第四話『神の祝福。上級職』
俺たちが女王に連れてこられたのは玉座の間からほど近い会議室のような部屋だった。
そこには人数分の椅子が既に用意されており、長テーブルの上には銀のフルーツ皿に新鮮な果物が盛りつけられている。
部屋の前方には大きな石版のような物体が置かれていて、その石版の前にいる女王を囲むようにして騎士や兵たちが直立していた。
俺たちが全員席に座ったのを確認すると女王が口を開く。
「皆さまご足労ありがとうございます。それでは今よりあなた方のお力を測らせていただきたいと思います。と申しましても、とても簡単な方法なのでそう緊張なさらないでください。目の前にあるフルーツなど摘まみながらおくつろぎくださいませ」
どうやら俺たちの緊張を見て取ったようで、女王はくすりと笑いながらそう言った。
それでようやく自分たちが緊張していたことに気付いたクラスメイトたちは、張っていた肩を意識して下ろし始める。
「それで、どのようにして僕たちの力を測ると言うのですか?」
螢条院が質問した。
「はい。こちらにある石版に触れていただくと個人の能力が数値化して出てくるのです。我々はそれを『ステータス』と呼んでいます」
俺は耳を疑っていた。何故ならそれは引きこもりの俺にとって耳なじみのある言葉だったからだ。
……『ステータス』だって?
まるでゲームじゃないか……。
「そのステータスには能力の数値化だけでなく、職業名や保持しているスキル名といったものも出てきます。わたくしたちは主にその職業名を確認させていただきたいのです。恐らく、この中に伝説の『勇者』様がいらっしゃるはずですから」
ますますゲームだと思った。
しかし女王の顔……それに吐息は恐ろしくリアルだ。とてもゲームだとは思えない。
辺りではクラスメイト達が『勇者』という単語にざわついていた。自分たちの中に勇者がいるなんて言われれば狼狽えもするだろう。
しかしすぐに狼狽は期待に変わったのか「もしかして俺が勇者じゃね?」とか「いやいや、俺だろ」とか「ふふん、今は女勇者の時代よ。てなわけで、あ・た・し」などといった声が上がり始める。……楽しそうですね。
「それではお一人ずつ前に出てこちらの石版に触れていただけますでしょうか?」
そのセリフでクラスメイトたちは顔を見合わせて「誰から行く?」と騒ぎ始めるが、このままでは収拾がつかないことを見て取ったのか、螢条院が立ち上がると、
「みんな、女王様たちが困ってるだろ。そうだな……斉藤、お前から行け」
「えっ? 俺から?」
斉藤は驚いたように自分を指差したまま固まっていた。斉藤は螢条院と同じサッカー部だ。同じ部活仲間だから指名しやすかったというのもあるだろうが、斉藤は一番後ろの端に座っている。そこから順番に行けということなのだろう。
一番前に座っている螢条院は自分は最後でいいと思っているようで、場をスムーズに進めるためにそう言ったみたいだ。
「ほら、斉藤」
「わ、わかったよ。いきなり勇者を引き当てちゃったら、みんなごめんな?」
そのセリフに皆が「ないない」と首を振る。
斉藤はサッカー部と言っても中学の頃から万年補欠で性格もお調子者だ。誰にも期待されていないのが哀れだった。
斉藤は前に出て行くと石版の前で首を傾げる。
「どうすりゃいいんだ?」
すると、
「石版の端っこに触れていただくだけで大丈夫ですわ」
女王が斉藤に向かって説明する。たったそれだけで斉藤の顔がゆでだこのようになっていた。
今まで全員に向けて喋っていた麗しの女王が自分にだけ視線を向けてくれたことで斉藤のトキメキメーターが振りきれたらしい。ちなみに斉藤のトキメキメーターはすぐに振りきれるしょうもない仕様である。
斉藤は首がもげんばかりの勢いでコクコクと頷くと、言われた通り石版の端を手で触れる。すると石版が淡く輝きを帯び始めた。
「おお……」
部屋にざわっと喧騒の波が押し寄せた。
さらにややあってから石版に文字が浮き始めたところで再び部屋は静かになっていく。
やがてくっきり見えてきた文字や数字は次のようなものだった。
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斉藤大樹 15歳 人間族 男 レベル1
職業:クラブマスター(上級職)
筋力:149
魔力:50
体力:138
防御:121
敏捷:156
魔耐:53
成長率:21
ジョブスキル:昆棒レベル5
個人スキル:言語理解
ユニークスキル:なし
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石版に浮かび上がった文字や数字を見て騎士たちが一斉にどよめく。
「すごい! レベル1で既に上級職だ……!」
「しかもレベル1なのにステータスの数値も軒並み高い」
「これが神の使徒の力なのか……」
彼らは神妙な顔でそのようなことを言い合っているが、当の斉藤はハテナ顔になっている。
そんな様相を他所に、続いて図書委員の海老沼が石版へと近付いていく。
海老沼は運動が苦手な大人しめの文化系女子だ。ただし学業は理系が強い。
彼女が石版に触れると再び石版の上に文字が浮かび出てくる。
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海老沼絵里 15歳 人間族 女 レベル1
職業:黒魔道士(上級職)
筋力:49
魔力:177
体力:69
防御:68
敏捷:70
魔耐:171
成長率:23
ジョブスキル:黒魔法レベル6・無詠唱レベル2
個人スキル:言語理解・読解レベル5
ユニークスキル:なし
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その表示に再びざわめきが起こる。
騎士たちは「ま、魔道士だ……」とか「また上級職……それもやはりレベル1にしてステータスが高い」などとのたまっているが、しかしやはり当の海老沼はよく分かっていない表情だ。
顔を見合わせて肩を竦める斉藤と海老沼の様子に、
「分かりました。あなた方がいかに規格外の存在かを分かっていただくために比較対象を用意いたしましょう」
女王はそう言い近くにいた兵士に声を掛け石版に触れさせる。
表示されたその兵士のステータスは次のようなものだった。
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イヴァン 18歳 人間族 男 レベル5
職業:ソルジャー(下級職)
筋力:35
魔力:0
体力:40
防御:41
敏捷:28
魔耐:3
成長率:4
ジョブスキル:槍レベル1
個人スキル:なし
ユニークスキル:なし
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……斉藤や海老沼に比べて随分と数値が低い。しかもレベルが5もあるのに。
恐らく同じ思いの俺たちに向かって女王はこう告げる。
「これがこの世界における一般的な戦闘職の平均値だと思ってください。これでも我が国の兵は練度が高いのですよ?」
驚く俺たちに構わず女王はさらにもう一人声を掛け、石版に触らせる。
その者はいかにも騎士といった風の若い男だった。
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ルーク・ショウ 21歳 人間族 男 レベル23
職業:ナイト(中級職)
筋力:210
魔力:35
体力:197
防御:201
敏捷:187
魔耐:98
成長率:11
ジョブスキル:剣レベル5 盾レベル5
個人スキル:気配察知レベル1
ユニークスキル:なし
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先程の兵士に比べると結構数値が高い。
しかし……一見して数字は高いように見えるが、レベルが23もあることを思えばそれ相応な気がする。
「これが騎士ルークのステータスです。彼はこれでもこの国の中ではエリートであり、将来を渇望される逸材なのです」
再びクラスメイトたちからどよめきが起こる。
……なるほど、女王が言わんとしていることが段々分かって来たぞ。
斉藤や海老沼のステータスは、この世界の平均的である兵士イヴァンのステータスよりもエリートとされる騎士ルークの方に近い。しかもまだレベル1の状態で。
女王はさらに次のように補足してくる。
「ちなみにステータスの中で一番重要な数字は『成長率』です。成長率はレベルアップした時に上がるステータス値の目安になります。成長率が高いほどレベルアップした時に上がるステータスの値が高くなるということです」
その説明を聞いて、確かに女王の言う通り成長率が一番重要であることを理解した。
何故なら成長率が高いほどレベルが上がるごとに上昇するステータスの数値が高いということになる。
いかに初期ステータスがアホみたいに良かったとしても、もしも成長率が悪ければ、最終的には成長率の高い者にあっさりとステータスの数値は抜かれることになるだろう。
そして……
その成長率だけ見ても、斉藤と海老沼の数値は兵士イヴァンや騎士ルークを軽く超えている。
「さらに申しますと、この『成長率』の数値は変動いたします。努力を怠れば『成長率』が低下することもあるということです。皆さまゆめゆめそれをお忘れなきよう」
女王が警告するように言ったが、もうほとんどの者が女王のセリフを聞いていなかった。
斉藤が「俺って実は最強?」などとほざき、それに対しクラスメイト達が「調子に乗るんじゃねえ駄サイトウ!」「バーカ、お前如きすぐに俺が抜いてやらあ!」「おい、次の奴早く石版とこ行けよ!」などとはしゃぎ始めたからだ。
……おいおい、今女王様けっこう重要なこと言ってたぞ。「ゆめゆめそれをお忘れなきよう」どころか全く聞いていないんだけど……。
大丈夫かこいつら?