THE・ゴリラ ~大胸筋を求める者達へ~
……森林に囲まれた緑豊かな空間で俺は目を覚ます。ここは、森なのだろうか。太陽は真上にあるらしいが、木々に覆われていてほんの少ししか光が差し込んでいない。
さて、なんで俺はこんなところで寝ていたのだろうか。酔っ払って森の中に入りこんだのだろうか。俺は右腕で地面を叩きつけ、起き上がる。
そこでふとあり得ないものが目に入った。毛むくじゃらの左腕だ。そして、触覚が、視覚が明らかに俺の腕だと証明している。
なんだ!? 俺は慌てて駆け出す。しかし走れど走れど景色は相変わらず木々だらけだ。そしてやっとのこと湖を見つけた。
俺は自分の姿を確かめるため湖に自らの体を投影する。
そこに映っていた姿は…… ゴリラだった。何を言ってるか分からないと思うがゴリラだった。ありえないと思うがゴリラだった。
えっと…… 先祖返り? いや人類の先祖はゴリラじゃない。俺は見当違いな考察を続ける。
そしてやっとのこさ諦めると、改めて自分がゴリラだということを認識した。
自分がゴリラ、つまりこれが意味することは…… リンゴを素手で握り潰せるということだ! 俺はハイテンションで木の実を探しに行く。
おお、手のひらが大きいからか木の実が小さく感じるな! そして木の実を手のひらに乗せて握りしめると、手のひらが湿った。当たり前だ。
ここで俺はハッとする。いかん、現実逃避している場合ではない。落ち着け、俺は寝る前まで何をしていた?
えっと、忘年会で酒を飲みまくって、そこから記憶がぶっ飛んで…… よし、思い出せない。
ただ確実なのは、自分がゴリラだということだ。……誰かぁあああああああ!!! 俺は無我夢中で走り出す。心の安寧を求め、人を、誰でもいいから人を探し出した。自分はゴリラだというのに。
ここは森。適当に走ったところで人に出会える筈はない。しかし、走りを止めるときは唐突にやってきたのだ。
走る先の脇道から、ゴリラが出てきた。銀色の毛皮をしているゴリラだ。俺はぶつかりそうになり、急ブレーキをかける。地面は俺の拳と足で大きく抉られていた。
こちらに気づいた銀色ゴリラはこちらへと向き直る。
くる……! 俺は慌てて逃げの体勢を取るが、次にあり得ないことが起きた。
『ふむ、いい大胸筋をしているな……』
なんと、ゴリラが喋ったのだ。俺はその事実に驚くと共に逃げ出すのだが、目の前の木に気づかず、全力衝突してしまうのだった。
その木は細かったのか、メキメキと音を立てて崩れてゆく。後ろからゴリラの重厚な足音がする。あぁ、俺もここで終わりか。
そう諦め、銀色ゴリラの方を見ると、ヤンキー座りもどきで俺の方を向いていた。そして不敵な笑みを浮かべている。
俺は疑問符を浮かべ、銀色ゴリラへと向き直る。そして、銀色ゴリラが口を開くと
『ふむ、お前なら俺の敵に相応しい。おい、名を名乗れ』
『く……来栖 計だ』
名を問われ、俺は戸惑いながらも答える。すると銀色ゴリラは頷き、筋肉質な右手で俺を指差し、高らかに宣言した。
『我が名はシルバ。ケイよ、貴様にドラミングバトルを申し込む!』
『はい?』
突如聞き慣れない単語が出て、俺は反対側に首を傾げ直す。しかしシルバは承認として受け取ったのか、体を大きく構え直した。
両手を左右に大きく広げ、手のひらで大胸筋を叩き、けたたましい音色を奏で出す。
当の俺はその音に戸惑うでもなく、脅える訳でもなく、ただただ惹かれていた。俺はドラミングの音色を通し、広大な世界を見るのであった。
ふと、ドラミングの音色が止む。
『おい、貴様もさっさとドラミングを奏でるのだ!』
その時既に、俺の脳から疑問という文字は抜けていた。俺の本能が、ドラミングを極めろと、そう叫んでいたのだ。
俺は両手を大きく広げ、全力で大胸筋を叩く、叩く、ただただ叩く。
シルバも後に続き大胸筋を叩き、叩き、ただただ叩き、俺とドラミングハーモニーを奏でだすのであった。
どれだけ経っただろうか、気がつくと俺の腕は痺れ、大胸筋は悲鳴を上げ、足で立つことさえままならなくなっていた。シルバも天を仰ぐように大の字でぶっ倒れていた。
はぁ、動けない。俺は倒れるように木に寄りかかる。そして少しすると、シルバが顔をこちらへ向け、小さく震えている右手でグーサインを出した。
俺はそれに対し頷くことで応じるのであった。
俺達は互いに笑い合うと、深い深い眠りに落ちるのだった。
そして目が覚めると、太陽が真上にあった。一日、一日以上寝続けていたのだろう。そして俺は右手をあげ、見つめると大きく手を開き、大胸筋を叩いた。あぁ、ドラミングの音だ。心地よい。
その音を聞きつけたのか、シルバが再びこちらへとやってきた。そして、右手を俺に差し出す。
もう俺達に言葉など必要ない。俺はその右手を強く握り、起き上がる。
さぁ、シルバよ、行こうではないか。最高の大胸筋を求めに、至高のドラミングを奏でるために!
さぁ、皆もレッツドラミングだ!