第三話
その年の冬はひどい寒さでいつも以上に雪が降り積り、大人たちは汗だくになりながら雪かきをしておりました。
「早く春の女王様が塔に入られないかな」
あちこちから似たようなため息が聞こえてきます。
余りの寒さに春の日差しが恋しくなることは誰だってあります。
誰もが春のぽかぽかした暖かさを夢見て、冬の厳しさを乗り越えようとしていました。
引きこもってしまった少年は、あれから外で見かけることはありません。
雪下ろしも雪かきも、年老いた母親が一人でしていました。
皆は口々に息子に手伝ってもらうように言いましたが、母親は笑って首を振るばかりです。
玉の汗をかきながら、今日も母親は一人で雪をかいていました。
それが終わると今度はご飯づくりです。
冬の寒さに負けないように暖かいシチューを作り終えると、仕事に行く支度をはじめました。
そして自分の部屋から出てこない息子にいってきますと声をかけると、返ってこない返事を待たずに出掛けました。
家に静けさが戻ります。
時折ことんことんと小さな物音はするものの、家の中は外と変わらないほど寒く静かです。
まるで誰もいないように思えても、少年は寒い部屋の中にいました。
ベッドの上で布団を体中に巻き付けて、窓からのぞく外をじっと見ていたのです。
もうこんな生活を何年続けているのか少年にはわかりませんでしたが、これからもまだ続けることだけはわかっていました。
少年がうつらうつらしていると、珍しく母親が慌てたように家に戻ってきました。
そうしていつもなら真っ先に部屋を暖めご飯を作り始めるのに、その日だけは少年の部屋にやってきて興奮しながら話し出したのです。
「おふれが、おふれが出されたのよ」
「……おふれ?」
いきなりな言葉に少年は眉をひそめました。
そんな少年など全く目に入っていないのか、母親は勢いよく話をつづけました。
「そうなのよ。
今年の冬はあんまりにも長いからおかしいなとは思っていたけれど、まさか冬の女王様が塔からお出にならないことがあるだなんて!」
確かに今年の冬はいつもよりは長いとは思っていましたが、冬の女王が春の女王と交代せずに塔に居続けているとは思っていませんでした。
なるほど、それなら春がやってくるはずはありません。
この国では春は春の女王が四季の塔に入られて初めてやってくるものだからです。
「おふれはね、こうよ」
母親はまるで自分が王様の使者になったつもりなのか、こほんと喉を鳴らせた後、わざと低い声を出して言いました。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない』
少年は呆れました。
この国で一番力があるのは王様です。
その王様がこのように重大なことを国民に願うだなんて、有り得ないと思ったのです。
母親にその疑問をぶつけるときょとんとした顔をされて言われました。
「だって、自分が不得手なことをできる人に頼むことは当たり前でしょう? できる人が誰かわからないのだからおふれを出してみんなに知らせたら早いじゃない」
なるほど、いろんな考え方があるんだな。
少年は納得しましたが、自分には関係ない話だなとも思いました。
母親も少年に伝えたことで気持ちが落ち着いたのか、じゃあご飯を作るからと言って部屋を出ていきました。
少年の部屋にはまた静けさが戻りました。
それからどれだけたっても春はやってきませんでした。
一か月経っても、三か月経っても。
本当だったら春と呼ばれる季節になっても、夏と呼ばれる季節が過ぎても、冬の寒さが続きました。
そうするとどうでしょう。
春に咲くはずの花が咲きません。
草はひょろひょろと生えるだけ。
動物たちはまともな食べ物にありつけず、凶暴化してきます。
人間だって同じです。
太陽の光がまともに当たらないので作物を作っても何もかもが小さく育ち、取り入れても毎年獲れる量の半分以下しかありません。
そうしてまた本格的な冬がやってきました。
ごうごうと唸る風に、叩きつけるような雪が目の前を真っ白にします。
それが何日も続くと人々は家からでることもできません。
もしこのまま冬が終わらなければ、春がやって来なければ、秋になって作物を収穫できなければ。
食べ物が底をついてしまいます。
人の心も疲れ切ってしまうでしょう。
「誰かどうにかしてくれ」
誰もが思っていても、誰もどうにもできませんでした。
たった一人、「ただめしぐらい」と呼ばれる少年を除いては。