第四十一話『救済』
【奴隷竜の少女】
ラザロス様の部屋に辿り着くと、ラザロス様はベッドに腰掛けて待っていました。
「ドアを閉めてこっちに来い」
わたしの体は命令通りに動きます。
言われた通りドアを閉めてベッドの方に近付いていくと、ラザロス様はわたしの手を掴んで乱暴に引き寄せました。
……ああ、今から一体どれほど酷いことをされるのでしょうか?
わたしは怖くなりました。
でも、さっきも言った通り、わたしは罰を受けなければいけません。
そうしなければあの人への贖罪になりませんから。
身を固くして覚悟を決めたわたしでしたが、しかし唐突にラザロス様の右手がわたしの胸をまさぐり始めました。
え?
い、一体なにを……?
わたしは最初、何をされているのか分かりませんでした。
「へっ、ガキのくせに触り心地は悪くねえな」
ラザロス様はそう言って引き続きわたしの胸を触ってきます。
その欲にまみれた目を見て、ようやくラザロス様のなさろうとしていることが分かりました。
ああ……そういうこと……。
わたしの心の中で諦観にも似た感情が浮かびました。
要はラザロス様はわたしの女である部分をお求めなのです。
……そういうことなのです。
だってラザロス様は楽しそうにわたしの胸をいじっています。
もしかしたらいつかはこういうことになるかもしれないと思ってはいました。
それに、何をされても受け入れるつもりでもいました。
………。
……でも、何故だか涙が止まりません。
そんなわたしを見てラザロス様はおっしゃいました。
「てめーのせいであの女に相手にされなかったんだから、その代わりをお前がするのが当然だろ?」
ラザロス様はそう言ってわたしの首筋を舐めてきます。
あの女とは多分ディジーさんのことでしょう。
それでどうしてわたしが身代わりになるのか理屈は分かりませんが、わたしの上着の中に入ってくるラザロス様の手を見て冗談ではないことは理解出来ます。
ああ……あの人の奴隷になれたらどれだけ幸せなことでしょう。
不意に先程の妄想が頭をよぎります。
そうしたら悲しさと切なさで胸がいっぱいになりました。
自然とわたしの手はラザロス様を押し戻します。
「い、いやだ……いやだぁ」
「んだとてめえ!?」
わたしは必死にラザロス様から逃れようとしましたが、しかしラザロス様は乱暴にわたしの髪を掴んで引き戻します。
確かにわたしは贖罪を受けようと思いました。
でも、こんなのはあんまりです。
「こっちだってお前みたいな薄汚いケモノ女を抱くのはいやなんだよ!」
わたしの上着がびりびりと乱暴に破られていきます。
……なんで嫌なのに抱くのでしょうか?
嫌ならやめてくれればいいのに……。
「お前みたいな薄汚い亜人女を抱いたところで銀貨1枚分にだってなりゃしねえんだ。それを抱いてもらえるだけありがたいと思え!」
わたしは頬を殴られ、腹を殴られ、ベッドに押し倒されました。
ああ、痛い。
でも心の方がもっと辛い。
朦朧とする視界に、ラザロス様が覆いかぶさってくるのが見えます。
でもわたしにはどうすることも出来ません。
どこまで行ってもやはりわたしは奴隷なのです。
これからもきっと同じようなことが幾度もあるのでしょう。
早く慣れなければ心がもたない……。
そう思いぎゅっと目を瞑ります。
でも、閉じた瞼にあの人の姿が映りました。
瞼の裏に焼き付いて離れない、優しくてかっこいいあの後ろ姿が……。
(竜騎士さま……竜騎士さま……!)
気付けばわたしは嗚咽が止まらなくなっていました。
好きでもない人に抱かれて、汚されて……わたしはもうあの人に会うことも出来ません。
そう思うと余計に悲しくて切ない気持ちになりました。
……しかし、ふと、おかしなことに気付きます。
目を閉じてから、いつまで経ってもラザロス様に触れられません。
どういうことでしょう?
わたしが恐る恐る目を開けると……。
――そこには驚愕の光景が展開されていました。
竜騎士さまがラザロス様の首元に短剣を突きつけていたのです。
……へ? 竜騎士さま?
な、なんでこんなところに?
見間違いでしょうか?
もう一度ぎゅっと目を瞑ってから目を開きますが、やはりそこにいるのは竜騎士さまでした。
わたしは呆気に取られて声も出ませんでしたが、しかしラザロス様は違ったようです。
「て、てめえ……一体どこから入ってきやがった!?」
ラザロス様の声は引き攣っています。短剣がラザロス様の首元に食い込んでいるので無理はありません。
しかし竜騎士さまはラザロス様の質問には答えず、腰のポーチから大きな袋を取り出しました。
ポーチの大きさ以上に大きな袋が出て来たことに、それがマジックポーチだと気付きラザロス様の瞳が驚きに見開かれています。
それはそうです。ラザロス様でさえ持っていないマジックポーチを駆け出し冒険者のはずの竜騎士さまが持っていたのですから。
だけどやはりそんなことには一切お構いなしに、竜騎士さまはその袋を広げて中身を見せてきます。
驚いたことに中身は大量の金貨でした。
恐らく百枚ほどもあるのではないでしょうか?
それほどの大金を前にしてラザロス様の喉がごくりと鳴ったのが分かりました。
そんなラザロス様を前にして、竜騎士さまはお金とわたしを交互に指差してこう言います。
「るぅ……買う」
るぅ……?
その意味不明な単語にわたしもラザロス様も首を傾げます。
だけど……もしかしてですけど、『竜』とおっしゃいたかったのでしょうか?
だとしたら……え? わたしを買い取る……まさかそうおっしゃっていると……?
い、いえ、そんなことあるわけがありません。
大体わたしには金貨3枚の価値もないのです。金貨100枚とはラザロス様が話を大きくしているだけなのですから。
それなのに、わたしのような何の役にも立たない子のためにそれほどのお金を払うとはとても……。
しかし、竜騎士さまはラザロス様の首元に短剣を押し付けたまま、ラザロス様の左腕の腕輪を指差してこう言います。
「ソレ、寄越せ」
竜騎士さまが示しているのは『主人の腕輪』でした。
その『主人の腕輪』はわたしの首にかけられている『奴隷の首輪』と対になっているアイテムで、奴隷のわたしにどんな命令でも出来る『奴隷の主人の証』となる重要なアイテムです。
それを欲しているということは本当にわたしのことを買い取ろうとしているのでしょうか?
ただ、ラザロス様がどのような反応をなさるか……。
そう思っていると、しかしラザロス様はその腕輪を外し、あっさり竜騎士さまの方へと差し出したではありませんか。
「わ、分かったから……ほら、やるから。だから殺さないでくれ……な?」
……このように怯えているラザロス様は見たことがありません。
竜騎士さまはラザロス様からその腕輪を受け取ると、ご自分の左腕に装着されました。
目の前で行われた光景はわたしという奴隷の譲渡に他なりません。
わたしはというと茫然とそのやり取りを眺めていただけです。
ラザロス様の奴隷として一生を終える覚悟していただけに、目の前で行われたことが受け止められません。
しかしそんなわたしのことなどお構いなしに、竜騎士さまはわたしの手を引いておっしゃったのです。
「るぅ……竜、もらっていく」
……さきほどから何故カタコトなのでしょう?
しかもやはり「るぅ」ではなく「竜」の言い間違いだったのですね。
いえ、そんなことはどうでもいいのです。
え? 本当に?
本当にわたしを買ってくれたのですか?
これは夢……?
未だに何が起きているのか理解出来ないわたしでしたが、竜騎士さまはそんなわたしを抱き抱えます。
細い体なのに意外にもその胸は逞しく感じました。
……ああ、夢ならどうか醒めないで……。
先程まで絶望に暮れていたのが嘘のようです。
もし幻術魔法で幻を見せられているとしたら、魔法が解けたら心が壊れる自信があります。
そのくらい竜騎士さまがわたしの中で既に大きな存在となっていると気付き、わたし自身が驚かされます。
ラザロス様は尻餅を着いた状態のままわたしたちを見上げているだけです。
わたしは必死に願います。
どうかラザロス様の気が変わらない内にわたしを連れ去ってください、と。
その願いが通じたのか分かりませんが、竜騎士さまは空いている窓(もしかしてそこから入って来たのでしょうか?)に足をかけると飛び出しました。
思わずぎゅっと目を瞑ってしまいますが、竜騎士さまに抱かれているせいか不思議と怖くなくてすぐに目を開けることが出来ました。
驚いたことに竜騎士さまは凄い跳躍力で屋根から屋根へ危なげなくぴょんぴょん渡っています。
その視界が間もなくじわりと歪みます。
……わたし、本当に助けてもらったの?
分からない。
分からないけど、目の前にいるのは確かに竜騎士さまだ。
わたしはただ竜騎士さまの胸に抱かれながら泣くことしか出来ませんでした。




