第九話『竜の紋章。白い竜』
「リクくん、喜べ! 竜との契約の仕方が分かったぞ!」
どうも、俺の名前を忘れている人もいるかもしれないけど如月リクです。
講義室に入って来るなりに叫んだ聖騎士マリーに皆が注目していた。
今はちょうど次の座学までの休み時間だったので、講義室には結構な人数が残っており、自分が注目の的になったことにマリーさんはしまったという顔をする。
……マリーさん最初はカッコいい人だと思っていたけど、意外と残念なところがあることが分かってきている。
お世話になっている人にこんな言い方をするのはなんだが、彼女は戦闘以外のことだとちょっとポンコツ化するのだ。
今は多分俺に朗報を伝えたいあまりに周りのことに気を配っていなかったのだろうと思う……。
クラスメイト達はそんなマリーさんに対し落胆するどころか親近感が湧いたようで、彼女のファンはさらに増えていた。
そしてそのマリーさんが何かと俺の世話を焼くので俺に対し非難と嫉妬の視線が増し、それを気にして余計にマリーさんが俺を気にかけてくれるものだからさらに俺への嫉妬が増えるという見事な負のスパイラルが出来上がっていた。あいよ、負のスパイラル一丁追加!
ちなみにその負の視線の中には聖騎士マリーを心底尊敬している彼女の部下たちのものも混じっているからおっかない。
ばつが悪い顔をしていたマリーさんは、こほんっと咳払いを一つ入れて体裁を整えると、堂々とした足取りで一番後ろの席に座っている俺のところまでやってくる。
そして小声でこそっと言った。
(リクくん、喜べ。竜との契約の仕方が分かったぞ)
……いや、聞こえてましたから。あれだけ大声で叫べば嫌でも耳に入っていますから。
ポンコツ化がひどいマリーさんはあれとして、彼女が言ったことの内容は俺にとって聞き捨てならなかった。
……竜との契約? なんだろうかそれは?
俺の疑問の雰囲気を読み取ったのか、マリーさんが得意げに説明してくれる。
「異世界から来た君が知らないのも無理はない。しかし竜騎士というからには相方に竜がいるのが当然だろう? 竜騎士には運命で定められた竜がいると言われている。その運命の竜と『契約』することで竜騎士は竜を従えることが出来るのだ。いや、それだけではない。『契約』によって竜騎士は真の力が発揮されるという伝説すらある。それで実は我が国の学者たちは竜との契約の仕方を調べていたのだよ。そしてそれが判明したというわけだ。ふふん。この話を聞くなり真っ先に知らせに来てやった私に感謝しても良いのだぞ?」
……マリーさんのドヤ顔のせいで話が頭に入って来ない。
でも何となくだけど、竜騎士は竜と契約して初めて一人前ということだろうか?
「その通りだ」
心を読まれた。
マリーさんはコミュ障の俺の世話を焼きすぎたせいか次第に心を読むようになってきていたりする。
マリーさん曰く『剣を交わしたから言葉が無くても分かる』らしいが、そんなこと出来るのは多分マリーさんくらいだと思う。
「それで竜と『契約』する方法だが、まずはパートナーとなる運命の竜を特定するところから始まる。と言ってもこれは意外と簡単な方法だ。目を瞑って心の中で相手の竜に呼びかけるだけでいいらしい。早速やってみたらどうだ?」
……随分簡単に言うけど、そんなすぐに出来ることなのだろうか?
それにやるにしてもここではやりたくない。めちゃくちゃクラスメイト達の注目の的になってるし……。
でも目の前のマリーさんのきらきらした顔を見てしまうと、とてもじゃないけどやりませんとは言えそうになかった。まあどの道コミュ障だから言えないんですけどね。
仕方なく俺は覚悟を決めて言われた通りやってみることにする。
取りあえず目を瞑ってみるが、呼びかけると言ってもどうやればいいんだろ?
だいたいからして俺はコミュ障なので、心の中で呼びかけるだけでも相当ハードルが高いのだが……。
しかもそれが知らない竜が相手なら尚更だ。
しょうがないから呼びかけるのはやめて、相手の竜を思い起こすことだけに専念してみる。
運命の竜か……。
どんな相手なんだろ?
竜騎士のパートナーとなる竜というからには大空を悠然と駆けるイメージがあるのだが……。
でもコミュ障の俺に相応しいしょぼい竜である可能性も否めない……。
そんなことを思っていると、不意に心の中の暗がりに何かが見えてくる。
え……?
徐々に輪郭がはっきりとしてきたそれは白い竜だった。
いや、ただ白いだけではない。どこか神々しさすらある竜だ。
『我を呼んだのは主か?』
おわっ、喋りかけてきた!?
俺はとっさにその竜とのリンクを遮断する。
するとすぐにその白い竜の姿が見えなくなった。
……ふぅ、助かった。
え? 何してるのかって?
だっていきなり喋りかけて来たんだよ!? コミュ障の俺に向かって!
仮にも俺のパートナーになる竜ならその辺のTPOはしっかり汲み取って欲しいものですな。
俺が心の中で先程の白い竜を詰っていると、唐突に辺りが騒がしくなる。
俺は思わず目を開ける。
見ればいつの間にか講義室が凄まじい光で満たされていた。
クラスメイトたちは悲鳴を上げて光の発生源から目を守るように手を翳している。
あまりの光に俺も反射的に目を庇おうとするが、とてつもない輝きを放っている光の発生源がなんと俺の右手の甲であることに気付き思わず凝視してしまう。
我を忘れて自分の右手を見つめていると、やがて光は収束し、その全ては右手の甲に集まっていく。
「一体何が……?」
いつの間にか辺りは静まり返っており、誰かの呟きがやたら鮮明に響き渡る。
俺はそんなこと気にすることもなく、ただ自分の右手の甲を眺めていた。
そこには先程までなかったものが浮かび上がっている。
それは金色に輝く紋章だった。
「……一つ訊くが、リクくんが心の中で見た竜はもしかして白い竜ではなかったか?」
マリーさんが茫然とした様子で訊いてくる。
……確かにあれは白い竜だったな。
「竜騎士が持つ『紋章』にはパートナーとなる竜によって定められた色と形がある。火竜なら赤い炎の形、氷竜なら青い氷のような形といった風にな。しかし学者たちが調べ上げた紋章の中には金色のそんな神々しい形のものは存在していなかった」
マリーさんは淡々と説明してくる。
「それほど神々しい紋章ということは、きっと未だかつて誰も契約したことのない強大な竜が相手に違いない」
なるほど。それで先程マリーさんが言った白い竜に当たりが付いたというわけか。
ということはあの白い竜は相当凄い存在ってことだろうか?
「白い竜はこの世界に一匹しかいない……。それは伝説の竜……竜王だよ」
は? 竜王?
見ればクラスメイトたちも「はい?」って顔をしている。
「伝説の竜王をパートナーにすれば君にはそれこそ敵がいなくなることだろう。そんな凄い竜を運命の相手にするとは、さすがは私が見込んだ男だな!」
話の内容を上手く咀嚼出来ない俺に向かってマリーさんが興奮気味に言ってくる。
……というか俺ってマリーさんに見込まれてたの?
それにさりげなくマリーさんが近い。
一連の流れで放心状態になっていたクラスメイトたちの目が再び険しくなっていくのが分かった。……ちょっと? まだ竜のお話が終わっていませんよ?
そこにさらに追い打ちをかけてくるのが当クラスナンバーワンの空気の読めない女王(俺認定)姫宮姫である。
「何言ってるのマリーさん? わたしなんかこの世界に来るずっと前から如月君のこと見込んでたんだよ?」
……何故張り合う?
最近姫宮は俺に対する絡みが強くなっている。まるでマリーさんに対抗するようにして。
それに伴ってクラスの男子どもの憎しみの籠った視線も倍増するシステムになっているのでマジで勘弁してほしい。
「いや、私が見込んだ男だから」
「いやいや、わたしが見込んでいた男ですので」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
程度の低い争いが勃発していた。
多分二人とも自分の慧眼の方が優れていることを主張したいだけなのだろうが、俺を巻き込まないで下さい。
恐る恐る辺りを見てみると……やべえ、野球部の連中とかめっちゃ目が濁ってますけど。
他の者たちの嫉妬の目もこれでもかというくらい強くなっているし……本当に勘弁して。
いつも話の中心となるはずの螢条院を見れば苦笑しているだけだった。
もはや俺がどうやってこの場から逃げ出そうか考え始めていると、俺の『聞き耳スキル』が小さく呟かれた声を拾う。
「うぜぇ」
小さいが確かな怨念が籠った声。
辺りの嫉妬の目などわけもないほどのぬるりとした感触に、俺はハッとして辺りを見渡す。
しかしそれっぽい人物は見当たらない。
最近たまに感じる暗い感情……。
……一体誰だ?
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その日の夜、トイレに行った帰りにたまたまその会話は聞こえてきた。
「どうやら使徒たちの調整は問題ないようだな」
「ええ、滞りありませんわ」
この声は……教皇と女王?
近くの部屋からだった。
「それにしても全部で二十四名か……向こうの老人どももこしゃくな真似をしてくれる」
「どうやら一人『鈴』が紛れ込んでいるようですわね」
別に盗み聞きする気などなかったのだが、無駄に高い聞き耳スキルのせいで勝手に会話が耳に入ってしまう。
しかし何の話をしているのだろうか? 使徒と言っていたから俺たちのことのようだが……。
それにしても、教皇の女王に対する喋り方が前に謁見の間で聞いた感じと違うな。
「で、どちらが選ばれた者なんだ?」
「それは勇者の方で間違いないでしょう。ユニークスキルにもその名前があります」
「だったらあの少年はなんだ? 何故伝説の竜騎士なんだ? 竜とどんな関係がある?」
「さあ、それは分かりかねます」
「………」
あれ? なんか俺のことを話している?
「お父様、そんなに心配なさるなら、わたくしどもも彼に『鈴』を付けておきますか?」
「……ああ。それがいい。……いや、待て」
一泊置いた後、
「誰だ!」
荒々しく扉を開け放つ音と教皇の怒号が閑静な廊下に響き渡った。
教皇は辺りを油断ない瞳で見渡すと、
「……気のせいか?」
そのまま扉を閉めたのだった。
あっぶね~!
部屋の中で足音が近づいてくる音が聞こえたから慌てて離れて正解だった。
……それにしても今『お父様』と言ったか?
教皇が女王の父親ってこと?
そんなことがあり得るのか?
……でも、もし本当だとしたら宗教に関しても国が全て牛耳っていることになる。何せ女王の実の父親が宗教のトップに君臨しているのだから。
その場合この国の王族の力は本当に計り知れない。
………。
……俺は何だか怖くなって、早くその場から逃げた方がいい気がした。
足音を立てずにその場を去ろうとする俺の耳に、しかし先程の部屋から女王の可愛らしい笑い声が聞こえてくる。
「クスッ、いけない竜騎士さんですね」
ゾッとするほど楽しげなその声は、俺の背中を震わせるには十分だった。
うん、この城はなんかヤバい。




