第十七話『冒険者ギルド。奴隷竜の少女‐前編‐』
翌日の日が傾き始めた頃、ようやく迷宮都市ボアが見えてきた。
夜通し街道を歩き続け、休憩も取らず日中も進み続けてやっと着いた。
もちろん疲れはあったが、こちらの世界に来てからステータスが上がっているせいか思ったほど疲労はたまっていない。
初めて王宮の外を歩いたという精神的疲労の方がむしろ大きい。
取りあえずここに来るまでモンスターに襲われることはなかった。
王都アーティアと迷宮都市ボアの間の街道は、商人は元より騎士や冒険者がよく行き来するせいか治安が良いみたいだ。街道にはモンスターはおろか盗賊の陰すら見えなかった。
さらに歩いて近付いていくと、ボアの街の外観がはっきりと見えてくる。
ボアの街は周りを城壁がぐるっと取り囲んでおり、まるで城塞都市のような雰囲気を持っていた。
どうやら街に入るには正面の門を通らなければならないようだ。
門ではちょうど一台の馬車が取り調べのようなものを受けている。
……まずいな。もしかして身分のはっきりした者でなければ街に入れないのか?
ちなみに俺は身分証明書のようなものは一切持っていない。
むしろ身分がバレたらまずいまである。
………。
しかし他にどうすることも出来ないんだよな。
城壁を登って侵入しようにもロープや鉤爪といった道具はない。
ジャンプで飛び越えようにも今のレベルでは無理だろう。さすがに十メートル以上もある城壁を飛び越えられるほどの身体能力はまだない。
かと言って他の六大迷宮はどこも遠く離れている。少なくても徒歩で行ける距離ではない。
………。
取りあえずあの門に行くだけ行ってみるか。
それでもしダメだったらその時、対策を考えればいいさ。
そう割り切って近付いていくと、
「止まれ」
案の定止められた。
三十代前半くらいの憲兵は俺の全身を無遠慮に眺めて言ってくる。
「町民か? それとも冒険者か? まあどちらでもよい。一見して何も持っていないようだが、一応身体検査させてもらうぞ」
そのように告げられ、俺は二人の憲兵に体を調べられる。
一頻り体を触られ、俺が特に何も持っていないと分かると、
「すまないな、最近関税が増えたせいか不正に商品を持ち込もうとする輩が増えたんだ。もう通っていいぞ」
意外とあっさりと通してもらえた。
どうやらこの門で調べられるのは商人が取り扱う商品だけみたいだ。
俺は安堵の息を吐いて街の中の様子を窺う。
門から入ってすぐのところは広場のような場所になっていたが、しばらく行くと石造りの建物が並んでいるのが見えてくる。
メインストリートだからか宿屋や食事処、武器屋や防具屋といった店が軒を連ねていた。
ファンタジーっぽい……!
俺は感動していた。ゲームの中で見るような街並みがそこにはあったからだ。
その中には目的の建物もある。
それは『冒険者ギルド』だ。
王城の座学でちらっと習ったのだが、冒険者として生きていくにはこの『冒険者ギルド』に登録した方がいいらしい。
冒険者への依頼をクエストといった形で提供してくれたり、クエストで得たアイテムのやり取りや売買を受け持ってくれたりするのだとか。しかも良心的な価格設定で。
もちろんぼっちの俺が自分で依頼を取って来られるはずもないし、アイテムの売買を一人で出来るはずもないので、冒険者ギルドへの登録は必須だと思われる。
ただ、俺はコミュ障なので知らない建物の中に入るだけでも極度の緊張状態にあった。
正直モンスターを倒す方がこの建物に入るよりもはるかに簡単な仕事のように思えてくる。
しかしそのモンスターを倒したところでドロップアイテムを売るには冒険者ギルドの力は必要なわけで……。
……うーん、なんで世の中って人と関わらないと生きていけないのだろう?
今さらながらに疑問に思ってしまうわけだが、ここで立ちすくんでいても不審者と間違われて通報されるのがオチなので(実際元の世界で何度か経験したことがある)、俺は覚悟を決めて冒険者ギルドの建物に入った。
冒険者ギルドの建物は広かった。
外観からして三階建てほどの大きさはあったが、一階だけでも日本のアミューズメントパーク(ゲームセンター)ほどの広さがある。
一階は入ってすぐのところがロビーのような場所になっていて、奥の方は酒場を兼ねた情報交換の場所になっているようだった。
夕方だからか酒場の方は既に盛り上がっている。
一見して冒険者と分かる荒くれ者たちがジョッキを片手に談笑していた。
……うおお、俺が苦手とする人種がいっぱいいるな~。
肩を組んで高らかに歌っている連中とか多分一生友達になれない自信があります。
しかしロビーの方は逆に空いていた。
俺の目的とする冒険者ギルドの窓口はこちらの方だし、むしろこの時間に来て正解だったかもしれない。
俺は受け付けっぽいところに座っているお姉さんの方へと近付いていく。
向こうは俺が近付いてくるのに気付くと、ニコリと営業スマイルを浮かべた。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 何か御用でしょうか?」
快活ながら透き通るような美声だった。
いきなり話しかけられてびくりとなりながらも、俺は何とか首を縦に振る。
近くで見るとそのお姉さんはすごく綺麗な人だった。
全体的に華奢で線の細い感じだが、エメラルドグリーンの瞳は生命力に満ち溢れており、彼女が快活な女性であることを表している。
一見してショートカットのような髪型に見えるが、草色の髪はトップで面白い形にまとめられており、変則ツインテールのような感じになっていた。
そして……あれ? 耳が少し尖っているような?
ひょっとしてこの人、ハーフエルフと呼ばれる人種では……?
「もしかして初心者の方ですか?」
その声で俺は我に返る。
俺のきょどった様子で分かったのか、受付嬢はそのようなことを訊いてきた。
俺は頑張って頷いてみせる。
「そうでしたか。それでは自己紹介から……こほんっ。わたしの名前はディジーナと申します。ディジーとお呼びください!」
ディジーさんはハキハキした人だった。
恐らく二十歳くらいだと思うのだが、とても可愛らしい喋り方をする人だ。
「初心者ということは、冒険者ギルドへの登録でよろしかったでしょうか?」
それに優秀っぽい。
ディジーさんはこちらの意図を察してくれるので、俺は頷くだけでよかった。
しかし、それまで一度も口を開いていない俺に対し酒場の方から茶々が入る。
「おいおい、坊ちゃん! 口付いてんのか!?」
酒場で一番ロビーに近いところにいた戦士風の髭男がそんなことを言ってきた。
見ればいつの間にか品定めされていたようで、酒場の連中がこぞってニヤニヤした目で俺を見ている。
「さっきから一言も喋らねえじゃねえか? ママのおっぱいしゃぶるところからやり直して来たらどうだ?」
戦士風の髭男からそんなセリフが飛ぶと、酒場中が面白そうにぎゃっはっはと笑い出す。
俺はかぁっと顔が赤くなるのを感じた。
怒っているわけではない。恥ずかしかったのだ。
どれだけ経験してもこういう状況は慣れるものではなかった。
しかし、それに対して怒り出したのは誰であろう、ディジーさんだった。
彼女はカウンターをダンッと乗り越えると、酒場の方に向かって怒鳴りつける。
「何ですかその言い方は!? あなたたちだって最初は初心者だったはずでしょう!?」
彼女の叱責で酒場は水を打ったように静まり返る。
「それをなんですか、人を笑いものにして! もうあなたたちのような人たちの相手なんて絶対にしてあげませんからね!」
「そ、そんなぁ、ディジーちゃん。俺はただ……」
「うるさい!」
先程俺に絡んできた戦士風の男に向かってディジーさんがぴしゃりと言い放つ。
見れば戦士風の男は泣きそうな顔をしていた。
どうやらディジーさんはこのギルドのアイドル的存在のようで、そんな彼女に厳しく言われたことにショックを受けているみたいだ。
「ごめんなさいね? 後できつく言っておきますから」
いや、十分きつく言っていたと思うけど……。あれ以上言ったら本当に泣いちゃうんじゃないの?
ディジーさんが再び受付の方に戻って行くと、酒場の方は静かに酒を飲み始める。皆、お通夜みたいな顔になっていた。
いかつい顔をした冒険者たちのしょぼんとした姿は哀愁を誘うものがあった。




