第五十話『竜の契約。火竜のルゥ』
外はすっかり日が暮れていた。
昨日と同じ野営ポイントに帰ると、集めた枯れ木を使って焚火を起こす。
その火をぼうっと見つめながら俺はあることを考えていた。
それはルゥのことだ。
ラザロスの脅威は完全になくなった。これでルゥも自身のレべリングに集中できるだろう。
しかし今日一日スライムホールド狩りをしてみて分かったが、あれでは効率が悪すぎる。
そこで他の方法がないものか思考していた。
………。
先程はルゥのレベルを上げるにはあれしかやり方は無いと言ったが、実はもう一つだけ方法があるにはあるのだ。
俺が竜騎士だからこそできる、とっておきの方法が……。
しかし、それを行ってしまえばもう後戻りは出来ない。
だから俺は迷っていた。それを行うべきか否か。
一方、ルゥも何か考え事をしているようだった。
何やら思い詰めているようにさえ感じるけど……どうしたんだろう?
そんなルゥだが、不意に立ち上がるとこちらに歩み寄って来て、俺の前に立った。
一体何事かと訝しく思っていると、ルゥは言ってくる。
「ご主人様がわたしのために心を砕いてくださっているのは分かります。でも、わたしはレベルアップしたところで強くはなれないでしょう」
そう言い終えると、ルゥは体を覆っていたマントを取り外す。
………。
ルゥはマントの下に何も着ていなかった。
つまり全裸である。
大事なところは手で覆ってこそいるものの、彼女の白い裸体が俺の眼前に晒されていた。
声の出ない俺に対し、ルゥは続けて言ってくる。
「しかしあなた様には荷物運びすら不要で、わたしは何のお役にたつことも出来ません。わたしに出来ることと言えば、こんなことくらいしか……」
そう言ってルゥは体を覆っていた自分の手をどける。
たき火の光の影になっているが、とても綺麗だと思った。
「どのように扱っていただいても結構です。好きなようにしてくださって構いません。だからどうか……」
ルゥはそこまで告げると、自信なさげに俯いてしまった。
一見して申し訳なさそうにも見える。
こんな自分でごめんなさい、と。そう言っているように感じた。
しかしそれが彼女の覚悟の現れであることは痛いほど分かった。
今もルゥの体は小刻みに震えている。
きっと怖いのだろう。恐ろしいのだろう。
俺に拒絶されることが。それと……。
多分彼女はあのセリフの後こう言いたかったに違いない。
「どうか一緒にいさせてください」と。
そのためならばどんなことでもするという彼女の意志がひしひしと伝わってくる。
………。
本当に、分かり合うというのはどれだけ難しいことなのだろうか?
もちろん俺はルゥを捨てるつもりなんか微塵もない。
確かに今日は大変だったが、別に迷惑だなんてこれっぽっちも思っていない。
むしろ彼女の成長が楽しみですらある。
だから彼女はこのように自分を卑下する必要はないのだ。
ルゥは強くなる。
それに可愛い。
むしろ一緒にいたいのは俺だ。
こんなコミュ障なご主人様で申し訳ないと思っているのは俺の方だよ。
だから俺は先程から悩んでいた決意を固めた。
ルゥと『竜契約』を結ぶ決意を。
俺は右手の籠手を脱ぎ捨てると、右手の甲に浮かぶ『竜の紋章』を晒す。
金色に輝く、竜王と契約するための紋章。
その紋章をルゥの前に翳す。
途端、凄まじい光が紋章から迸り、暗闇の林を明るく照らした。
それと呼応するようにしてルゥの一糸まとわぬ裸体が金色の輝きに包まれる。
最初は戸惑っていたルゥだったが、さすが竜と言うべきか俺のやろうとしていることが分かったようだ。
ルゥは慌てて拒絶し始める。
「そ、それはダメです! 確かに上位の紋章ならば下位の竜と契約出来ます。しかし竜との契約は一度きりしか出来ません! ご主人様のその黄金に輝く紋章は、伝説の竜王様とすら契約を結ぶことが出来るほどのものなのですよ!? それなのにわたしみたいな最下級の竜なんかと契約したら、あなた様はきっと一生後悔されます! だからやめてください!」
いつになく饒舌なルゥは、これまで聞いたこともないくらいの声を張り上げて叫んでいた。
それだけ自分と契約することは有り得ないと考えているようだが……。
誰が後悔なんかするものか。
手の甲に力を入れると紋章の光が一層増した。
それによってルゥを包む金色の輝きも強くなる。
「だ、だめです……あなた様にはもっと相応しいお方が……!」
僅かに抵抗される気配があったが、それは微々たるものだった。
きっと彼女も本心では俺と契約したいのだ。
だから俺は彼女の言葉を無視して強制的に契約を実行する。
さっさと俺の物になれ。
紋章は最後に一際強い輝きを放つと、その印をルゥの胸に残して収束した。
ルゥは荒い息を吐いてその場に両手を付く。
彼女の胸の中央には俺の右手の甲の紋章と同じ文様が浮かび上がっていた。
契約完了である。
一方、ルゥは泣いていた。
ぼろぼろと涙を地面に落としている。
「……あなた様はバカです……」
消え入りそうなか細い声がその場に響いた。
もし俺がコミュ障じゃなかったらこう言い返していたことだろう。
バカは君だ、と。
しかし顔を上げたルゥは涙でぐちゃぐちゃになりながらも、笑っていた。
「……ずっと付いて行きます、ご主人様……」
………。
多分、俺はこの笑顔を一生忘れないことだろう。




