第四十八話「決闘。そしてディジーの事情」
ダンジョンから出て黄昏に染まる街道を歩いていると、街の中は夕市で賑わっていた。
丁度よいので晩御飯の材料を何か買って行こう。
出来ればルゥが食べたい物を食べさせてあげたいのだが、いかんせん俺は「何が食べたい?」の一言が言えない……。
ごめんね情けないご主人様で? 許してルゥ……という言葉も言えないという、まったくダメダメなご主人様だったが、昨日ブルポーンの肉を美味しそうに食べていたから肉は嫌いではないと思うんだよね。
しかし肉を買うのが一番難易度高かったりする。
この世界の肉はこちらから切り分ける数や量を指定しなければならない。
そして俺は切り分けの指定が出来ない男。
悲しいけど、俺が買える物は『指を差してお金を払う』という行為に限られた物だけなんだ……。
………。
つくづくルゥに申し訳ないな。
せめて何か美味しそうな物を見繕って買っていこう。
そうやって夕市の露店を見て周ろうとしていた時だった。
「見つけたぜ、ガキ」
聞いたことのある声にイヤな予感がして振り返ると、そこにはラザロスが率いる『赤き疾風』のメンバーたちがいた。
で、出た~。
……俺はげんなりする。
えええ……ちゃんとお金払ってルゥを買ったじゃん(少なくても俺の中ではそうなっている)。
これ以上何の用なの……?
しかしラザロスは予想に反していきなりこう宣言した。
「決闘だ! もちろん俺とお前のな」
そのセリフに辺りにいた者たちからざわめきが起きる。
皆口々に「決闘」という単語を連呼している。
だが俺からすれば寝耳に水だった。
決闘?
何それ?
ラザロスは続けて言ってくる。
「決闘はギルドや国が認める冒険者同士の『死合い』のことだよ。冒険者同士のいざこざでどうしても決着が着かない場合、立会人の元、双方の同意によってのみ成立する」
へえ、なるほど。
冒険者同士のいざこざでどうしても決着が着かない場合、双方の同意によってのみ成立する『死合い』ねえ。
……ん? ちょっと待てよ。
俺は別にラザロスといざこざは起きていないと思うんだけど。だってちゃんとお金払ったもん。
しかしラザロスはお構いなしにこう言うのだった。
「もちろん決闘を受けるも受けないもお前の自由だ。ただし、もしも決闘を受けないのならば、それ相応の理由を述べてハッキリと断ってもらおうか」
……え。
ハッキリと断れったって……俺、喋れませんが……?
……いきなり詰んだんだけど。
い、いやいや、待て待て待て。
俺はこんな決闘を受けるつもりはないよ!?
ここは無理してでも口を開いて断らねば……。
だが、俺がまごついている間にラザロスはニヤリと笑うと、
「そうか。異議なしか。俺はお前が決闘を受けたと見なす。おい、ここにいる全員が立会人だ。いいな!?」
ラザロスがそのように告げると、辺りからは大きな歓声が上がった。
ちょ、ちょっと……!?
気付けば既に逃げられない状況が出来上がっていた。
ラザロスの口の端が厭らしく上がっている。
それを見て俺は確信した。
……そういうことか。
俺はハメられた。
こいつは俺がコミュ障であることを見抜いて『あのような言い方』をしたのだ。
しかもどうやら娯楽に飢えている民衆にとって『決闘』はこの上ない楽しみらしく、それすらも計算の上、彼らを利用して俺が逃げられない状況を作ったのだろう。
……こいつ、悪だくみに関しては頭がキレるな。
しかし結局のところコミュ力の差を利用された形だ。
……もうコミュ障やだぁ……。
「ああ、それと言い忘れていたが、決闘は負けた相手に望みを突きつけることが出来るんだ。というわけで、俺が勝ったらお前の後ろにいる竜のメスガキを渡してもらう」
……なんだと?
ラザロスの視線は俺の後ろにいるルゥを捉えていた。
こいつ……どういうつもりだ? 何故今さら……。
何かルゥを取り戻したい理由でもあるのか?
一方、ルゥはラザロスに目を向けられるとびくりとして俺の陰に隠れてしまった。
遠慮気味に掴まれている裾からルゥの震えが伝わってくる。
……ようやく解放されたと思っていた矢先に、再び前の主人が自分を要求してきている。真っ青になった顔から、彼女の心が恐慌に陥っているのが手に取るように分かった。
事情は分からないが、こんな奴に可愛いルゥを返す気はさらさらない。
奴隷制には疑問が残るが、ルゥはもう俺の物だ。
絶対に譲らない。
だから俺はそれを証明するように口を開く。
「絶対、渡さない……」
その言葉にラザロスもルゥも同時に目を見開いていた。どうやらどちらも俺の言葉が意外だったらしい。
……ルゥちゃんはもう少し俺のことを信用してくれてもいいんだよ?
「言ってくれるじゃねえか……。そりゃ早い話、俺に勝つ気でいるってことだよな?」
ラザロスは青筋を浮かべながらそう告げてくる。
今のセリフはすなわち俺が決闘を受けたことを前提に述べられており、そのせいで場は一層盛り上がってしまい、決闘せざるを得ない状況が確固たるものになっていく。
……こいつ、短気のようで意外と冷静だな。
ラザロスの巧みな誘導のせいで、もはや俺が何を言っても掻き消されてしまう状況になっていた。
周りは既に観客が囲っており、逃げようにも逃げられない。最悪押し戻された上に無理矢理斬られ、決闘上の正当性の元に処理されてしまうだろう。
しかも俺はまだ決闘で勝利した時に求める物を言ってないのにそれすらもスルーされているんですけど……。
……ラザロスといい螢条院といい、俺の知っているコミュ力の高い奴はマジでロクなのがいないな……。
はぁ、もういいや。
……こうなったらやってやるか。
相手はAランク。本来ならば逆立ちしたところで敵わない相手だ。
しかし『風の迷宮』内で見たラザロスの動きは、そこまで大したことのないように見えた。
事実ラザロスは地下10階ボスから逃げ出している。
逆に俺はラザロスが四人パーティで挑みながらも逃げ出したボスに一人で勝った。
……だから俺は意外といけるのではないかと考えていた。
そこからも俺が何も言わずにいたら、ラザロスが場を取り仕切りあれよあれよと言う間に決闘の舞台が整ってしまった。
張りきっちゃってまあ……。余程ルゥを取り返したいと見える。
あと俺が死ぬほど気に食わないのか殺気をびんびん感じる。というかラザロスの青筋が何本も浮いた形相を見れば一目瞭然だ。こわっ。
「てめえは俺をバカにした。俺ぁ俺をバカにする奴を絶対に許さねえ!」
……それって多分、昨日ラザロスの首筋にナイフを突きつけたことだよね?
だってしょうがないじゃん。俺、コミュ障なんだもの……。
まあだからと言って許してくれるわけないか。
……あれ? だったら俺が悪いのか?
少し混乱してきたぞ。
いや待て、冷静になれ俺。こいつはルゥにあんな酷ことをしていたんだぞ? どう考えても悪いのはラザロスだろ。
そうだよ。許せないのはこいつだ。
………。
よし決めた。
俺はラザロスを叩きのめす。
ルゥが見ている前で。
それで全ての決着を付けてやる。
俺はラザロスと距離を取ると向かい合った。
「覚悟は出来たかよクソガキ? 新人のくせにAランクを舐めたこと、後悔させてやるぜ!」
もちろん俺は何も答えない。
「ハッ、陰気な野郎だ。んじゃ、こっちから行くぜ!」
ラザロスは宣言すると剣を下段に構えたまま突っ込んでくる。
俺は青銅の剣を鞘から引き抜いた。
出来ることならキルソードがあれば良かったのだが……折れて無くなってしまった物は仕方がない。
ラザロスが下段から振り上げてきた剣を、俺は自分の剣で受ける。
キンッという金属同士が激しくぶつかる音が響いた後、しばらく鍔迫り合いになるが、ややあってから俺は押し返すように剣を弾いた。
弾かれたラザロスは間合いを取り直して言ってくる。
「ほお? よく弾いたな。ならこれはどうだ!」
今度は上段から剣を振り下ろしてくる。
先程よりも剣速が速い。
しかし『先程よりも』というだけで見切れないほどではない。
俺は落ち着いて剣で受けると、再び弾き返した。
「な……!?」
何故かラザロスは驚いた顔をしていた。
……おい、嘘だろ?
まさか『この程度』とか言わないよな?
ラザロスは顔を引き攣らせながらも不敵な感じを装って言ってくる。
「へ、へえ、新人にしてはやるじゃねえか。なら、もう少しだけ本気を出してやるか」
『もう少しだけ』と言いながらも、そこから見るからにラザロスは本気で打ちかかって来た。
しかしそれでも俺は全て問題なく見切ることが出来た。
突き、払い、フェイントからの攻撃。
どのような攻撃が来ても危なげなく捌いていく。
「く……こ、こんなはずは……!?」
ラザロスの表情が苦しげに歪んでいた。
……やはりこれで本気なのか。
Aランクとはこんなものなのか?
それともラザロスはどこか体調でも悪いのだろうか?
……いや、体調が悪い時にわざわざこんなこと仕掛けてくるような奴ではないな。
まあいいや。そろそろ勝負を着けさせてもらおう。
もうこいつの剣は見切った。
これまで受ける一方だった自分の剣を攻撃に転じる。
すると案の定、形勢は逆転した。
ラザロスは俺の攻撃に対し防戦一方になった。
俺は今まで培ったものを全て叩き付ける。
俺が放つ突きも払いもラザロスは防ぐことしか出来ず、俺の繰り出すフェイントに翻弄されている。
これまでモンスター相手に繰り広げた死闘、そしてマリーさんから教わったことが紛れもなく生きていた。
今なら言える。こんな奴に負ける気がしない。
「く……くそがあああああああああああッ!!」
ラザロスはやぶれかぶれで大振りで剣を振ってきたが、そんなものに当たってやるほどお人よしではない。
大きな隙を晒した奴の剣を俺は弾き飛ばしてやった。
すると剣はラザロスの手を離れ、ひゅんひゅんと空を切りながら地面に刺さった。
勝負ありである。
俺は奴の目の前に剣を突きつけた。
誰から見ても分かり易い勝敗だろう。
一瞬静まり返るが、すぐに場は沸き立つ。
皆、興奮するようにしてこの決闘の勝利者である俺を讃えていた。
俺は尻餅を着いて顔面を蒼白にしているラザロスから剣を離すと、ルゥの元へと駆け寄る。
ルゥはずっと不安そうにこの戦いを見つめていた。
祈るようにして両手を合わせていた。
だから俺は言ってやる。
「勝った」
……カタコトでごめん。でもこれが精一杯なんだ……。
しかしルゥは目に涙を浮かべながら嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい……はい……!」
ルゥは抱き着いてきた。
よほど心配だったのだろう。まだ体が震えている。
周りの野次馬たちがひゅうひゅうと焚きつけてくるが関係ない。俺はルゥを安心させるようにして背中に回した手に力を込めた。
一方で『赤き疾風』のメンバーは全員が顔を青ざめさせていた。
それは負けたことに対してというより、何か露見してはまずいものを露見させてしまったかのような表情だ。
さらにラザロスはというとぶつぶつと何か呟いている。
「こんなはずはねえ……こんなはずはねえんだよ!」
そのように叫ぶと、飛ばされた剣の元へと駆け寄り、それを握って再び襲いかかってこようとする。
しかしそれを止めたのは意外な人だった。
「そこまでです!」
凛とした声が響き、ラザロスの動きが止まる。
人垣を割って現われたのは、なんと憲兵を連れたディジーさんだった。
驚く俺を他所に、ディジーさんはラザロスに向かって罪状を突きつける。
「『赤き疾風』のラザロス! Aランクハンターの詐称、およびギルド職員の暗殺の容疑で捕縛いたします!」
……Aランクハンターの詐称だって?
ディジーさんが言ったことの内容に野次馬たちもざわつき始める。
「Cランクハンターのラザロス。あなたは元ギルド職員のゲイリーと結託し、Aランクを詐称することで様々な所で詐欺まがいのことを働き、挙句の果てに邪魔になったゲイリーを暗殺しましたね? その辺りのことを詰め所でゆっくりと聞かせていただきます」
ラザロスの顔がみるみる青ざめていく。
さらにディジーさんは俺の方に顔を向けると、
「新人のリクくんに負けた時点でAランク詐称の罪は言い逃れ出来ませんよね?」
そう言ってディジーさんは俺に向かって片目を瞑った。最初、目にゴミでも入ったのかと思ったが……あれ、もしかしてウインクのつもりか? だとしたらディジーさんのウインクが壊滅的に下手過ぎる……。
い、いや、今はそんなことどうでもいい。
とにかく、これで合点がいった。いくら何でもAランクにしては弱すぎると思ったよ。
そうか、ラザロスはCランクだったのか……。
なるほど、だからこの決闘で自分の秘密を知っているルゥを取り戻そうとしたのか。
そしてついでに邪魔な俺を殺すつもりだったのだろう。
しかしそのラザロスはと言うと、
「お、俺はAランクだあああああああああああああっ!!」
絶叫を上げて剣を振りかぶり、ディジーさんへと襲い掛かった。
あ、危ない!
俺は慌てて間に入ろうとするが、ディジーさんは腰に差していたレイピアを抜き放つと瞬時に間合いを詰め、ラザロスの剣を弾き飛ばしてしまった。
再び地面に落ちるラザロスの剣。
ディジーさんのレイピアはラザロスの眼前に突きつけられていた。
「公務執行妨害も追加です」
………。
……か、かっこいい……。
ていうか、何だ今のディジーさんの動きは? まったく目で追えなかった……。
しかもあんな細身の剣で軽々とラザロスの大剣を弾き飛ばしてしまうとは、一体どんな技量をしているのだ?
……この人、もしかして相当強い?
「こ、こんなバカな……!?」
再度尻餅を着いたラザロスも信じられないといった顔をしていた。
まあ、御愁傷様としか言いようがない。自分がとんでもない女性を口説こうとしていたのかようやく分かったのだろう。
同時に俺のディジーさんに対する心配がまったく必要なかったことも思い知らされたのだが……。
それでも、これでようやくラザロスにまつわる問題が全部解決したと言っていい。
俺は胸に溜まっていた空気を吐き出した。
逃げようとしていた『赤き疾風』のメンバーも憲兵によって既に捕えられていた。いくらある程度腕が立つ冒険者でも、この状況とあの憲兵の数が相手では逃れられなかったようだ。
「連れて行ってください」
『赤き疾風』のメンバーはラザロスも含め全員が連行されていった。
これでルゥの気も晴れたことだろうと思ったのだが、彼女は複雑そうな目でラザロスを見送っていた。
優しい子だからな……あんな奴が相手でも思うところがあるのかもしれない。
「リクくん!」
その場に残った他の憲兵たちが野次馬を解散させている中、ディジーさんが俺の元へと駆け寄って来る。
「ふふっ、色々と成すべきことをやり遂げたみたいですね?」
ディジーさんは未だ俺に抱き着いたままのルゥを見ながら微笑んでくれた。
しかし次の瞬間、ガシッと肩を掴まれる。
「……でも、公衆の面前でそのようにイチャイチャするのはいかがなものでしょうか?」
笑顔が怖い!
それと肩に置かれた手がみしみし言っていて肩が脱臼寸前なんだけど!?
この人どういう握力してるの!?
さっきラザロスを簡単にあしらったことといい、この人絶対レベル高いよね!?
「……まあいいです。とにかく先程の決闘はすばらしい動きでした。途中からしか見られませんでしたけど、それでもリクくんが強くなったのがすぐに分かりました。頑張ったんですね?」
嬉しいことを言ってくれるなぁ。
でも取りあえず手を離してくれないだろうか。まだ肩が脱臼しそうなくらい力が籠められているんですけど……。
「リクくん。都合の良い時でいいのでギルドに寄ってください。あなたをCランクに昇格させていただきます」
Cランク?
マジか。最低ランクのFランクから一気に三段飛びじゃないか!
ランクが上がるとメリットも増えるはずだし嬉しいのだが、それ以上に肩が痛い。あ、感覚がなくなってきた……。
しかし気を利かしたルゥが俺から離れると、ようやくディジーさんも手を放してくれる。
た、助かった……。ぶっちゃけリザードニードルの針に腹を貫かれた時と同じくらいのピンチだった。
「リクくん、もっと強くなってください。そしたらその時、わたしの剣をあなたに……」
ディジーさんに気付かれないように肩を擦っていると、不意にそんなことを言われた。
え? 今のってどういう意味だ?
だが、ディジーさんは意味ありげな笑みを浮かべたまま、それ以上何も言わずに踵を返してしまう。
その背中を見送るしか出来ない俺は、彼女の少し尖った耳に視線が行く。
ディジーさん……不思議な人だ。
あれだけの剣の腕前を持ちながらギルドの受付嬢をやっている。
そして恐らく彼女はハーフエルフだ。
この辺りにエルフはいないし、聞き耳スキルで得た情報によるとハーフエルフは差別される対象らしい。
ディジーさんがギルドにいるのにはきっと何か複雑な理由があるのだろう。
いつか彼女の口から話してくれる日が来るのだろうか?
俺はそんなことを考えていた。




