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第十一話『剣士三人』

 異世界に飛ばされてから二週間が過ぎようとしていた。

 時間にしたらたったの二週間だが、右も左も分からない状態ではその倍以上の時間を過ごした気がする。

 しかしやはり結構辛いことも多く、中でも俺が心底参っていることが二つあった。


 一つは『晩餐会』の存在だ。

 転移された初日に歓迎の晩餐会が催されて以来、俺たちの日々の活動を慰労する目的でちょくちょく開かれているのだが、ぼっちに居場所が無いことは推して知るべしである。

 パーティなんてぼっちにとって地獄とそう変わらないよ……。

 なんなら地獄の方がマシなレベルですわ。


 二つ目の悩みは野球部の連中だ。

 野球部の連中は間所を筆頭に元が運動神経の良い奴ばかりなのでこぞってステータスが高い。

 そのせいか貴族たちの期待もあって日々増長している様子がうかがえた。

 そしてその増長の的になっているのが俺というわけだ。

 奴らは人の目がある場所ではあからさまなことはしてこないが、裏では酷いものだった。

 最近は暴力に訴えることも少なくなくなってきている。

 やれ「調子に乗るな」とか「姫宮や聖騎士マリーに近付くな」などと罵られたりするのだが、俺としては知ったことではない。調子に乗っているつもりはないし、あいつらに姫宮やマリーさんに近付くなと命令される筋合いもない。


 しかし俺よりも遥かにステータスが高い四人に囲まれては『雑魚竜騎士』の俺にはどうすることも出来なかった。

 一度俺が顔にあざを作ってしまった時があって、それを見たマリーさんが眉を逆立ててあいつらのところに行こうとした時があったが、俺はマリーさんの腕を掴んでそれを止めた。

 だってそれではあまりにもカッコ悪いから……。

 マリーさんは珍しく強い意志を見せた俺に驚いていたようだが、しかし分かってくれたのかその場は落ち着いてくれた。


 俺は強くなりたかった。

 せめてマリーさんを心配させないくらいには……。



 **************************************



 夕暮れの赤に染まる中庭の一角。

 同じく夕陽の赤に照らされる剣を俺は一心不乱に振っていた。


 一定のリズムに合わせ剣を左右に振り、時には突きを繰り出す。

 噂に聞く『剣舞』のように刀身が宙を舞う。


 少しでも強くなるために、今では訓練や座学が終わった後に一人で剣を振るのが俺の日課になっていた。

 その甲斐あってか俺の『剣スキル』のレベルは7に上昇している。

 この世界の人たちのステータスを参照させてもらった限り、スキルレベルの上昇にはもっと時間がかかるものだと思っていたのだが、どうやったら上手くなるか考えながらひたすら剣を振り続けたおかげかたった二週間で剣スキルのレベルは7になった。

 これはウチのクラスの中では風早(かぜはや)に次ぐ武器スキルの高さだったりする。

 やはり努力すれば報われるのだ。


 無駄になる努力などない。

 これこそが俺の根底にある信条だ。

 あ、ちなみにコミュニケーションスキルは努力でどうにかなるレベルではないので諦めている。人間にエラ呼吸しろって言っても出来ないでしょ? それと同じ。


 ……雑念が入ったせいか剣が乱れた。

 俺は再び気を引き締め、剣を振ることだけに集中する。


 そこからはしばらく刀身が空を切る音だけが辺りを支配していた。

 リズムよくヒュンヒュン鳴る音が耳に心地良い。

 俺は『剣』が気に入っていた。

 正確に言えば剣を扱うことを楽しんでいた、と表現するのが適切かもしれない。

 こんなに楽しいものなら俺も風早みたいに剣術を習っておけばよかったとさえ思う。


 そんな思考が過ったのは偶然だったのかは分からない。

 しかし剣を振り終った時に聞こえてきた声は俺にとって意外なものだった。


「おつかれさん」


 そんなセリフと共に不意に飛んできたものを俺はとっさにキャッチする。

 手に収まった物を見てみると、それはこの世界の水筒だった。

 俺はその水筒を投げてきた人物を茫然と見つめる。


「悪い。驚かせるつもりはなかったんだよ」


 そこにいたのは風早沙羅だった。

 何故彼女がここに……?

 そう思っていると彼女はこう言った。


「あんたがどこに行くのか気になって一度後を付けた時があってね」


 そうだったのか……。

 ここは王城の中庭の木々の間に挟まれた完全な死角となる場所だ。

 俺だけの秘密の場所だったのに……。


「安心しなよ。この場所は誰にも教えてないからさ。ああ、それ差し入れ。柑橘系の果実の入った冷水だよ」


 バチンとウインクしてくる。その姿はとても様になっていた。

 風早は前の世界にいた時からそうだったがかなり男前な性格をしている。

 それはこの世界でも健在のようで、風早は既に貴族令嬢やメイドたちの中にファンを作っていたりする。

 風早は転移者一の男前と謳われており、前にそのことをいじった斉藤がぼっこぼこに殴られているのを見てからは彼女をいじる者はいない。しかも皮肉なことにその姿を見た貴族令嬢やメイドたちの中にさらにファンを増やす結果となった。


 取りあえずせっかくなので貰った果実水に口を付けてみる。

 火照った体にほのかに甘い冷えた水が心地良かった。


「あたしも向こうの世界にいた時、剣の修行で疲れた時によく果実水を飲んでたんだ。それ、あたしの飲みかけだけど美味いだろ?」


 そのセリフに俺は思わずぶふーっと果実水を吹いてしまう。

 だってそれじゃあ……間接キスじゃないか!


「おいおい、小学生じゃあるまいしそんなに狼狽えるなよ? ま、あたしも相手くらいは選ぶけどね」


 狼狽えるなって言われたって……正直俺のような美少女に縁のないコミュ障男には刺激が強すぎる。

 しかし……このやり取りから見ても分かる通り、風早沙羅は俺に対し好意的に接してくれる数少ない者の内の一人だ。

 多分、姫宮が俺に対し壁なく接してくれるから姫宮の親友である風早も俺に対し好意的なのだと思うのだが……そもそも姫宮が俺に対し好意的なのがよく分からないんだよな。

 そう思っていると風早が言ってくる。


「ふふっ、あたしや姫があんたを構う理由が分からないって顔をしてるね」


 まさしくその通りだった。

 風早は悪戯っぽく笑った後、不意に遠い目をして語り出す。


「……中学の時さ、ウチの学校の子たちが高校生の男らにちょっかい出されているって話があったのを覚えてるかい?」


 ……ああ、よく覚えている。なにせ全校集会で注意が入ったぐらいだったからな。

 それに何よりその事件に出くわしたことがある。


「あたしさ、ウチの学校の子たちにちょっかいを出す奴らにヤキを入れてやろうと思ってたんだ」


 そ、そんな物騒なことを思ってたんだこの人……。さすが風早さん。


「そんで実際にウチの学校の子が高校の男共に絡まれているのを発見したんだけどさ……その時に見たんだよ、あんたを」


 え、俺を?

 あ……ま、まさか。


「周りの奴らは中学生の女の子が高校生の男どもに絡まれてるっていうのに無視。あたしは頭に来たよ。高校生のくせに立場の弱い女の子に絡んでる野郎共もそうだけど、何よりそれを見て見ぬふりする奴らにね」


 ……ああ、確かにそうだったなあ。

 俺だって本当は関わりたくなかった。

 でも足が勝手に動いて……。


「そんな中、一人の中学生くらいの男子がトコトコと近付いていくじゃないか。よく見れば同じクラスの冴えない男子……つまりあんただったってわけさ」


 ……冴えない男子かぁ。まあ冴えないですけど。


「それであんたが何をやるのかと思ってみれば……ぶふっ、ダメだ! 今思い出しても笑っちゃう!」


 風早は我慢できないといった感じで吹き出した。

 ……やっぱりあれを見られていたのか……。

 やばい、恥ずかしくて死にそう。黒歴史の一つだったのに……。


「格好よく女の子を助け出すのかと思えば、高校生の男たちに絡まれている女子のところに近付いていって、いきなり何も言わずにその女子を担いでその場から猛ダッシュ! 呆気に取られる高校生の男どもからその女子を引き離したところまでは良かったけど、その当の女子に『人さらいー!!』って叫ばれて誘拐犯扱いだもんね!」


 ……その通りでした。

 助けたつもりの女の子から誘拐犯扱いされた時は泣きそうになったよ。

 風早は爆笑しながらも続きを語る。


「でもそのおかげでその女子はその場から逃げ出すことが出来たし、高校生の男どもも注目され過ぎたせいかそれ以上追うことも出来なくなった。結果オーライさ。あ、その高校生の男どもはあたしが後できっちりシメておいたから安心しな」


 ……なるほど、あの後ばったり高校生たちの噂を聞かなくなったのはそういうことでしたか。ほんと、さすが風早さん。


「まあ、それまで正直あんたのことは『なよなよした暗い奴』という印象しかなかったけど、あれからあんたを見る目が変わったってわけ。あの女の子を助けたのは紛れもなくあんただよ。見直したわ」


 ……なるほど、そういうことだったか。

 あの時はあまりの理不尽に泣きそうになったけど、こうやって見ていてくれた人もいたのか……。


「でも姫はその前からあんたのことを気に入っていたみたいだけどね。正直その時は姫の考えが理解出来なかったけど、今思えばあの子の人を見る目は正しかったってわけだ」


 そこで風早は居住まいを正すと、真剣な目をして言ってくる。


「あんたには迷惑ばっかかけてるから、うざったく思うこともあるかもしれないけどさ……あれでもあの子、本気なんだよ。それだけは分かってあげて欲しいんだ」


 本気? 本気ってどういうことだ?

 しかし風早はその問いに答えることはなかった。


「ま、邪魔するのも悪いしあたしはもう行くよ。……ああ、今度あたしとも剣を交わしておくれ。あんたと剣を合わせるのは楽しそうだからさ。じゃあね」


 二本指をピッと振ってから風早は去って行く。

 最後まで男前だった。

 ……しかしなんだろ? わざわざ俺に差し入れを持って来てくれたのか?

 ……まあ、風早さんの飲みかけらしいけど……。


 俺が水筒の飲み口を見ながら顔を赤くしていると、しばらくしてから再び人がやってくる気配がした。

 風早が戻って来たのかと思って慌てて水筒の飲み口から視線を外したが違った。

 やってきたのはマリーさんだった。


「やあ、邪魔するぞリクくん」


 ……今日は千客万来だな。

 何の用事か知らないけど、マリーさんもよくこの場所が分かったものだ。

 そう思っていると、


「前々からリクくんがこの場所で密かに頑張っているのは知っていたよ。しかしさっきカゼハヤがここに向かっているのを見て心配で付けてきたんだ」


 ……なんだ。マリーさんにもバレていたのか。……秘密の場所だったのに。


「でも心配いらなかったようだな。二人で楽しそうに会話しているのが聞こえて来たよ」


 いえ、俺は一切喋っていませんけどね? それって会話って言うのかな?

 そう思っていたらマリーさんが俺の心を読んで答えてくる。


「立派な会話だよ。だって成り立っていたじゃないか」


 ……そういうものなのかな?


「私は嬉しいんだ。リクくんが同郷の者と仲良くしているところが見れて。キミはいつも一人だったからな……。これでも心配していたんだぞ?」


 その様は本当に姉が弟を心配するような感じだった。

 ……いや、もう本当にいらぬ心労をおかけして申し訳ない……。


「出来れば女子ではなく男子と仲良くしてくれた方が私は健全だと思うけどな」


 ちくりと釘を刺された。

 でも風早は男前だから男子にカウントしてもいいんじゃないか……と思ったがそんなこと言ったら風早にぶっ殺されそうなので口が裂けても言えない。


「……また何か変なことを考えているな?」


 何故バレタ?


「君の考えていることなら分かるよ。……まったく、出来の悪い弟を持った気分だ」


 マリーさんはやれやれといった感じで首を振っているが……。

 俺はその言葉にちょっと胸があったかくなっていた。

 まさかマリーさんも俺と同じような想いを懐いていてくれているとは思わなかったからだ……。


「しかし思っていることがあるなら、それをそのまま口に出したらいいではないか? それだけで大分違うと思うぞ」


 ……それはそうなんですけどね……。

 それが簡単に出来ないからコミュ障なのですよ。

 そのまま口に出すっていうのがコミュ障にとって最大の難関なのだ。

 そう……どうしても「こう言ったら相手を傷つけてしまうのではないか?」「こう言ったら嫌われてしまうのではないか?」と考えてしまう。

 色々と考えた結果、最適解が見つからずどうしても口が開かない。

『喋る』という恐怖が心を鷲掴みにするのだ。

 俺の内心に大きな葛藤が渦巻いているのを見透かしたようにマリーさんが言ってくる。


「……そうか。君は何か辛い経験をしたな?」


 ……!!

 ああ……この人には本当に敵わないと思った。

 俺は見抜かれた。

 幼いころにやってしまった失敗が鎖となって俺の心を雁字搦めにしていることを……。

 俺は小さく震えていた。あのことを思い出してしまうとどうしてもこうなってしまう……。そんな自分が嫌になる。

 マリーさんはそんな俺を見て何か考えていたようだった。

 しかし何を思ったのか、最終的にこう言った。


「剣を取れ、リクくん。少し稽古を付けてやろう」


 ……?

 どういうことだろう?

 流れはよく分からないけど、稽古を付けてくれるというのは是が非でもなかった。

 何故なら俺は少しでも強くなりたいのだから……。

 俺はいつものように黙ったまま木に立てかけておいた剣を取り、鞘から刀身を抜くことでマリーさんに答える。

 マリーさんも自身の長剣を腰から抜き放って俺と対面する。


「いつでもいい。かかってきたまえ」


 俺は一つ深呼吸する。

 そしてお言葉に甘え正面から剣を振りかぶった。

 マリーさんは難なくそれを剣で打ち払う。

 次は突きを出すがそれも簡単に弾かれる。

 そこからしばらく辺りには剣戟の音だけが響き渡ることになった。

 俺は先程までの雑念を一切捨て、剣を振ることだけに集中する。

 ……やはりマリーさんと剣を合わせるのは楽しい。

 どれだけでもやっていたいと思える。

 しかしある程度剣を合わせた時、マリーさんは不意にこう言った。


「私はいつかリクくんに名前を呼んでもらいたい」


 ……? いきなり何を……?

 戸惑う俺に対し、マリーさんは笑っていた。

 マリーさんの金髪に夕陽が反射して眩しかった。


「君はきっと強くなる。頑張れ」


 ……!

 俺は胸に詰まった。

 未だに『竜任せの雑魚竜騎士』などと罵られている俺にそんなことを言ってくれるのはマリーさんだけだ。


 そこからはただ剣を交わしていた。

 それが終わったのは日が完全に暮れ、体力が一滴も無くなってから。


 その時には既に、俺は何となくこの世界で生きるのも悪くない気がし始めていた。




ブックマークしてくださった皆様、手間を惜しまず評価してくださった方、感想を書いてくださった方、本当にありがとうございます。嬉しかったです。



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