第三話『女王陛下』
事務的な説明が全て終わった後(あくまで向こうの言い分だが)、次にこの国の女王と挨拶をして欲しいと教皇が願い出てきた。
俺たちが今いるこの国はアーティア聖王国というらしい。
どうやら『神の子教』というのはアーティア聖王国と深く繋がっているようで、俺たち『神の使徒』を女王と顔合わせさせたいのだそうだ。
『女王』と聞いてテンション上がっちゃうのが男子。
想像だけで鼻の穴を膨らませる野郎共に女子の目は再び真っ白になっていた。
でも気持ちは分からなくはない。ファンタジー世界の女王とか壮麗で艶美なイメージしかないもんな……って、また姫宮が涙目でこっちを睨んでいた。だからなんで?
女子たちの剣呑な雰囲気を察した男子(俺を含む)が肩身を狭くする中、俺たちは先程までとは別の部屋へと案内される。
「おお……」
誰かのため息が漏れた。そこはそれくらい静謐で神秘的な部屋だった。
その一番の理由は部屋の中央にある大きな魔方陣だろう。俺たちがこの世界に召喚された際の図柄に似ていなくもないその魔方陣は、うっすらと淡い光を発している。
「これは転移ゲートです。さあ、五人ずつこちらにお乗りください」
教皇は自ら魔方陣の上に乗ってみせると俺たちのことを促してきた。皆は顔を見合わせ、まずは螢条院たちトップカーストの四人が進み出る。姫宮はおっかなびっくりといった感じだが(やっぱり可愛いなという目で皆が彼女を見ている)、螢条院と風早は堂々としたものだった。間所は一見何でもないようにしているが額に汗が浮いている。自分のメンツにかけて平静を保っているだけらしい。
彼らが乗ると魔法陣の光は一層強くなり、光が弾けた瞬間に教皇を含めた五人の姿が消えていた。
皆、騒然となる。
「さあ、残りの方々もどうそ」
神官たちに促され、我に返った者から魔方陣に乗っていく。
結局最後になった俺や日ノ下を含む五人がゲートをくぐると、光が収まった先に見えてきた風景は先程までとは違ったものだった。
石造りの床に魔方陣があるのは同じだが、目の前には壁がなく、どこかの屋外だ。
しかしすぐにどこか判明する。
何故ならすぐ側に大きな城が屹立していたからである。
どうやらここは王城に接する転移ゲートのようだ。
教皇は最後にやってきた俺たちを確認すると先頭に立って俺たちを案内する。
もちろん進む先は王城だった。
巨大な門をくぐってまず見えてきたのは広大なロビー。
高い天井にはシャンデリアがずらりと並び、床には上質な赤い絨毯が敷き詰められている。
皆が不安顔で教皇に付いていくと、長い廊下をずっと進んでいった先にあったのは、これまでで一番荘厳な扉だった。
「この先に女王陛下がおられます。皆さま、準備はよろしいですかな?」
ダメと言ったら髪をセットする時間でもくれるのかな? ごめん、見栄を張りました。俺は髪をセットしたことなんてないダメンズです。
何も言わない俺たちの答えを肯定と見たのか、教皇は小さな咳払いの後に大きく声を張り上げる。
「使徒さま方をお連れしました!」
すると、
「お通ししてください」
扉の向こうから澄んだ声が響いてきた。
次の瞬間、荘厳な扉は重い音で開き始める。
扉が開くにつれて見えてくる光景に息を飲んだ。
そこは想像の中にしかないような世界だったから。
驚くべきほど広大な広間に大理石の柱が遥か高い天井まで伸びている。
扉から入って右側に神経質そうな顔の文官がずらりと並び、左側には体の大きな武官たちが威風堂々と整列していた。
そして扉から真っ直ぐにレッドカーペットが伸びており、その行き着いた先の一段高い場所に腰かける人物がいる。
……ここはいわゆる玉座の間と呼ばれる場所だろう。
教皇に続き、俺たちは中へと足を踏み入れる。
左右の文官や武官たちの興味深げな視線の中を進まなければならず、螢条院を始めとする一部の者を除いて皆おっかなびっくりといった感じでレッドカーペットの上を歩いていた。
玉座との距離が縮むにつれて、そこに座る女王らしき者の容姿がはっきりとしていく。
俺は驚いていた。玉座に腰掛けている人物は俺たちとそう年の変わらない少女だったからだ。
いや、それだけではない。
想像以上に美しく、得も言えぬミステリアスな雰囲気を放っている少女だ。
その一番の理由は彼女の真っ白な髪だろう。
しかもその白い髪は大層長く、玉座からはみ出して床まで流れている。
それが金色の瞳と王冠、さらには年相応の華奢な身体を纏っている黒いドレスと相まって、一種異様とさえ言える佇まいを演出していた。
周りでは男子、女子関係なく彼女に見惚れている。
それだけの魅力が玉座に座る少女にはあった。
玉座に座っていることから目の前の少女が女王なのだろう。
あからさまに女王の前なので跪いたりしなくていいのかなと俺が思っていると、教皇が立ったまま女王へ向かって口を開く。
「女王様。主の啓示通り、使徒さま方は天空より舞い降りられました」
教皇は頭を垂れなかった。それをしなかったということは、この世界における教皇の地位は少なくても女王とそう変わらないということだ。それでも一段高い場所にいるので女王の方が立場的に上だとは思うが……。
「教皇、大義でした」
たった一言、嫋やかな声が響いた。
それだけで心が掴まれたような感覚に陥る。
辺りの粛然とした雰囲気からしてもこの玉座の間を支配しているのは紛れもなく彼女なのだということを俺は知った。
女王の金色の瞳が俺たちを捉える。
敵意はまるでないのに俺は金縛りにあったように動けなくなった。
女王は立ち上がると、一歩前へと進み出て形の良い唇を動かす。
「使徒さま方、お初にお目にかかります。わたくしはアーティア聖王国の女王、アルベルティーナ・フォン・アーティア・ジ・ラースと申します。以後どうぞお見知りおきを」
静かだが赫々たる態度だった。
俺たちは皆、誰もろくに挨拶を返すことが出来ないでいる。
返礼しなければならない状況なのは分かっている。しかし皆、雰囲気に飲まれてしまっていた。
中には「う……あ……」とか言っちゃってる奴もいる。でも俺はそんな醜態は晒さない。何故なら俺は声すら出せないから。さすが俺。
しかしそんな中、俺たちの先頭の男が一歩前に出て女王に向かって跪いた。
誰であろう、我らが螢条院だ。
「ご丁寧なお言葉をいただき痛み入ります。僕の名前は螢条院悠と申します。皆を代表して返礼させていただきます。こちらこそどうかお見知りおきください」
さすが螢条院! 頼りになるぅ!
俺たちは螢条院に倣って慌てて全員が膝を着く。
恐らくこの対応の仕方で俺たちの価値は多少なりとも変わっていただろう。それだけに螢条院はグッジョブと言わざるを得ない。
「そう畏まらないで下さいませ、使徒さま方。どうかお立ちを」
「しかし……」
「あなた方は神の使徒という御身分なのです。我らはあなた方にお願いをしている立場に過ぎません。ですので、どうか」
「……はい、女王様がそうおっしゃるのであれば」
短いやり取りをした後、螢条院は立ち上がった。俺たちは慌ててまたそれに倣う。
……本当にすげえな螢条院。この短い時間で俺たちの立場を女王と対等な立場まで持っていきやがったぞ。それも嫌味にならないよう、ごく自然に。
やはり異世界でもコミュニケーション能力は偉大なようだ。
俺、この世界で生きていけるかな……? というかどの道ネットがないと生きていける気がしないのだがどうしよう?
早くも異世界での先行きに不安を感じていると、女王があらためてこの世界のことについて説明をしてくれる。
それによるとやはり人類の状況は思わしくないようだ。
魔王復活が目前に迫ったせいか魔族の動きが活性化しており、人族の軍は各地で押され気味とのこと。
さらには本来こういう憂慮すべき事態の時に協調すべき亜人たちと折り合いが悪いらしく、中々彼らの協力を得られないのだとか。
そこまで説明すると女王は悲しげに目を伏せてしまう。
「既に各地で我が軍の被害はかなり出ています。それだけではありません。罪のない民たちが魔族の犠牲になっているのです。わたくしが至らぬばかりに……」
目の前にいるのは民を想う優しい女王だった。彼女は心底悲痛な声で自分を責めていた。
そして、それは見る者を虜にした。
誰もが彼女の力になりたいと思ったことだろう。
そんな気持ちを代表して螢条院が答えを紡ぎ出す。
「女王様、僕たちにお任せください」
「……使徒さま」
「こまで出来るかわかりませんが、それでも出来得るだけのことはするとお約束いたします!」
螢条院が力強く宣言した。
それにより周りを囲んでいる文官や武官たちから「おお……」「なんと心強い……!」などとざわめきが漏れ出る。
しかし……おいおい、それはいくらなんでも安請け合いをしすぎではないだろうか?
どうして螢条院ほどの男がそんな性急に事を進めるんだ?
ただ、周りを見ればクラスメイトたちが「ワイらもやったるでえ!」みたいな顔になっているからもはやコミュ障の俺にどうにか出来るわけもない。みんな単純すぎィ!
それを俺たち全員の総意と見たのか、
「……ありがとうございます。使徒さま方……」
あーあ、嬉しそうに頷いちゃったよ女王様。
唯一の救いは目の前の女王からは先程教皇から感じた嘘くささや胡散臭さは一切感じないことだった。
今のところ心優しき女王様を地でいっている少女だ。
だから彼女に対してはある程度信頼してもよさそう……なのだが……なんだろう、なんか違和感を覚えるな……?
俺が内心で首を捻っている間にも話は進んでいく。
そして女王が再び顔を引き締めると、俺たちに向けて力強く言ってくる。
「使徒さまは先程どれだけできるか分からないとおっしゃいましたが、そんなことはありません。あなた方のお力はこの世界において絶大なはずです」
それに対し螢条院がやや戸惑ったようにだが頷く。
「……確かにこの世界に来てから体の奥から力が溢れているのを感じます」
螢条院のセリフに他の者たちも互いに確認し合うように顔を見合わせていた。
実は俺もこの世界に召喚された直後から妙に体が軽いと思っていたのだが、どうやら気のせいではなかったらしい。
「それこそが神の御業であり、主の祝福です」
女王は胸の前で手を組み祈るように言った。セリフ自体はかなり胡散臭いものがあったが、やはり女王本人からは一切それを感じない。
そして女王が続いてこのように提案してくる。
「使徒さま方におかれましては、よろしければそのお力を測るお手伝いをさせていただけませんでしょうか?」
螢条院が質問を返す。
「僕たちの力を測るとは、どのような方法でしょうか?」
「個人の力を正確に測るアーティファクトがあるのです。いきなり戦ってみせろなんて無茶は申しませんので、心配なさらないでくださいませ」
女王はくすりと笑ってそう言った。
その可憐な姿を見ただけで野郎どもが頬を染めている。それどころか女子にさえ頬を染めている奴がいる。正直ちょっとアブナイ。
「そうですか。それを聞いて安心しました。確かにこれからのことを考えると自分たちの力を知っておくことは重要だと思うので、それならばお願いしたいと思います」
螢条院が代表してあっさりそう答えるが、クラスメイトたちの顔を見る限り特に反対意見はなさそうだ。
「承りました。それでは早速そのアーティファクトがある場所までご案内いたします」
そう言って女王は立ち上がった。それを見た俺たちは驚いた。
「……女王様自らですか?」
珍しく螢条院まで驚いた顔をしている。
「あら、使徒さま方をご案内するのですもの。こちらもそれ相応の礼を尽くすのが礼儀というものでしょう?」
女王は悪戯が成功したような子供っぽい表情をしていた。まるで螢条院の爽やかポーカーフェイスを崩してやったことを喜んでいるようにさえ見える。
辺りを見れば文官や武官たちは恭しく女王に向かって頭を下げているだけだった。誰も女王を諌めようとしない。
どうやら女王の力は想像以上に絶大なようだが……。
「それでは参りましょう」
再び微笑みを浮かべた女王に対して、俺は違和感を強めていた。