第十九話『冒険者ギルド。奴隷竜の少女‐後編‐』
「竜騎士キサラギ……いえ、リクさん。よかったらわたしと専属契約を結んでいただけませんか?」
ディジーさんはそのように申し出てきた。
しかし俺は首を傾げていた。
専属契約? なんだそれは?
俺の疑問を読み取ったのか、ディジーさんが説明してくれる。
「専属契約とは、冒険者とギルドの受付嬢との間に交わされる特殊な契約のことです。専属契約を受けた冒険者は担当の受付嬢から優遇的な扱いを受けることが出来ます。例えば優先的にダンジョンや流通に関しての情報を与えられたり、真っ先に割の良いクエストを提供されたりします。逆にわたしたち受付嬢は担当の冒険者の評価が自分の評価に繋がるという仕組みです」
なるほど。面白い仕組みだ。
それならお互いにメリットがありWIN-WINの関係になれるということか。
……いや、待てよ? そうでもないな。
俺の方にはデメリットは無さそうだが、今の説明だと俺がマイナスの評価を受けたらディジーさんもマイナスの評価を受けるということになってしまうのではないか?
それなのに、なんで俺なんかと……?
「もちろん冒険者のマイナス評価は受付嬢のマイナス評価に繋がります。だから普通、専属契約はよほど信頼関係の強い相手としかいたしませんし、実際にわたしはまだ一度も専属契約を交わしたことがありません」
ディジーさんの説明の続きを聞いて益々なんで俺なのか分からなくなった。
しかしディジーさんはニコリと笑って言ってくる。
「わたしは今までたくさんの冒険者たちを見てきました。しかしあなたはどの冒険者と比べても何か違う。それはステータスだけじゃない。わたしの受付嬢としての勘が囁いています。あなた自身が何か特別なのだと」
いくらなんでも買いかぶり過ぎだろ、と一瞬思ったが、そうでもないことに気付いた。
……もしかしてこの人、俺が異世界人であることに薄々気付いているのか?
……それとも他に何か特別な理由が俺にあるとでも言うのだろうか?
いずれにしてもこの人は侮れないような気がした。
俺が少々驚嘆の心持ちでいると、ディジーさんは顔を近付けてきて小声で囁いてくる。
「それに、リクくんは何だか優しそう。冒険者って荒くれ者ばかりで正直辟易していたんですよ。その点リクくんとはいい関係が築けそうです」
………。
間近で笑顔を向けられて顔が赤くなるのを止められませんが何か。
こんなの殺し文句だろ……。
それにいつの間にか俺に対する呼び方が「リクくん」になっている……。
……だけど、本当にいいのだろうか?
言っても俺はまだ冒険者としては駆け出しもいいところだ。
戦闘だって一度もしたことがない(螢条院に殺されかけたあれは単なる殺人未遂だと思う)。
右も左も分からない状態の初心者丸出しの俺が専属契約なんて結んだら、ディジーさんに迷惑がかかってしまうんじゃ……?
「初心者であることは気にしないで下さい。わたしが全力でバックアップしていきますから! そのための専属契約なんですから! こう見えてわたしはこのギルドでも優秀な受付嬢なんですよ? 絶対に損はさせませんから!」
ぐいぐい来るディジーさん。
そして最終的に首をちょっと傾げ、瞳をちょっと潤ませて言ってくる。
「ね、お願い? 専属契約を結びましょ?」
こんなのズルいだろ!?
ディジーさんの可憐さを前に、気付けば俺は首を縦に振らされていた。
俺は遂に陥落したのだ。
ディジーさんは「やったー!」と両手を上げて喜んでいる。なんとも感情表現が豊かな人である。
最後の方はディジーさんの興奮度と共に彼女の声が大きくなっていたので、専属契約の件は酒場の方まで丸聞こえだったみたいだ。
酒場ではディジーさんの専属契約が決まったことに対する驚きの声で溢れていた。
「今まで誰が口説いても絶対に首を縦に振らなかった難攻不落のディジー嬢が……」とか「Aランクの冒険者も袖に振ってたのに……」とか聞こえてくる。
……もしかしてディジーさんって凄い人なのか?
他にも「うう……俺のディジーちゃんがなんであんな坊主に……」とか「あの野郎、ブッ殺してやる!」とかおっかない声も聞こえてくる。どうやら彼女は人気も高いみたいだ。
まあ姫宮やマリーさんのおかげでそういう殺気には慣れてますけどね!
「それでは早速色々と説明していきますね? まずは冒険者としての心構えから!」
ディジーさんはそう言ってイキイキとした顔で説明を開始してくれる。
どうやら俺との専属契約の件がよっぽど嬉しかったみたいだ。
しかし、その時だった。
「よお、邪魔するぜえ」
冒険者ギルドの入口から入って来た者たちの声でディジーさんの説明が中断する。
入って来たのは四人の冒険者だった。
見た目はそれぞれ剣士、魔法使い、格闘家、盗賊のような感じだ。あくまで俺の勝手な判断だが……。ちなみに三人が全員二十代半ばから後半にかけての男性で、盗賊っぽい人だけ二十代前半くらいの女性だ。
その中の剣士風の男(この人がリーダーっぽい)がディジーさんに向かって喋りかけてくる。
「ディジー、今日も可愛いじゃねえか」
「それはどうも」
ディジーさんは営業スマイルを浮かべていた。だけどそれは先程までとは違ってどこか冷たい。
「どうだ? 俺との専属契約の件、考えてくれたか?」
「その件はお断りしたはずですよ? ラザロス様」
「ケッ、お高く止まりやがって! いつか絶対うんと言わせてやるからな。おい、いくぞ!」
ラザロスと呼ばれた男はケッと唾を床に吐くと、そのまま仲間たちを伴って酒場の方へと向かって行った。
態度わるぅ!
酒場では「『赤き疾風』の連中だぜ……」とか「Aランクのラザロスだ……」とかいうセリフと共に皆ラザロスたちから視線を外している。
ラザロスたちは満更でもなさそうに(指定席なのだろうか?)空いていた角の席に座りるなり「酒!」と一言叫んだ。酒場の下働きっぽいお姉さんが慌ててお酒を持っていく。
そんな光景を見ていると、ふと、目の前からため息が漏れた。
「彼らは『赤き疾風』と呼ばれる凄腕パーティです。特にあのリーダーのラザロスという男はこのギルドの中でも数えるほどしかいないAランクハンターです。……でも、いやな奴なんですよ!」
ディジーさんの顔には既に営業スマイルは浮いていなかった。眉間にしわを寄せて「べーっ」と舌を出している。……なにそれ可愛い。
先程言っていたディジーさんがAランクの冒険者を袖に振っていたとかいう話は、多分あのラザロスのことなのだろう。
だから今ちょうどディジーさんと専属契約を結んだばかりの俺はあいつらに絡まれるかと思ったのだが、元々酒場にいた冒険者たちは空気を読んだのかディジーさんの専属契約の話は一切しなかった。意外といい人たちだな!
しかしその時だった。慌てた感じでギルドの入口が再び開かれる。
入って来たのは十二、三歳くらいの小柄な少女だった。
ボロボロの衣服の上からこれまたボロボロのマントを羽織ったみすぼらしい格好の少女だ。
だけど俺は彼女に見入っていた。
少女が可愛かったからというのもある。
ただそれ以上に少女の赤い髪や頭から生えた角、口元から覗く鋭い牙、臀部から伸びている太い尻尾というものに目が行っていた。
……人間じゃない。
俺はそう思った。
「あれは竜人族の亜人です」
俺の疑問に対してディジーさんがさりげなく教えてくれたのだが……。
は? 『竜人族』だって!?
その単語に俺は驚きを隠せなかった。何故なら『竜の谷』に行かねば会えないと思っていた竜人族にまさかこんな場所で出会えるとは思いもしなかったからだ。
ディジーさんが続けて説明してくれる。
「竜人族の奴隷は珍しいとかで、最近ラザロスが奴隷商人から高値で買い取ったようなんです」
……奴隷?
この世界にはそんなものがあるのか?
「おい、てめえ遅いんだよ! いつまで待たせるつもりだ!」
酒場の奥でラザロスが叫んでいた。
「も、申し訳ありません……」
少女はとても小さな声で謝った。
しかし聞こえなかったのか、
「てめえ奴隷のくせに、ご主人様を待たせておいて謝罪の言葉一つないのかよ!?」
「も、申し訳……」
少女はそれが精一杯の声なのだろうが、しかし小さすぎてラザロスには届いていない。
ラザロスはそんな少女に対して飲みかけの酒をコップごと投げつけた。
ごんっという音が響いた。
コップが少女のあたまにぶつかった音だ。
「ははっ、いい音だぜ! 聞いたかよ、おい!?」
「ああ、まったくだね。出来損ないの竜にしてはいい音だったよ」
「役立たずもたまには楽しませてくれるぜ」
ラザロスの仲間たちが厭らしい笑みを浮かべながら口々にそう言った。
俺は頭が沸騰しそうになるのを抑えられそうになかった。
大体からして少女は大きな荷物を抱えている。あんな小柄な体に見合わぬほどの沢山の荷物だ。
恐らくあいつらの荷物を全て押し付けられたに違いない。
それなのに労いの言葉どころかあんな仕打ちを……!
思わず飛び出しそうになると、しかし手を引っ張られて止められる。
視線を元に戻すと、俺の手の上にディジーさんの手が乗っていた。
ディジーさんは俺に向かって首を横に振る。
「奴隷は主人に所有権があるんです。他者が横から口を出しても逆に咎められます。下手したら他人の所有物に手を出したとしてあなたが罰せられてしまいますよ?」
その顔は至って真剣だった。
……そんなバカな!?
しかし酒場の方を見れば少女を庇おうとする者は一人もいなかった。
「それにラザロスはAランクの腕利き冒険者です。今のリクくんが逆立ちしても勝てる相手ではありません」
どうやら『Aランク』というのは圧倒的な強さを持っているらしい。俺はまだ『ランク』というものに対する説明を受けていなかったが、ディジーさんや酒場にいる冒険者たちの反応でそれがよく分かった。
……結局また『強さ』か。
強くないとなんにも出来ないのかよ……!
俺が悔しさに打ち震えていると、俺の手に被せられたディジーさんの手にぎゅっと力が込められる。
「リクくん。あなたはきっと強くなります。だから焦らないで?」
……ッ…!
まさかここでマリーさんと同じことを言われると思わなかった。
………。
俺は大きく息を吐いた。
頭を冷やし、ここで飛び出すことを諦めたのだ。
そして同時に強くなることを誓った。
それが分かったのか、ディジーさんがニコリと笑ってくる。
酒場の奥からは再びラザロスの声が聞こえてきた。
「チッ。竜人族だっていうから戦闘用奴隷として金貨100枚も叩いて買ったのによぉ、てんで弱いし、荷物運びすらまともに出来やしねえ。とんだ役立たずを掴まされたもんだぜ!」
ラザロスはそう悪態をついて新しいコップで酒を呷るが、それ以上奴隷の少女に何かすることはなかった。
竜人族の少女はラザロスから少し離れたところで顔を俯かせたまま待機している。
金貨100枚か……。
覚えたぞ。
いつか俺が絶対に買い取ってやる。
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その後、ディジーさんから冒険者として必要最低限なことを叩き込まれてから冒険者ギルドを後にした。
外に出ると、既に日が落ちて辺りは暗くなっていた。
昨夜、夜通し歩き続けた俺はさすがに疲れが溜まっていたので宿屋へと直行する。
お金はディジーさんに借りた。
しかし宿屋で話しかけてくるおばさんに何も答えられずにいたら「気味が悪いねえ。冷やかしなら帰っておくれ」と言われて早々に心が折れた。
宿屋を出た後、色々とうろついた挙げ句、俺は最終的に東通りの貧民街の路地裏で寝ることにした。
寝心地の良さそうな場所はどこもかしこも浮浪者たちに視線で追い払われ、最後の最後で辿り着いたのがこの場所だった。
体に被せる物すらなく、冷える夜風に俺は体を縮ませる。
寒さと虚しさに包まれながら俺は実感していた。
最大の敵はコミュ障でした、と。
………。
……俺、本当に強くなれるのかなぁ……?
さっそく挫けそうなんですけど……。




