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第一話『始まりの休み時間。転移』

 休み時間の教室は、騒々しいのにどこかさむざむしい。


 俺は休み時間が大嫌いだった。

 堅苦しい数学の授業から解放され、友と共にひと時の開放感を味わう者たちの談笑が耳を(つんざ)く。

 俺のような独り者にとって、このような喧騒は苦痛に過ぎない。

 休み時間は次の授業の準備のためのものであって、断じて友達と楽しくおしゃべりするための時間ではないと主張したい。


 俺の名前は如月(きさらぎ)リク。お察しの通りコミュ障のぼっちで、スクールカーストで言ったら最底辺です。


 養父がせめて高校くらい行けと言うのでこうして高校に通っているが、本当なら家で引きこもりでもやっていた方がマシだった。

 生活費なら株やFXで稼ぐことが出来るし、実際そのための技術は既に持っている。

 それにネットなら誰とも会わずに済むし、もちろん喋る必要もない。

 ネット社会バンザイ!


 心の中でネット社会に生んでくれたことを神様に感謝していると、不意に頭上から声がかかる。


「おはよう如月くん。今日も眠たそうな顔だね!」


 鈴の音のような声音。

 顔を上げると、そこには天使の微笑みがあった。

 思わず目が釘付けになってしまう。

 背は150センチもなく、茶色かかった髪は側頭部で二つにくくられていて年齢よりも幼く見えるが、しかし驚くほど顔の造形が整っている女子だった。


 彼女の名前は姫宮(ひめみや)(ひめ)

 この学校で一、二を争う人気がある学園のアイドルだ。

 俺の体は死後硬直のように固まってしまっている。

 悲しいかな、俺のようなコミュ障は女子にいきなり声をかけられるとこうなる。

 しかし、このまま無視をするわけにもいかないだろう。

 俺は辛うじて首を縦に振ってみせた。それも、相当小さく。

 それだけで満足したのか、姫宮はもう一度にっこりと笑いかけてくると、そのまま自分の席へと戻って行った。

 内心でホッと息を吐いたのも束の間、次の瞬間あからさまに剣呑な声が響く。


「姫が可哀想だろ。挨拶くらい返せよ」


 見れば教室の真ん中、いつも人だかりが出来ている場所の中心でこちらを睨んでいる男子がいた。

 野球部の間所(まどころ)だ。

 周りの男子よりも一際ガタイが大きく精悍な顔つきの男子生徒で、こちらに見下すような視線を向けてきている。

 間所の言葉により彼の周りで俺に対する嘲笑のようなものが上がっていた。


 間所は野球部のエースで、自分が将来野球で名を残すと信じて疑わない野心溢れる男だ。そしてこのクラスの中心的人物であり、そんな奴に睨まれればクラスの大多数が敵に回るというわけである。

 そんな険悪な雰囲気を察してか姫宮が間に入ってくる。


「ちゃんと挨拶返してくれたよ~」


 彼女が庇ってくれたことにより男子たちの俺を睨む視線が余計に鋭くなる。だが天然なところがある彼女は自分が及ぼす影響というものが全く分かってないらしい。

 実際、姫宮が俺を構う頻度と間所の嫌がらせの頻度は比例している。元々間所は俺のことが気に食わないようだが、ここ最近は俺への攻撃が人目をはばからなくなってきていた。

 しかし間所がさらに口を開きかけたところで、その隣から待ったがかかる。


「マド。それくらいにしとけよ」


 爽やかな声で口を挟んだのは、これでもかというくらいのイケメンだった。

 髪は嫌味にならないくらいの茶髪、カッコいい系と可愛い系のちょうど中間ながら整った顔立ちの、いかにも女性が好みそうな風貌。

 彼の名前は螢条院(けいじょういん)勇樹(ゆうき)

 サッカー部のエースで成績優秀。さらにはコミュニケーション能力も高く、間所以上の求心力を持つまさに完璧超人。コミュ障でスクールカースト最底辺の俺とは対極にある人物と言っていいだろう。


「ユウキ、なんで止める? 挨拶も返せないような人として間違ってるのはあいつだろうが」

「俺たちはクラスメイトなんだ。だったら責めるよりは理解し合うべきだろう?」

「でもな……」

「如月はちょっと不器用なだけなんだよ。マド、ここは僕に免じて引き下がってくれないか?」

「……お前がそう言うなら……」


 結局、不承不承ながら引き下がる間所。

 クラスの和を乱すキモオタ(俺のことです)にすら優しく手を差し伸べる螢条院に、辺りにいる女子たちはポーッとした表情を向けている。

 しかし、


「そうだよ~。如月君はちょっと不器用なだけなんだから。ね、如月君?」


 そう言いながら俺に向かってバチコーンとウインクしてきたのは姫宮だった。何故か得意げに胸を張り、さも私だけが彼のいいところを知っていますと言わんばかりのその発言に、再び男子たちの眼つきが厳しくなる。

 姫宮みたいな可愛い子にそんな風に言ってもらえるのは嬉しいが、彼女が俺を構う度に俺の精神ポイントがガリガリ削られていくので勘弁してほしかった。間所の俺に対する嫌がらせは奴自身の性格もあるが、姫宮が俺に話しかけてくるからという理由も大きいのだ。

 だが、天然の姫宮にはそれが分からない。

 今もバチコン、バチコンとウインクしまくっている姫宮は間違いなく天然だろう。そしてその結果、間所を始めとする男子たちの殺意が鰻登りなのだが、やはり天然だから気付かない。そんな見事な負のスパイラルが出来上がっていた。

 俺が身じろぎ一つ出来ずに息をひそめていると、


「あんたも毎日大変だね」


 不意に横手から上がった声。

 振り向くと、そこにはまたとんでもない美少女がいた。

 腰まである長い髪はぼさぼさだが不思議と気品を感じる。

 細身の体はがりがりというわけではなく、しなやかに引き締まっている。

 大きな瞳に反して目尻は吊り上っており、その雰囲気はまるで女豹だ。

 しかしまだ若干十五歳なので成熟しきっていない何とも危うい雰囲気を醸し出している少女だった。

 彼女の名前は風早(かぜはや)沙羅(さら)。姫宮の親友だ。

 姫宮と合わせて学園三大美少女と称される女子の一人でもある。

 風早は不意に端麗な顔を俺に近付けてきた。柑橘系の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。


「でも、姫のあれは悪気がないんだよ。許してやっておくれ」


 蓮っ葉な口調で囁かれるが、声は反面めちゃくちゃ可愛い。

 そのギャップも彼女の人気の一つだった。

 風早は俺から顔を離すと、くすりと笑って俺から離れて行く。

 実は今の彼女の行動で益々男子たちの視線が鋭くなっていたわけだが、天然の姫宮と違って彼女のそれは確信犯だ。風早の顔が面白そうに笑っているのがその証拠だろう。

 マジで勘弁して下さい……。

 俺は視線に圧殺されないように身を縮こまらせるしかなかった。


 今話した四人。螢条院、間所、姫宮、風早の四人がこのクラスの中心的人物だ。いわゆるトップカーストの面々である。

 彼らは小学校時代からずっと仲の良い幼馴染みで、四人はいつも一緒にいる。そんな特別な四人が一緒にいれば自然と彼らの周りには人だかりができるというわけだ。


 ちなみにこう見えて実は俺も彼らと同じ小学校、中学校の卒業だったりする。

 いや……俺だけじゃない。このクラスにいる者たち全員が同じ小学校、同じ中学校の出身なんだよな……。珍しいことではあるが……。

 つまり、このクラスにいる者たち全員が幼馴染みということになるのだが、だからと言って仲が良いかといったら決してそんなことはない。俺は小学校の頃からずっとぼっちだ。もう慣れたから悲しくなんかない。ないったらない。


 ……しかし、なんで姫宮は俺のことをやたらと構ってくるんだろう?

 思えば小学校の頃から姫宮だけは俺に話しかけてくれた。最初はただの気まぐれだと思って気に留めることはなかったのだが、考えてみればずっとだし、その上このところどうも彼女のコミュニケーションがエスカレートしてきている気がする。

 さらには最近、風早までが俺を構うようになってきて、小学校の頃から彼女たちに好意を向けている者たちの視線がマジで痛い。そうか、これが針のむしろか。


 俺は内心でもう一度ため息を吐くしかなかったのだが、しかし俺を睨む視線の中に一つだけ異質なものが混じっていることに気付く。

 思わずその視線を辿ると――


 そこに座っていたのは氷のような少女だった。

 ストレートの髪は漆黒で、反して肌は白磁のよう。

 その顔は能面のような無表情で、ビスクドールのように整った顔立ちのせいか、ゾッとするほどの美しさと得も知れぬ焦燥感を同時に与えてくる。


 彼女の名は()(のした)カトレア。

 名前から分かる通り日本人以外の血が混じっている。しかしどこの国の血が混じっているかまでは知らない。


 彼女はじっと俺のことを見つめていた。背筋が震えるほどの凄まじく冷えた視線だった。

 その冷たさは恐らく彼女の本質だ。


 彼女と喋ったことは一度もない。俺がコミュ障だからという理由もあるが、彼女もまたコミュ障なのだ。彼女が誰かと話しているところは見たことがない。

 いつの間にか『深淵』という渾名が定着していたが、まさに言い得て妙だと思う。

 その『深淵』の瞳が俺を捉えている。

 俺は視線を外せないでいた。体が蛇に巻きつかれているような錯覚に陥る。息が詰まる。


 ふと、その視線が外された。彼女が顔を元に戻したのだ。

 その瞬間、俺は息を吐く。


 ……たまにだが気付けば彼女は俺を見ている時がある。それは小学六年の時、彼女がこの地に転校してきてからずっとだった。

 彼女がそのような視線を向けてくる理由は分からない。何故なら俺はコミュ障なので彼女に問いかけることが出来ないし、さらには彼女もコミュ障なので俺に喋りかけてくることはないからだ。

 もしかしたら永遠にその理由は判明しないのではないだろうかとさえ思う。

 いや、わりとマジで……。


 ただ、彼女の瞳に射竦められるたびに俺の内側にどうしようもない焦燥感が湧き上がってくる。

 きっといつか、何か良くないことが起こるような……。


 俺はハッとした。気付けば俺を睨む視線の中に日ノ下の隠れファンのものも混じっていたのだ。それはもう隠す気が無いのではないかというくらいビンビンに殺気を込めてきている。


 あー、やっぱ学校って居心地が悪いわー。早く高校を卒業して独立して株とFXで引きこもり生活を送りたい。

 ダメ人間? いいんだよ別に。誰にも迷惑はかけてないんだから。むしろキモ男が一人消えると思えば社会にとってプラスだろうという自虐まで出来る。

 というか、この世にネットがなかったら俺は生きていく自信がないな……。

 本当にネット社会様々である。


 そんな俺の思いが引き金になったのかは分からない。

 ――しかしそれは唐突に起きた。

 そろそろ絡みついてくる視線がうざったくなってきたので、いつものようにトイレにでも逃げ込むかと立ち上がった――その瞬間だった。


 教室の中で光が弾けた。

 俺はとっさに身を屈めた。いや、俺だけではない。その異常性に教室にいた全員が固まっている。

 足元を見れば教室いっぱいに不思議な文様が広がっていた。

 その文様……オカルト雑誌などでよく見る魔術文様のようなものが光を発しているのだ。


 その魔術文様が生徒たちの体を捕えるようにして一人一人に絡みついてくる。

 そこでようやく我に返ったクラスメイトたちが悲鳴を上げた。

 身体に絡みついてくる魔術文様を必死に取り払おうともがくが、しかし全く取れる気配がない。そのせいで余計にパニックに陥っていくクラスメイトたち。


 もちろん俺も焦っていた。

 焦りつつも、こういう時真っ先に生徒たちを落ち着かせる役目の螢条院を見てみると、彼は自分の体に絡みつく魔術文様をじっと見つめているだけだった。

 気のせいかその姿は異様なほど落ち着いているように見えた。


 そして――


 この非常事態にもかかわらず日ノ下はいつもの冷めた視線を俺に向けてきている。

 ……一体彼女は何なんだ? こんな時なのにどうしてそんな目が出来る?

 様々な疑問が俺を支配する。

 結局、俺は一層大きな焦燥感を覚えながら、光に飲まれていくクラスメイトたちを眺めることしか出来なかった。

 徐々に光は阿鼻叫喚の教室を満たしていき、最後には全員の姿が見えなくなった。


 この日、二十四人(・・・・)のクラスメイトが地球上から姿を消した。




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