第二十話『冒険前夜。竜王の声』
日光が顔に直で当たって俺は目を覚ました。
超眩しい……。
さすが貧民街の裏路地。実にスムーズな目覚めだ(皮肉)。
体の節々が痛くて、背筋を伸ばすと体のあちこちがパキパキ言った。
既に目の前を通って行く歩行者もいるのだが、こういう光景が当たり前なのか特に変な目で見られない。
すごいな……。
あらためてここが日本ではないことを思い知らされる。
さて、今日は色々と買い物をしなければならないからさっさと起きよう。
買い物とは六大ダンジョンの一つ『風の迷宮』に潜るための準備である。
俺は起き上がるとそのまま歩き出す。
……しかしほんとにすげえな。起きて歩けばそれが既に外出とかどれだけ優秀なんだ野宿は。
俺が一種の感動すら覚えていると、そこで大きな音が鳴った。
俺の腹だ。……そう言えば昨日から何も食べてなかったな。
取りあえず朝飯から何とかしよう。
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メインストリートに戻ると、そこでは既に多くの露店で賑わっていた。
ほとんどは食材を売る店のようだが、中にはいい匂いを醸し出している食べ物屋もある。
俺はその中の一つで焼き鳥をいくつか買った。
……出店はいい。指を差して金を払えば食べ物が出てくるから。
出店に感謝しつつ串を口に含むと、肉汁とタレが一気に口の中に広がる。
……やべえ、うめえ……!
腹が減っていたこともあって俺は串にむしゃぶり付いた。
純朴そうな街娘が「うわあ……」みたいな目で見てきたけど関係ない。美味いものは美味いのだ。
……しかしこの世界にも焼き鳥なんてあるんだな。
この世界の食べ物にはいくつか疑問があるのだが……まあ、今はいいか。
しかし一本銅貨30枚もしただけあって本当に美味い。
ちなみにこの世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨に分かれており、それぞれの価値が銅貨100枚=銀貨1枚、銀貨100枚=金貨1枚となっている。
一般家庭の一ヶ月の稼ぎの平均が銀貨10枚ほどらしいので(ディジーさん談)、一本銅貨30枚もするこの串はかなり高いということになる。
しかも一般家庭では一ヶ月の稼ぎのほとんどが生活費に消えてしまうそうなので、この鳥串はむしろ贅沢品に入ってくるのかもしれない。もっと味わって食べなければ。
しかし、だからこそ思う。
昨日ギルドの帰り際にディジーさんが貸してくれた『銀貨30枚』は破格であったことを。
俺が無一文であることを心配したディジーさんがそれだけのお金を貸してくれたのだが……。
出会ったばかりの相手に普通、一般家庭三か月分もの稼ぎと同等の額をいきなり貸し出したりするだろうか?
もちろん俺は首を振って断ったが、ディジーさんは「初期装備を整えるだけでも最低これくらいは必要だから」と言って譲らなかった。
それに「リクくんなら絶対に返してくれるって分かってますから」などと言われた日には、何だか心があったかくなってしまった。
結局、俺はありがたく銀貨30枚を受け取ることにした。
……マリーさんといい、ディジーさんといい、俺はいい人にばかり巡り合えているような気がする……。
いつか絶対に恩を返したい。
俺は気持ちをあらたにして目的の場所へと向かった。
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メインストリートから西通りの方に入ってすぐに目的の場所が見えてくる。
俺が真っ先に向かったのは武器屋だ。
俺が持っていた鋼の剣はビッグパレスの谷底に落ちてしまったので、新しい剣を買う必要があったのだ。
このボアにはいくつか武器屋が存在するらしいのだが、この西通りの武器屋が一番質がいいからとディジーさんに勧められた。
ディジーさんは言っていた。粗悪な装備品は冒険者の命を奪う、と。
装備品には常に細心の注意を払うべきなのだと。
だから安い物ではなく良い物を買うのが実のところ最も賢い買い物らしい。
……いくら俺がコミュ障でも武器だけは絶対に買わなければならない。そうじゃないとダンジョンに潜るなんて夢のまた夢だからな……。
俺は覚悟を決めて武器屋の扉を開け放った。
店の中は所狭しと武器が並んでいた。
入ってすぐに、カウンターの向こうに座っていた店主らしき男に睨まれて、回れ右して帰りたくなったのをぐっと堪える。
強面店主の無言の圧力に必死に耐えながら、俺は店内に飾られた武器を見て回った。
しかし値札を見て早々に愕然とする。
どれもこれも高くて手が出せるような代物ではなかったのだ。
一番安い『青銅の剣』で銀貨10枚もするのかよ……!?
おいおい、俺が谷底に落とした鋼の剣なんて銀貨90枚もするんですけど!?
俺、一般市民の九か月分の給料を谷底に落としたの!?
なんてもったいないことをしたんだ……! おのれ、螢条院!
ディジーさんが言うにはこの店は本来、中級者以上の冒険者が立ち寄る店らしい。それでもここで買えと言われたのだ。
だけど俺が買えるのは青銅の剣しかないんだけどね……。
そんなわけで俺は青銅の剣をカウンターに持って行った。
強面店主の圧力に耐えながら、俺は青銅の剣と銀貨10枚をカウンターの上に乗せる。
すると強面店主は黙って銀貨10枚を受け取って青銅の剣を差し出してきた。
俺は青銅の剣を受け取るとそそくさと出口へと向かう。
そしてドアに手をかけたところで初めて強面店主が声を出した。
「坊主。頑張れよ」
意外といい人でした。
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次に俺が向かったのは今の武器屋の隣にある防具屋だ。
今の強面店主の奥さんが経営している防具店だとディジーさんが言っていた。
……どんな人なんだろ?
俺は少しワクワクしながら防具屋のドアを開けた。
「いらっしゃい!」
明るい声が店内に響き渡る。
カウンターに座っていたのは美人の奥さんだった。ちょっとびっくりだ。
その美人の奥さんは俺が手に持っていた青銅の剣を見て言う。
「あら、ウチの人のところで買い物してくれたんだね。ありがとうね」
すごいなこの人! 一目見ただけで旦那の店の商品だって分かるのか……。
でもこういう目利きが出来る人の店だとちょっと安心する。ディジーさんがセットで勧めてくるわけだよ。
取りあえず俺は感じ悪くならないように目礼だけしておく。
そしてゆっくり店内を見て回るが……うーん、やっぱり高いなぁ。
本当は盾と鎧が欲しかったのだが、安めの『青銅の盾』と『青銅の鎧』はそれぞれ銀貨7枚と銀貨13枚。合わせて銀貨20枚必要だ。
銀貨30枚をディジーさんから借りた俺だが、既に青銅の剣で銀貨10枚、焼き鳥五本分で銀貨1枚と銅貨50枚を支払っている。つまり俺の手持ちは銀貨18枚と銅貨50枚しかない。
さっき焼き鳥を買わなければぴったり足りていた計算だ……。
やきとりいいいいいいいいいいいいいいいっ!!
いや、言っても仕方がないか。だって食べなきゃ死んじゃうし……。
それに他にも買わなければならない物はあるので、どの道ここで使い果たすわけにはいかないのだ。
一応『皮の盾』と『皮の鎧』ならセットで銀貨10枚だから買えるけど、なんか皮の装備って敵の攻撃が貫通しそうで怖い……。
いや、この店で取り扱っているからには良い物なのだろうが、それでもやっぱり青銅装備の方が欲しいんだよな。
そんなわけで俺は『青銅の盾』だけ買うことにした。
カウンターに『青銅の盾』を持っていくと、美人の奥さんはこう言った。
「ありがとよ。旦那のところでも買ってくれたし、銀貨5枚にまけておくよ」
夫婦そろっていい人だった。
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さて、買い物もいよいよ次でラストだ。
最後は道具屋でいくつか必要なアイテムを買う予定である。
俺が向かったのはメインストリートにある道具屋だ。
ディジーさん曰く、そこが一番品揃え豊富で不良品もないらしい。
いざその道具屋に到達すると、その店構えはとても大きかった。日本で言ったら広めのレンタルビデオ店くらいはあるかもしれない。
中に入ると俺の他にも冒険者らしき者たちが数人、店内に飾ってあるアイテムを物色していた(ちなみに商品には盗難防止の魔法がかかっているらしい)。
取りあえず俺は自分の目的の商品を探すため店内を歩き始める。
俺が探しているのはモンスターを倒した時にドロップするアイテムを入れておくためのリュックだ。
店の中央に飾ってあるのを発見したので、色んな大きさや種類があるのをじっくり見ていく。
しかし他とは一線を画して豪華な入れ物の中に飾ってある『それ』を見つけてしまった。
豪華な入れ物の中に飾ってあったのは『マジックポーチ』と呼ばれる魔法のアイテムだった。
『マジックポーチ』は地球で言うところのポシェットくらいの大きさしかないが、その小さな見た目に反して中には異空間が広がっているマジックアイテムらしい(ディジーさんは一流の職人が『時空魔法』を覚えて初めて作ることが出来ると説明してくれた)。
ただ、俺は値段を見て目玉が飛び出る思いだった。
マジックポーチ(極小)でさえ金貨15枚もするのかよ……!?
マジックポーチ(極小)は(極小)と言っても軽くリュック五個分くらいの容量はある(実際説明文にそう書いてある)。
上級者以上の冒険者の必須装備らしいが、今の俺には無理ですわ……。
一般の冒険者は専属のサポーターを雇うか奴隷を買うかして荷物を運ばせるのが普通らしい。
昨日の奴隷竜少女がまさにそれだったのだろう。
……しかし今思えばラザロスはAランク冒険者なのだし、何よりあの奴隷竜少女の値段が金貨100枚だと言っていた。マジックポーチ(極小)くらい買えないはずはない。
……そうか、きっとわざとあの少女に重い荷物を持たせていたに違いない。
そう思うとまた怒りがふつふつと湧き上がってくる。
あんな小柄な女の子の顔に向かってコップを投げつけるような奴がAランクの冒険者なのかよ……!
……だが、ここで言っていても仕方がないか。
とにかく……あの奴隷竜少女をなんとかするためにも強くならなければ。
そしてそのために今はまずアイテムを揃えるしかない。
結局俺は銀貨1枚の丈夫そうなリュックを買うことにした。
他にも回復ポーションや保存食をいくつか、それと手の甲の紋章を隠すための籠手も買って俺はその道具屋を出た。
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道具屋から出た時点でまだ昼前だったが、しかしダンジョン攻略は明日の朝からじっくりやることにして、その日は他の店も色々と見て回ることにした。
事前に欲しい物に目星を付けておくと、それに合わせた今後の狩りもスムーズになるからだ。元の世界でやっていたゲームのおかげで俺はそれをよく知っている。
色々な店を回った中で、俺が特に目を惹かれたものは魔法屋で売っていた『魔道書』だ。
魔道書は戦闘中に使用するとそれぞれの属性を強化する特性があるらしい。
魔法使いの戦い方は『杖』で魔力を底上げし、『魔道書』で各属性を強化して魔法を放つようだ。
でも俺は『竜騎士』で近接攻撃主体だから、仮に戦闘中に魔法を使うことになっても杖も魔道書も使えない気がする。
そもそも俺は魔法を使えないわけだが、しかしせっかく異世界に来たからにはいつか覚えたいと思っていた。
確かに俺のジョブスキル欄には『魔法系スキル』はないが、頑張って覚えれば個人スキルの方に魔法系スキルを得ることが出来ると思うんだよね。
それに、もし将来竜に乗って戦うことになったとしたら、魔法を使えた方が戦略の幅が格段に上がるに違いない。
……夢が広がるな。
よし、今度ディジーさんに魔法の覚え方を訊いてみよう。
……いや、訂正。訊けないから雰囲気で察してもらおう(なんじゃそら)。
結局、ボアの街は広くて一日で全ての店を回ることは出来なかったので、今度時間がある時にまた回ってみようと思った。
よし、じゃあ明日に備えて今日はもう寝るか。
え? 今日の寝床?
もちろん東通りの貧民街の裏通りですよ。
……おやすみ。
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その夜、変な夢を見た。
それはいつか心の中で見た白い竜が語り掛けてくる夢だった。
「目覚めよ、我が主よ。我は竜王なり」
……うるさいなぁ。
「……主よ。竜王である我に向かってうるさいとは何事ぞ? 我はお主が我が元に来るのを待っておる。さあ、今こそ竜の谷へと参るのだ」
もう、マジでうるさい!
ていうか人が寝ているのに喋りかけてくるとか非常識な竜だ。
早くリンクを切らなければ。
「あ、おい、こらっ!? ま、待つのじゃ!? やっとの思いでこっちから夢の中に入ったのに! 普通、竜王とか偉いっぽい相手ならそれ相応の対応をするものじゃないのか!? あ、本当に接続を切るつもりじゃこいつ! や、やめっ……」
ぶつんっ!
そこで白い竜とのリンクは切れた。というか切った。
これでやっとゆっくり寝れる。
最後の方、急に女の子っぽい声になっていたけど気のせいだろう。
それじゃもう一度おやすみ……。




