第十五話『黒い竜』
夢を見ていた。
これは俺が五歳の時の夢だ。
十年前のその日は乾いた風が強く吹き付ける日だった。
そのせいで『大火の厄災』と呼ばれる大火事が俺の住む町を襲うこととなる。
俺の家も燃えていた。
目の前が全て真っ赤に染まっている。
リビングもそこにあるソファもテレビも何もかも。
しかし入口のドアを燃やす炎のせいで俺はリビングに入ることが出来なかった。
リビングには床に倒れている両親がいるというのに。
俺は必死に叫ぶが二人が起き上がることはなかった。
それどころかいつの間にか俺までその場に倒れてしまっていた。
俺はこの後すぐに気を失い、目が覚めた時は病院で一人寝ているはずだった。
それが正しい記憶のはずだった。
――だが、この夢には何故か続きがあった。
突如として周りを燃やしていた炎が真っ黒になる。
比喩ではない。本当に炎が黒くなったのだ。
そして……その黒い炎を吐いている奴がいた。
俺は恐る恐るそちらの方に顔を向けていく。
そこにいたのは真っ黒な竜だった。
一目で邪悪な竜だと分かった。
俺は恐ろしくて声も出なかった。
しかしそいつは俺に気付いたのか、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
そいつの目は完全に俺をロックオンしていた。
俺のことをただの子供ではなく、完全な殺意の対象として見ている。
俺の心臓は鎖に巻きつかれたような恐怖を味わっていた。
そして、そいつは俺の方へと向かって来る。
目の前まで来ると、その大きく太い前足を振り上げて……。
――思い切り俺に向かって振り下ろした、ところで目が覚めた。
勢いよく上半身を起こした俺は息を切らしていた。
ぜいぜいと必死に肩で息をする。
しばらくは息を整えるだけで精一杯だった。
ややあって落ち着いてきた時に、ようやく今の映像が夢であったことが分かってくる。
……なんだったんだ今の夢は……?
十年前のあの事件の夢に、どうしてあんな竜が出て来るんだ?
だけど、妙にリアルだった……。
そう、どちらかというと今の夢の方が正しい記憶のような気がしてくるくらいに。
……そんなはずはないのだが。
何故なら地球にあんな竜がいるわけがないのだから。
……あれ?
……待てよ。
そもそも俺、なんで生きてるんだ?
そうだよ! だって俺は螢条院に谷から落とされたじゃないか!
それなのにどうして……?
体の各所を確認するが、特に怪我もなく五体満足だった。
俺は訝しく思いながらも辺りを確認する。
しかし周りを見た俺は訝しく思う。
……え? ここはさっき螢条院に落とされる前の岩場じゃないか。
なんで谷底に落とされたはずの俺がこの場所に戻っているんだ?
不思議な現象に首を傾げるしかない俺だったが、ふと耳が違和感を拾い上げる。
重い何かが風を切るような音が聞こえてきているのだ。
……上?
上空を見上げた俺の視界に入って来たのは、闇夜に溶け込む真っ黒な何かだった。
俺は息を飲んだ。
それは見間違いじゃなければ先程夢に出てきた黒い竜にそっくりだった。
その黒い竜は翼を大きくはためかせながら、じっと俺の方を見つめている。
俺は声が出なかった。
全長十メートルほどもある黒い竜に真上から見下ろされてみろ。
正直言って何も出来る気がしない。
ただ、同時に頭の片隅で冷静に状況を分析している自分もいた。
谷底に落ちたはずの俺が黒い竜に見下ろされている。
……もしかしてだけど……。
――この黒い竜が俺を助けてくれたのか?
しかし、そんなことがあるのか?
俺はそれを確認したい衝動に駆られたが、何せコミュ障なので声を上げることが出来なかった。
どの道、言葉が通じるか分からないし、という言い訳をしておこう。
その黒い竜はしばらくの間、俺を見下ろしてきた後、やがて上空へと飛んで行ってしまった。
もちろん俺はそれを見送るしか出来なかった。
……一体何だったんだあの竜は?
でもこの状況、やはりあの黒い竜が俺を助けてくれたと考えた方がしっくりくる。
というか今のところそれ以外に助かる方法が見当たらない。
それに夢に出てきた黒い竜と違って、今の黒い竜からは邪悪な感じを受けなかった。
不思議なことに、何となく今のあの黒い竜を信用している自分がいるのだ。
……どうしてなのか自分でもよく分からない。
それに……何故だかまた会うような気もする。
………。
……うーん、今はこれ以上考えても何も進展はしなさそうだ。
だったら、せっかく助かったこの命を無駄にしないことを考えよう。
差し当たって俺はこの場からさっさと退散することを決意した。
読んで下さりありがとうございます。
これで王都編は完了となります。
次話から「奴隷竜の少女編」に突入いたします。
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