第十四話『悪意と。信頼と』
【アーティア王城】
如月リクの引き起こした事件は瞬く間に王城内を駆け巡った。
もちろん事件当時に現場にいなかったリクのクラスメイトたちにも説明がなされた。
しかし、その説明を聞き終ると同時に真っ先に声を荒げたのは意外なことに風早沙羅だった。
「バカ言うんじゃないよ! あいつがそんなことするわけがないだろう!?」
その剣幕にたじろいだのは間所だ。姫宮姫ならばともかく、まさか沙羅がそこまでの反応を示すとは思ってもいなかったのだ。
その姫も最初は抗議の声を上げようとしていたのだが、沙羅の剣幕の前に口を開くことが出来なくなっていた。
幼馴染みの見たこともない形相を前に間所は狼狽えながらも、言い訳を口にする。
「エ、エリアンテ王女がそう言ったんだよ。俺はただエリアンテ王女を守ろうとしただけだ」
沙羅は鼻を鳴らす。
「ふんっ。あんたたちは如月がその女を襲っているところを実際に自分たちの目で見たのかい!? どうせその女の言うことを鵜呑みにしただけなんだろう!」
沙羅の『その女』呼ばわりにエリアンテの眉が不快気に歪む。
「無礼ね、あなた。このわたしが嘘を付いているとでも言うのかしら?」
しかし沙羅は怯むどころか逆にエリアンテ王女を睨みつけた。
「無礼なのはどっちだい? あたしたちにはこの国のトップである女王様や教皇だって礼儀を払ってくれているんだ。それをたかだか第一王女なんかにとやかく言われる筋合いはないね!」
「な……な……!?」
どこまでも男前な沙羅だった。
それに沙羅からしてみればどう考えても怪しいのはエリアンテ王女の方だった。リクがそんなことをするはずがないと言ったのも本当だが、それを抜いてもこういう女は最も信用ならないということを沙羅はよく知っている。
エリアンテ王女が沈黙させられると、今度は姫が口を開く。
「サラっち……」
「ん? なんだい?」
遠慮気味に声を掛けた姫だったが、自分のしている妄想を否定するように首を振ると沙羅に向かって笑顔を向ける。
「……ううん。ありがとねサラっち」
「いいんだよ。あたしだってあいつがやったなんて信じちゃいないんだからさ」
「うん、そうだよね! 如月くんがそんなことするはずないもんね!」
「ああ、当り前さ」
二人は頷き合うと、部屋の出口に向かって歩き出す。
すると間所が慌てたように声を掛ける。
「お、おい……二人ともどこ行くんだよ?」
「如月を探しに行くに決まってるだろ」
「ちょ、ちょっと待てよ。今ユウキが探しに行っているところなんだ。あいつは俺たちにここで待っているように言っていた」
「……ユウキが?」
「ああ。ユウキのことだ。多分とっくに如月を捕まえているだろう。入れ違いになるからユウキの言う通りここで待っていた方がいい」
「………」
沙羅は考える。
勇樹がそう言い切るのならきっとリクを捕まえる勝算があってのことだろう。
それに勇樹のことだ。きっとエリアンテ王女が嘘を付いていることや間所たちがそれに乗せられていることを見抜いて、他の者たちに『ここに残る』ように言いつけたに違いない。
沙羅はそう判断するくらいには螢条院勇樹という人間を信用していた。
「姫、ユウキがそう言うならあいつの言う通りここに残っていた方がいいと思うけど、あんたはどう思う?」
「……うん、そうだよね。ユウキくんならきっと如月くんを連れ帰ってくれるよね」
二人がそう言い合って間もなくだった。
その螢条院勇樹が帰ってきた。
しかし彼は一人だった。
リクの姿が見えないことを訝しく思った沙羅は勇樹に声を掛ける。
「ユウキ? 如月はどうしたんだい?」
その問いに対し、勇樹は顔を俯かせた。
「その……言いづらいんだけど……」
勇樹の暗い雰囲気に嫌な予感がした沙羅は問い詰める。
「おい、ユウキ! 如月はどうしたって言うんだよ!?」
すると勇樹はこう答えた。
「如月は……ビッグクレパスの崖から落ちた……」
そのセリフの内容に、沙羅や姫だけでなく他のクラスメイトたちも一斉に息を飲んだ。
「う……そ……?」
姫が茫然自失の声を出す。
沙羅は勇樹に駆け寄って彼の胸倉を掴み上げた。
「バカ言えよ! 何であんたが付いていてそんなことになるのさ!?」
「僕だって止めたさ! でも如月は僕の声なんかに耳を貸さずいきなり走り出して、暗闇の中で足を踏み外してそのまま崖の下に……!」
勇樹は心底悔しそうな、後悔したような声でそう答えた。
沙羅はよろめきながら勇樹の胸倉から手を放す。
「そ、そんな……」
ドサッとした音の方を見ると、姫が気を失って倒れていた。
他のクラスメイトたちが慌てて彼女に駆け寄る中、しかし沙羅は顔面を蒼白にしているだけで姫を気遣う余裕すらなくなっていた。
クラスメイトが一人死んだ。
その事実に皆がショックを受ける中、たった一人口元に笑みを浮かべている人物には誰も気付いていなかった。
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如月リクがビッグクレパスに滑落したことは程なくして城内にも知れ渡った。
リクがエリアンテ王女を襲ったという話を聞いた時も、『そんなことあるわけない』と信じて疑わず顔色を一切変えなかったマリーだったが、しかしリクのビッグクレパス滑落の報告を受けた時はショックで言葉を失っていた。
そしてそこからは酷いものだった。
勇樹を含めたリクのクラスメイト全員に狂乱の態で事実を確認していき、それが本当だと分かると、今度は我を忘れたような足取りでどこかへと向かい始めた。
彼女が向かっていたのはリクが落ちたというビッグクレパスだった。
未だかつて見たことが無い聖騎士マリーの醜態に狼狽えながらも、城の者たちは一丸となって彼女を止めようとした。
何故ならビッグクレパスに落ちた者は誰一人として帰ってきた者はおらず、今の状態のマリーをそんなところに向かわせるわけにはいかなかったからだ。
しかしマリーは「暗い谷底であの子は一人寂しい思いをしている」と言い、掴み止める者たちを振り払ってでも行こうとする。
――今の彼女をビッグクレパスに向かわせたら間違いなく飛び込む。
そう判断したのは聖騎士マリーと同じ三聖の一人、『鋼鉄のジェネラル』と称されるロンレス・ファーレンだった。
壮年の鉄鋼騎士ロンレスは一人でマリーを押さえ込むと、彼女の鳩尾に拳を叩き込んだ。
それで彼女は気を失うこととなる。
しかしロンレスは最後に聞いた。
「あの子が……ありがとうって言ったんだ……」
その意味は分からなかったが、ロンレスはマリーの横顔を痛々しく見ていた。
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一方その頃、女王の私室にもリクの件の報告が入っていた。
同じく女王の部屋にいた教皇は竜騎士キサラギの身に起きた一連の流れを聞くなりに声を荒げた。
「エリアンテめ、余計なことをしてくれおったわ! あの竜騎士の少年を取り込むためにやったつもりが、これでは元も子もないではないか!」
教皇は苦々しげに目の前のテーブルに拳を打ちつけていた。
普段これほど感情を顕わにすることはないのだが、彼にとって今回の件はそれほど重要な案件だったということだ。
しかしすぐ側にいる女王アルベルティーナは特に取り乱した様子はない。
「落ち着いてくださいお父様」
「これが落ち着いていられるか! 我々は二十三対の内の一対を失ったことになるんだぞ!? これでは我らの計画が水の泡ではないか! しかもよりによってあの竜騎士を……!」
「お父様、あなたはキサラギさまが死んだところを実際にその目で目撃されたのですか?」
「な、なに? い、いや、それは」
「目撃されたのですか?」
「………?」
淡々と言うアルベルティーナの様子に、教皇はもしやと思う。
「……まさか、あの者が生きているとでも言うのか?」
「ええ」
アルベルティーナは何でもないようなことのように言い切った。
その様子に教皇は訝しげに眉を顰める。
「……どうしてお前にそんなことが分かる?」
「これは決まっていることですので」
「……? どういうことだ?」
「どう、とおっしゃられましても。予定通りとしか答えられませんわ」
「………」
教皇は目を細めながらも、立ち上がるとこう言う。
「……まあいい。あの者が生きていると言うのなら、わしはこれから竜騎士キサラギの捜索隊を編成させる。よいな?」
「ご随意に、お父様」
邪気のない微笑みを浮かべてそう答えるアルベルティーナ。
教皇はというと、得体のしれない物を見るような目で自分の娘を見つめていた。




