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第十二話『急落。そして未来は変わる』

 後から思えば迂闊だったとしか言いようがない。

 マリーさんとの剣の打ち合いに疲れていたせいか、はたまた心地良い気分に浸っていたせいか、俺は自分の部屋の中にいるその気配にまったく気付かなかった。


 ドアを開けた時、そこには一人の女性が佇んでいた。

 高そうなドレスに身を包んだ、ブロンドの髪を巻き毛にした女性だ。


 以前、晩餐会の時に俺たち転移者に紹介されたから覚えている。

 この人は確かこの国の第一王女だったはずだ。

 しかし何故俺の部屋に……?


「ドアを閉めなさい」


 その女性が言った。

 威圧的な声に俺は反射的にドアを閉めてしまう。

 少なからず混乱していた俺は王族の持つオーラに飲まれてしまっていた。


(わらわ)はこの国の第一王女、エリアンテ・フォン・アーティアであるぞ。どうした? 跪かぬか」


 俺は慌てて言われた通りその場で跪いてしまう。

 そうしながらもどういう状況なのか必死に頭で考えるが、テンパっていることもあって答えが見つからない。

 一方、素直に従った俺を見てエリアンテ王女は満足そうな笑みを浮かべていた。


「ふふん、いい心掛けね」


 そう言うと俺に近付いて来て、俺の前髪を無造作に掻き上げてくる。


「へえ、意外と悪くない顔をしているのね」


 急に触れられたことに心が拒否反応を起こしていた。

 本当は手を振り払いたかったが混乱の極みにあった俺はそれすら出来なかった。

 なすがままになっていると、事態はさらに異常な方向へと突き進んでいく。

 エリアンテ王女は俺の右手を取ると、手の甲を愛おしそうに撫でる。


「これが竜王の紋章なのね……素敵」


 うっとりしたように一頻り俺の手の甲を撫でた後、エリアンテ王女は俺の右手を自らの口元まで持っていった。

 何をするのか俺が訝しく思っていると、何とエリアンテ王女は俺の右手の人差し指を自分の口に含んだではないか。

 そして次の瞬間、ぴちゃぴちゃと艶めかしい音を出して俺の指を舐め始める。

 エリアンテ王女の舌の感触がダイレクトに指に伝わって来て背筋にゾクゾクしたものが走る。

 しかしそれは性的快感などではなく嫌悪感によるものだった。

 エリアンテ王女が美人だという認識はこの際どうだっていい。

 俺は他人に指を舐められているのだ。


 エリアンテ王女は俺の指を順番に堪能した後、おもむろに自らのドレスをはだけさせる。

 元々脱ぎやすい構造になっていたのか、肩からずり下がったドレスのせいで胸元が危ういところまで見えてしまっていた。

 彼女の妹である女王アルベルティーナとは似ても似つかないブロンドの巻き毛が、艶めかしく上気する肌に張り付いていた。

 しかし目の前のエロティックな光景を俺はどこか他人事のように見ている。


 さらにそのまま……エリアンテ王女は俺の方へとしな垂れかかってくる。

 エリアンテ王女の怪しげな瞳が近付いてきた。

 彼女の口の中に艶めかしい舌がちろちろ動いているのが見える。


 そしてその舌が俺の口を貪ろうとした時、俺は遂に耐えられなくなって彼女を突き飛ばした。


「きゃあっ!」


 思ったより突き飛ばす力が強くなってしまったようで、エリアンテ王女は小さく悲鳴を上げベッドの方へと倒れ込んだ。

 俺はその間に立ち上がりエリアンテ王女から距離を取る。

 自然と俺が彼女を見下ろす形となった。

 エリアンテ王女はキッと俺の方を見上げると憎々しげな声音で言ってくる。


「まさか……わたしを拒絶するというの?」


 俺が無言でもって答えると、彼女の視線が徐々に憎しみの色に染まっていく。


「こ、このわたしをバカにするの……!? このわたしに恥をかかせてただで済むと思っているのかしら!?」


 エリアンテ王女は喚くように言った。

 そんなこと言われたって嫌なものは嫌だ。

 俺にだって拒否権くらいはある。

 確かにエリアンテ王女は美人だが、それ以上に拒否感の方が強かった。

 ただでさえ他人が苦手な俺だったが、その中でもこういう人は一番キツい。

 それが雰囲気で伝わったのだろう、エリアンテ王女はふっと笑ってこう言った。


「……そう。完全にわたしを拒絶するってわけね」


 俺はそのまま諦めてくれると思っていた。

 しかし俺は甘かった。

 次の瞬間、エリアンテ王女の顔がこれでもかというくらの憤怒の色に染まったのだ。


「わたし、こんな屈辱な想いをしたのは初めてだわ。さっきも言ったけど、わたしにこれほどの屈辱を与えておいてただで済むとは思わないことね。それ相応の報いを受けてもらうわよ」


 そんな不吉なセリフを吐いたかと思うと、エリアンテ王女は大きく息を吸い出した。

 それを見て俺は嫌な予感に駆られる。

 お、おい、まさか……。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 エリアンテ王女はこれでもかというくらいの悲鳴を上げた。

 部屋に反響し、耳を劈くほどの声量だ。

 その悲鳴は間違いなく部屋の外まで響いただろう。


 ほどなくして部屋の外で慌ただしく人が行きかう音が聞こえ始める。

 外にいた者たちは最初どこから聞こえて来たかを話し合っていたようだが、やがて一つの部屋に当たりをつけたのだろう、間もなく俺の部屋のドアが大きく開け放たれた。


 最初に見えた顔は間所(まどころ)を始めとする野球部の面々だった。

 タイミングの悪いことに一番近くにいたのがこいつらだったらしい。


 間所たちは戸惑った顔でこの部屋の状況を確認していた。

 だが、この部屋にいるのは彼らが目の仇にしている男と、その近くで潤んだ(・・・)()でドレスをはだけさせている女性。

 奴らからしてみれば一目瞭然だったに違いない。

 さらには、


「助けて……! こ、この男が無理矢理わたしを……」


 エリアンテ王女のそのセリフが決定打となった。

 いつにも増して蔑んだ視線が俺を射抜く。

 それを代表するようにまずは間所が口を開いた。


「最低だな、お前」


 まさかこんな奴からこんなセリフを言われる日がくるとは思わなかった。

 ……少しは考えろよ。

 この俺がどうやってエリアンテ王女みたいな高貴な身分な女性をこの部屋まで連れて来られると思っているんだよ?

 どう考えたって彼女の方から来たに決まっているだろうが。

 ……と言ってもこいつら野球部の奴らには言っても無駄だろうけど……。


 それからしばらくすると、その後ろから他のクラスメイトたちも続々と集まり始めた。

 しかし野球部の連中から事情を聴くなりその全員が間所たちと似たような視線を俺に対して向け始めたではないか。

 ……え?

 ……な、なんでだよ?

 なんで一方的にエリアンテ王女の言い分だけ信じて、俺のことは誰も信じてくれないんだ?

 喋ったことはないとはいえ、少なくても俺の方が小学校からの付き合いがあるはずだろう?

 それなのにどうして……。


「何か言い分はあるのか?」


 殊勝にも間所がそんなことを訊いてくる。

 しかし俺はいつものように何も言わなかった。言えなかった。

 すると、


「こんな時までだんまりかよ。お前、やっぱ最低だわ」


 間所は俺の罪が確定したような声音を出し、一層蔑んだ目をこちらへと向けてくる。

 他の皆もやはり同じだった。

 今も震えて(・・・)いる(・・)演技(・・)()して(・・)いる(・・)エリアンテ王女の方に同情の視線を向けるばかりで、俺に対しては怒りすら含んだ瞳を見せていた。


 ……なんで……。

 ……もしかしたら何も言わない俺も悪いのかも知れない。

 でも……こんなのないよ。

 俺は何もやっていないのに……。

 それなのにこんな一方的な……!


「……おい、なんだよその態度は? 開き直るつもりか?」

「そうよ! エリアンテ王女に謝りなさいよ!」

「いや、謝っても許されないだろ、これは」


 クラスの連中が口々にそんなことを言ってくる。

 開き直るも何も、俺はやってない!

 やっていないものを謝る理由だってない!

 ……しかしやはり誰も俺の味方の目をしてくれる者はいなかった。

 それどころかみんなで寄ってたかって俺を責めてくるだけだ。

 今までは何だかんだ言われてもあからさまな嫌がらせをしてくるのは野球部の連中だけで、他は気のいい奴らだと思っていたのに……。

 俺の胸の内にぶつけようのない想いが渦巻いていた。


「とにかく、てめえは一度身柄を拘束させてもらうぜ」


 そう言って間所が俺の体に手を伸ばしてくる。

 俺はとっさにその手を払っていた。


「……! 抵抗する気か?」


 その通り。拘束される謂れはないからな。


「この部屋の出入り口は俺たちが固めているんだ。この中で最低のステータスのお前に逃げ場なんてない。観念しろ」


 間所がそう言うと、他の皆も一斉に腰を落として構えた。皆して俺に向けるその目は犯罪者を見る目だ。

 ……ああ、そうかい。そうかよ。

 少なくてもお前らとはもう仲間でもなんでもない。

 俺は自由にやらせてもらうわ。

 死角から俺に向けて勝ち誇った目を向けてくるエリアンテ王女に感謝ですわ。


 あー、いつまでもこんな奴らと一緒にいなくて良かった。


 俺は全てを割り切ると、じりじりと距離を詰めてくるクラスメイトたちと逆の方向に向かって走り出す。

 そう、窓の方へと。


「な……!?」


 後ろで驚いた声が聞こえてくるのを尻目に、俺は窓から飛び出し空中に身を躍らせた。

 そして空中で一回転すると下にあった二階のバルコニーに着地する。

 ここは三階だ。

 だから俺が窓から飛び降りるなんて誰も思いもしなかったのだろう。

 しかしそれは元いた世界での常識だ。

 ここは異世界で、俺たちは常人とは違う力を既に持っている。三階から二階のバルコニーへと着地するくらい今のステータスならなんてことはない。


 俺はそのまま二階のバルコニーから今度は一階の中庭へと着地する。

 ようやく後ろから慌てた声が聞こえてくるがもう遅い。

 俺は『遁走』なんてスキルを持っているせいか、あらかじめ何かあった時のために逃走ルートを自然と考えていた。

 そのルートに従って俺は王城を抜け出す為に駆け出す。

 さあ、脱出開始だ。



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