じゃないんだけど……。
しかしそれとは別にマイホームを建てることにワクワクしている自分がいた。
俺は日本にいた時にやっていたMMORPGでも自分の拠点づくりとかに凝っていたからなぁ。
元々こういうことは嫌いではない。
まあ、MMOでも一人プレイでしたけど……。
もちろん今の俺は建築技術など持っていないので最初から良い家が建つとは思っていないが、それでも出来る限りの範囲で凝っていきたいと考えている。
さあ、もうひと踏ん張り気合入れて行きますか。
そんな感じでマイホーム作りは続いていく。
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日が傾きかけた頃、ようやく待望のマイホームが完成した。
かなり疲れたけど、自分でも驚くことに本当に一日で家が出来たよ。
『建築スキル』を覚えた上にレベルが3まで上がり、ついでに『斧スキル』も覚えた。
ほとんど木で出来た純木造住宅。いわゆるログハウスである。
大きさはそれほどではない。
取りあえず部屋を二つ作ったが、足りなければ増築する予定だ。今の俺ならそれくらい余裕で出来るし、最初から増築を見越した細工も施してある。
外観は日本にいる一級建築士が建てた家と比べるまでもなくしょぼいが、初めてにしては上出来の部類だと思う。
一応崩れないことと雨漏りがしないことだけは苦心したつもりだ。
多分隙間風は入るが、今の俺の技術ではこれが精一杯。そこは見逃して欲しい。
「ふおお……! まさか一日でこれほどの家を作ってしまうとは……お、お主すごいなぁ!」
出来上がった家を見てクルーエルが素直に褒めてくれる。
ルゥは何も言ってこないが、「さすがご主人様です」という視線を向けてきていて正直こそばゆい。
「は、早く入ろうぞ!」
興奮したクルーエルが催促してくるので三人で家の中へと踏み込む。
中は真っ暗だった。
さすがにガラスは道具屋で売っていなかったから、窓そのものは木材で作った開閉だけ出来るタイプのものだ。
だから窓を閉め切っている今は真っ暗なので、道具屋で買ったカンテラに火を灯して明かりを作る。
「おお……いい雰囲気ではないか! 気に入ったぞ!」
クルーエルはそう言ってくれるが、俺はまだ納得がいっていなかった。
出来ればレンガやガラスを使ってもっと改良していきたいと考えている。俺は凝り性なのだ。
テーブルや椅子などの内装も全て木造の手作り。
内装を参考にしたいから今度出来れば宿屋に泊ってみたいところだが……このメンバーじゃまた「気味が悪いねえ。冷やかしなら帰っとくれ」と言われて終わりだろう。はあ……。
テンションが上がりまくってその辺を飛び跳ねているクルーエルを放っておいて、俺は早速夕飯の準備をすることにした。
ふふっ、自分で作った台所を使ってみたかったのだ。
台所のシンクは鉄製の大鍋を利用してオリジナルのものを作った。
水は近くにある小川まで汲みに行かねばならないが、それでも今までの野宿に比べて格段に料理がしやすくなったと言っていい。
もっと時間があれば川から水を引いて簡易的な上水と下水も完備させたいが、さすがにいつまで滞在するかもわからない場所のためにそこまでするのは手間だ……。
そんなことを考えながらも、朝市で買い込んでおいた食材を使って夕飯を拵えていく。
隣でルゥが『お手伝い』をするためにちょこんと立っているのが可愛くて悶える。
腹が減ったのだろうクルーエルがダイニングテーブルでカンカンと食器を鳴らし始めたので急いで調理をしよう。
しかしあとはポトフだけ。鍋を購入したことで汁物も調理可能になった。その鍋に適度に刻んだ根菜類とウィンナーやベーコンなどの加工肉を入れていく。ちなみにウィンナーとベーコンは適量の数を言えなかったので売っていた物を丸ごと買った。
両方とも保存が利く上にクルーエルが大食漢なので腐ることはないだろう。それにマジックポーチの中はどうも時の進みが遅いようなのでさらに保存期間は伸びるから問題ない。
既にサラダは出来ているし、鶏肉を使った一品料理も作った。
鳥は家を建てている時に飛んできた鳥を狩っておいたものだ。血抜きをしなければならないことは知っていたので、取りあえず木に逆さで吊るしておいたら何とか血抜きは出来た。
その鶏肉に市場で売っていた小麦粉っぽいものをまぶして、これまた倒した木の上にあった卵なども使って油で揚げて唐揚げにしてみた。
それらの料理を先程道具屋で買い揃えておいた皿に盛りつけていく。
盛り付けで食欲は変わるから美味しそうに盛らねば。
うん、いい感じ。
湯気の上がる料理をルゥに持って行ってもらうと、ダイニングテーブルで歓声が上がった。
「うおおっ、ウマそう!」
俺も出来上がった料理を運んでいくと、クルーエルは涎を垂らしていた。
「なんじゃこれは!? 見たことのない料理ばかりではないか! は、早く食べたい! ほれ、さっさと席に着かんか!」
一応遠慮しているのか、今回は俺が席に着くまで料理に手を付けようとしない。
ルゥの目も既に料理に釘付けになっていた。「自分も食べていいの?」という視線をこちらに向けてくるが、どう見ても君の分も用意されているでしょ? 契約を交わしても相変わらずのルゥに俺は苦笑するしかなかった。
俺が席に座ると、クルーエルが元気よく声を上げる。
「うむ! ではいただくとするかの!」
何故彼女に仕切られているのか分からなかったが、まあいい。存分に食べて下され。
クルーエルはまず唐揚げにフォークを差して口に運んだ。
「むおおっ! なんじゃこれは!? 外はカリッカリで中はジューシーな肉汁がジュワッと……! こんなもの、千年生きてきて食べたことがないぞ!」
あ、一応千年生きた設定は持ちだすんだ。
それが嘘か本当か知る由もないけど、美味しそうに食べてくれているからよしとしよう。
次にクルーエルはポトフにスプーンを入れて口に持っていく。
「むむっ!? なるほどのう。ウィンナーやベーコンなどの加工肉を敢えて投入することによって旨みを汁全体に行き渡らせたのか。これまた美味!」
お前はどこぞのグルメリポーターか?
だが宮殿で美味い物を食べてきたから味にはうるさいのかも知れない。
……竜王の設定が本当だったらの話だけど。
「ぬおっ!? このサラダにかかっている汁もまた美味いぞ!? なんじゃこれはああああああ!」
味にうるさいどころかリアルにうるさいまである。
ドレッシングね。油と塩、それに少々高額だったが胡椒を使って手作りしたものだ。
ちなみにルゥはまだフォークもスプーンもテーブルに置いたままである。どうやら奴隷の自分が俺と一緒の席に座って俺と同じ物を食べていいのか迷っているらしい。
目が合ったので頷いて見せると、それでようやくフォークを唐揚げにさして恐る恐る口に持っていく。
で、カリッという音が響くと、ルゥの顔がほわっと緩んだ。
……なんでこの子はこんなに可愛いんだ? あのクソラザロスから奪い取って良かった。
俺も自分で作った唐揚げやポトフを食べてみたが、うん、問題なく美味い。自分で言うのもなんだが上出来だ。
あまり料理はしたことなかったが、知識だけで何とかなった。学校を休んだ時にちょいちょい見ていたNHKの料理番組が役に立ったな。ちょっと料理にハマりそう。
それから三人で夢中になって食べた。
基本的に俺とルゥは喋らないので、クルーエルが一人で「ウマい、ウマい」と叫んで食べていた。
それだけなのに、何だか団らんっぽいなと思ってしまった。
ルゥはいいとして、何故だかクルーエルにすら気を許してしまっている自分がいる。
本来、俺は出会ったばかりの相手にここまで気を許すことはない。
不思議だった。
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「ふああ……お腹いっぱいじゃ。ウマかった~。満足じゃ~」
クルーエルは幸せそうにテーブルに突っ伏した。
そこまで言ってくれると正直悪い気はしないな。作って良かったとさえ思う。
「ふぁ……眠くなってきたな。さて、寝るか」
……こいつの行動原理は今のところ『食う』と『寝る』しかないな。
まあ寝てくれた方が静かだしいいか。(←酷い)
しかしさっきも言った通り部屋は二つしかない。
取りあえず女性と同じ部屋で寝るわけにもいかないし、部屋を一つ使ってもらうしかないか。こいつがいくらアレでもまさか女の子を外に寝かせるわけにもいかないだろう。
そんなわけで部屋に案内したのだが、
「見知らぬ場所で一人で寝るのは怖いじゃろ? 添い寝をせい」
……どこまで無防備なんだこの女?
というか千年も生きた竜王が一人で寝るのが怖いってどういうこと……?
どこまでも一筋縄じゃいかない奴だ。
俺は頭が痛くなって目頭を揉むしかなかった。




