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第二話『日常の終わり。非日常の始まり』

 辺りを包み込んでいた眩い光は一体どれくらいの間、続いていただろうか?

 視界は真っ白で何も見えず、重力すら感じない。

 やがてふわりとした感触に包まれたと思った瞬間、徐々に重さを感じ始め光が和らいでいく。


 そして光が全て収まった時、見えてきた風景は教室ではなかった。


 いや、学校ですらなかった。

 大理石の床に柱。一流の芸術家の作品に違いない見事かつ巨大な像と彫刻。高い天井に張り巡らされたステンドグラス。

 以前歴史の資料集で見たパルテノン神殿を彷彿とさせる造りの神殿内部。

 それが今いる場所の印象だった。


 俺たちはその神殿内部の丁度中央、台座のような場所の上に転がっていた。

 クラスの皆が茫然とした視線を辺りに巡らしている。


 気になるのは台座を囲むようにして祈りを捧げている神官たち。

 真っ白な法衣のようなものに身を包んだ彼らは一体何だ?

 そしてここはどこなんだ?


 神官たちの中で一際豪奢な法衣に身を包んだ初老の男が立ち上がり、中央の台座――つまり俺たちの方へと進み出てくる。

 その初老の男性はある程度歩んできたところで止まり、俺たちを見回した後、大仰な口調でこう言った。


「ようこそジ・ラースの世界へ。歓迎いたしますぞ、使徒さま方」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 豪奢な法衣の初老の男はベルギウス七世と名乗り、さらには自ら『(かみ)()教』という宗教の教皇の地位にあると言った。

 俺たちは状況が呑み込めないまま、その教皇の案内でだだっ広い講堂のような場所に案内されていた。そこでこの現状について詳しい説明をしてくれるらしい。

 未だ茫然としているせいかクラスの連中は特に騒ぐことはなかった。クラスの中心人物である螢条院が皆を落ち着かせたという理由も大きいが……。


 広間の中央にはクラスの全員が座れるほどの細長いテーブルが用意されており、俺たちは促されるまま思い思いの場所に着席していく。

 教皇がいる場所に近い上座に(けい)条院(じょういん)を始めとするトップカーストの面々が陣取り、俺のような最底辺の人間は一番離れた下座にこっそりと座った。


 ただ、それには理由もある。ここなら全てが見渡せるからだ。

 教皇の相手は螢条院たちに任せて、俺はこの異常な状況についてじっくり観察したかった。


 しかし俺たちが席に座って間もなく、絶妙なタイミングで大勢のシスターたちが入って来て気が削がれる。

 見れば全員が美女か美少女のシスターばかりで、一瞬にして男子たちの目が釘付けになっていた。


 シスターたちはトレイを持っており飲み物を給仕してくれるのだが……こんな状況だというのに清楚可憐な金髪シスターたちに男子は皆だらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 ……そのせいで女子たちの目が漂白剤を使ったのではないかというくらい真っ白になっているのだが……。


 俺は呆れるしかなかったが、俺に給仕してくれた少し年上のシスターが目の前でニコリと微笑んでくれたことであっさり心を持って行かれた。

 ――俺のようなキモ男にまで微笑んでくれるなんてもしかして天使か?

 そのシスターの笑顔に見入っていると、しかし殺気を感じてハッとする。

 そちらの方に視線を向けてみると、何故か姫宮が涙目で俺のことを睨みつけてきていた。う~ッという感じで唸っているようにも見える。

 すげぇ。良くあの距離から見えたな……。

 ……じゃなくて、その前になんで俺が姫宮に睨まれなきゃならんのだ?

 俺は居心地悪く身を竦めながらも、再び警戒心を強め背筋を伸ばした。

 シスターたちが広間から下がったと同時に(一部の男子はまだ名残惜しそうに目で追っていたが)ようやく教皇が口火を切る。


「さて、皆さま方におかれましては混乱されている方もいらっしゃることでしょう。この世界と皆さま方がおかれている状況について詳しく説明させていただきます。そして使徒の皆さま方には、願わくば我らの願いをお聞き届け願いたいのです」


 そのようにして始まった説明をかいつまむと次のようなものだった。


 この世界は地球とは異次元にある『ジ・ラース』という異世界であること。

 この世界には大きく分けて三種類の人種が在住しており、それは純粋な人類だけで成る『人族』、エルフや獣人などの『亜人族』、そして悪魔や魔人から成る『魔族』であること。

 この内、魔族は無差別に攻撃を仕掛けてくる悪の存在であり、人族はずっと苦しめ続けられていること。

 魔族の長、魔王がもうすぐ復活すること。

 そうなればもはや人族に対抗する手段がなく滅びるしかないということ。


 そしてここまで説明した上で、教皇ベルギウス七世は俺たちに向かって頭を下げた。


「使徒さま方。あなた方には力があります。我らが主たる神から与えられた魔王を倒すための力が。どうかその力で魔王を倒していただきたい」


 講堂はしんと静まり返っていた。

 皆、何を言われたか分かっていない顔だ。

 魔王を倒す? え、俺たちが? そんなことを考えている内心がありありと窺える。

 どうしたらよいのか分からずに隣の者と視線を這わせる者が多かったが、しかし中には声を張り上げる者もいた。


「ふざけんな! 勝手に俺たちにワケの分かんねえことを押し付けようとすんな!」


 そう叫んだのは野球部の常田だった。いつも間所(まどころ)の後ろを金魚の糞みたいにくっ付いて回っている小男である。ちなみにポジションはショートだ。


「そうだよ! 戦争とか有り得ねえよ! それはあんたたちの都合だろ!?」

「ていうか元の世界に帰してよ!」


 常田に続き幾人か声を張り上げていた。皆パニックになっているようで、まさに狂乱といった感じで取り乱している。

 ちなみに俺は声を上げたりなんかしない。だってコミュ障だから。……ちなみに最後に声を出したのはいつだっただろうか?

 そんな益体もないことを考えていると、教皇はさらに絶望的な現実を突きつけてくる。


「あなた方をこの世界に遣わせたのは我らが主の御意志なのです。ですので申し上げにくいのですが、我々にはあなた方を元の世界に帰して差し上げる手段がございません……」


 そのセリフに皆はぽかんと口を開ける。


 帰れない? かえれない? カエレナイ?


 まるで未来が閉ざされたように皆が一斉に騒ぎ始める。

 大半は「ウソだろ!?」とか「どうしてくれるのよ!?」とか、そんな取り乱した感じのセリフばかりだった。

 しばらくの間ヒステリックな怒号が飛び交っていたが、それを見かねて声を上げたのは螢条院だった。


「みんな落ち着くんだ!」


 いつもクラスの中心にいる人物の言葉に自然と場は静かになっていく。

 皆が完全に落ち着くのを見計らってから、螢条院は教皇に向き直って質問を口にする。


「ベルギウスさん。あなたは今『我々には出来ない』……そう言いましたが、もしかしたら僕たちが元の世界に帰る手段自体はあるのではないですか?」


 螢条院の言ったことの内容に、皆が「え? ほんとに?」という顔になっていた。

 教皇はというと螢条院の言葉に頷いてみせる。


「その通りです。かなり難しい方法ですが、元の世界に帰る手段はございます」


 その答えに希望が湧いたかのように皆の顔がほころぶ。

 さすがトップカーストの螢条院、あっさりと狂乱の場を鎮めてしまった。

「よかった……」などと心底ホッとした様子のクラスメイトたちを横目に、螢条院は再び教皇に問いかける。


「その手段がどのようなものかお聞きしてもよろしいですか?」


 教皇は頷く。


「この世界にある六つのダンジョンに眠る六つの聖遺物。それらを全て集めると次元を超える力が手に入ると言われております。その力を使えば地球に繋げるゲートを開くことは可能なはずです」

「しかしあなたは先程、難しい方法だとおっしゃいましたよね?」

「ええ、その通りです。六つの聖遺物が眠るダンジョンは未だ誰も最奥部まで到達した者はおりません。つまり、ダンジョンの難易度が凄まじく高いのです。しかしあなた方には主に認められ、与えられた力があります。必ずや突破出来ることでしょう。それにどの道、魔王を倒すためにも六つの聖遺物の力が必要なのです」

「なるほど。では魔王を倒した後なら、その時既に僕たちは自分たちの世界に帰る手段を得ていると?」

「そういうことになります」


 螢条院のトークスキルによって不自然なくらいさくさく話が進んでいく。まるで教皇と事前に打ち合わせしていたのではないかと疑いたくなるほどだ。さすがにそんなことあるわけないけど……。

 皆が「さすが螢条院」という表情をしている中、当の螢条院はというと、立ち上がると皆の方に顔を向けて徐にこうのたまった。


「みんな聞いてくれ。僕は魔族と戦おうと思う。どの道、六つの聖遺物を集めないと自分たちの世界に帰れないんだ。それに……僕はこの世界の人たちを救いたい!」


 堂々とした宣言。

 自分たちの世界に帰る方法を提示しつつ、この世界をも救うという正義感溢れるセリフ。

 そうした螢条院のカリスマ性は遺憾なく発揮された。

 それまでただ混乱するか絶望に瞳を染めていた者たちの顔が、見る間に冷静さを取り戻していくのがわかった。

 女子などは心底惚れたようなポーッとした表情になっている。


「ユウキ、お前がやるなら俺もやるぜ。一人でいいかっこはさせねえよ。親友の背中くらい俺が守ってやる」


 そんな男前なセリフで立ち上がったのは間所(まどころ)だった。


「マド……ありがとう」


 いつも間所に嫌がらせを受けている俺はなんとも言えない気分だったが、螢条院と間所の二人は目と目で分かり合ったように頷き合う。

 しかし間所は野球で名を残すと息巻いていたはずなのに、この短時間でどのように自分の気持ちに折り合いをつけたのだろうか?

 俺が内心で首を傾げていると、続けて声を上げる者たちがいる。


「……まあ、考えてたってしょうがないか。仕方ないね、あたしもやるわ」

「はわわ……サラっちだけじゃ心配だよぉ。わ、わたしもやる!」


 風早(かぜはや)と姫宮だ。風早は言葉通り仕方なく、姫宮は風早が賛同したから慌ててといった様子だった。

 そしてここまで来たら後は雪崩形式だった。トップカーストの面々に続けといった感じで次々に賛同の声がそこらで上がる。

 一部、否定的な目をしている者もいたが、ここで自分だけ断れば後々どうなるか分かったものではないと思ったのか、渋々ではあるが全員が頷いていく。いつの世だって数の暴力には勝てないとういうことか……。


 しかし一瞬……本当に一瞬だが、クラスメイト達のこの状況を見て教皇がほくそ笑んだ気がした。

 もしかしたら気のせいかもしれない。だが、俺は先程の教皇の話にも胡散臭さを感じていた。

 俺はずっとぼっちだったせいか、人間観察が得意で人を見る目はある方だと自負している。その俺はあの教皇をどうも信用出来なかった。


 本来なら教皇の言葉を真っ向から信じるのは危険であることをクラスの皆に進言すべきだろう。でも俺はそれを言えなかった。

 だってコミュ障だから。

 ………。うん、しょうがないね。てへ。

 結局、仕方なく俺も頷いて賛同の意志を示すしかなかった。まあ、誰も俺のことなんて見てないけどね。そうか、これが蚊帳の外か。


 ちなみに俺の意見として最も近いものを代弁していた者は風早だ。

 彼女はああ見えてかなり聡明な女子だ。恐らく風早も教皇の話を百パーセント信じたわけではない。しかし取りあえず方法がそれしかないから仕方なくやる。それだけのこと。


 ただ、それで言ったら螢条院も多分に冷静な男のはずなのだが……。

 皆を落ち着かせるためとはいえ、ああも真っ向から教皇の意見を取り入れるとは思わなかった。

 それに先程の教皇の話にはあからさまにおかしな単語が入っていた。

 皆はそのことに気付いているのだろうか?

 そう、俺たちは誰一人として『地球』という単語を出していなかった。

 それなのに、どうして教皇はその言葉を知っているんだ?


 俺は疑義の目を教皇に向けるしかなかった。



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