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第二話


少年をのせた荷馬車は石でできた門をくぐって町に入りました。

町は何もかも石でできて、少年は目を大きく開けたまま閉じることができません。

石でできた門、石でできた道、石でできた家、通りに置いてある机や椅子さえも石でできていました。

水飲み場には木が植えられていましたが山の木とは違いそのまわりをぐるりと石で囲われていてとても窮屈そうでした。

そのうえ町は人、人、人で、歩く速さも交わす言葉もとても早くて山でおっとりと育った少年にはついていけそうにありません。

目どころか口まであんぐりと開けっ放しになりました。


「ほらほら、そんなに口を開けっ放しにするんじゃない。妖精がお前を連れて行ってしまうよ」


先ほどの風の妖精もそうですがこの国の妖精はいたずら好きがとても多く、大きな口を開けていると妖精が口から入り込んで体を乗っ取り、同胞(はらから)にしてしまうことがままあります。

ですので口を大きく開けるときには必ず誰かが注意をするのです。

少年の父親も可愛い息子が妖精にされてしまってはかないません。

あんぐりと開けっ放しになっている口を閉じさせることは大切なことなのです。


ですが少年の気持ちもわかります。

誰だって初めて目にするものには驚くはずですし興味もでます。

少年は生まれて初めて山以外の世界を見ているのですから、興味津々なのは当然です。

それでも薪の上にいるのですから不注意で落ちてしまったら笑い話にもなりません。

父親はそれも併せて諌めたのですが、少年は心ここにあらずで父親の忠告なんてこれっぽっちも聞いてはいません。


まあ仕方がないか。


諦めに似たため息を一息ついて、父親は馬の手綱を持ち直しました。

がらがらと軽快な音をたてながら、荷馬車は町の中をゆっくりと走ります。

だんだんと四季の塔に近づいていくにつれ、好奇心旺盛な少年の目に四季の塔は大きく映るようになりました。


「ふわわわわ」


四季の塔の先っぽをみようとして首を大きく反らした少年の口から変な音が出ていましたが、おかまいなしです。

だって近くで見る塔は信じられないほど大きくてっぺんまで見ることができないほど高かったからです。


「たっか……い……」

「そりゃそうさ。なにせ女王様たちはこの塔のてっぺんから世界を見ていらっしゃるんだからなあ」

「……世界?町じゃなくて?」

「おまえ何言ってんだ。ここにいらっしゃるのは四季の女王様方だ。世の中の理を動かしている方々が世界を見ずに何を見るってんだ」


この国の季節は、四季の塔に住まう春夏秋冬それぞれの女王様が交代で塔を治めることで巡っていました。

春には春の女王様が、夏には夏の女王様が、秋には秋の女王様が、冬には冬の女王様が塔のてっぺんにお住まいになり、それぞれの季節を動かしておいでだったのです。

なぜ?と問われても困ります。

この国では昔からそうなんですから。


「そっかあ。そうだよねえ。じゃあもうすぐ寒い冬の女王様がこの気の遠くなるような高さの塔のてっぺんにお住まいになるんだよね」

「今は秋の女王様がお住まいだけどな。収穫も終わったことだしそろそろ冬の女王様がおいでになるだろう。冬の女王様が塔においでになれば一気に寒くなるぞ」


父親はこれからやってくる冬の寒さを想像してか体をぶるぶると震わせました。

その時小さな笑い声が聞こえたかと思うと、一陣の風が吹いて、少年の帽子を飛ばしていきました。


「父さん、父さん!帽子が飛んでった!」


父親が慌てて荷馬車を止めると、少年は薪に上から軽々と飛び降りて風に運ばれて道の上を転がっていく帽子を追いかけました。

あと少しでつかむことができるところまで来ると、また風がぴゅうと強く吹いて帽子をどこかへ運んでいきます。


くすくすくす


風の妖精が空の上で笑っていました。

少年は仕方がないなあと笑いながら帽子を追いかけていきました。

何度かそんな追いかけっこをしていましたが、とうとう少年の手に掴むことができました。

妖精は悔しそうにくるんと回転すると、どこか遠くへ飛んで行ってしまいました。

少年はやれやれと肩をすくめました。

そして拾い上げた帽子を足で叩くいて土ぼこりを落とすと、いかにもかぶり慣れた仕草で帽子を頭に載せ、きゅっとつばを下げました。

もちろん帽子を買ってもらったばかりですから本当にかぶり慣れているわけではありません。

大好きな父親が帽子を被るときの仕草を真似ているだけです。

そうすることで少しでも大好きな父親に近づけるような気がするからです。


少年は父親を探そうと顔をあげました。

すると目の前には四季の塔の扉があり、その前には長い銀色の髪を持つ少女が扉をノックしているところでした。

少年は光を浴びてキラキラと光る髪があまりに綺麗でうっとりとしてしまいましたが、少女がふいに少年のいる方に首を回したので慌てて素知らぬふりをしようとしました。

ですがそれはうまくいかず、それどころか振り向いた少女があまりにも綺麗で目を離すことが出来なくなりました。


「きれい……」


顔を真っ赤にしながら呟いた言葉はもちろん少女の耳に届きます。

今度は少女が真っ赤になりましたが、丁度その時扉が開いて誰かが出てきたため、そちらに向いてしまいました。


「久しぶりね」

「お久しぶりです」


知り合いの様な二人はそこで立ち話を少しだけすると、中に入ってしまいました。

扉が閉まる直前に銀色の髪の少女が少年をちらっと見て微笑んでくれたことは、少年の心をしばらくどぎまぎとさせていました。


「おいおい。帽子を拾うのにどれだけかかるんだ。さっさと荷台に乗りな。今日中に帰れなくなるぞ」


なかなか荷馬車に戻ってこない少年を心配して父親は後を追ってきてくれたようでした。

少年は素直にごめんなさいと謝ると、荷台の後ろに腰をかけました。

それから薪を問屋に運ぶと、代金を貰って町のあちこちを周り、冬に備えて荷台いっぱい物を買い込みました。

父親は少年に何がどこに売っているか覚えるんだぞと言いながら買いまわりました。

何もかも初めてのことで、覚えることもたくさんで、少年はいつしか塔の下で見た少女のことを忘れてしまいました。



それから何度か父親に連れられて町におり、薪を売って買出しをしましたが、少年は一度も少女と会うことはありませんでした。

町から引き上げるとき、いつだってとても残念な気持ちになりましたが、大きな町だとはいえ人の出はいりが激しい町ではないのでいつかは会えるだろうと考えていました。




ある日のこと。

少年と父親が山の木を切りに行ったときのことです。

木を切ることはとても大変なことです。

その日も父親が斧で切っている間、少年は父親から言われた場所で座ってみているだけでした。

カーン、カーンと木を切る音が山に響きます。

少年はこの音がとても好きでした。

大好きな父親が父親の何倍もある大きな木を切り倒す音だからです。

バキ、バキ、バキ

木が自身の重みに負けて倒れる音がし始めました。


「危ないっ!」


父親が命よりも大切だと言っていた斧を放り出して叫びました。

木が少年に向かって倒れてきたのです。

少年は木が倒れてくることはわかってもなぜか動くことができません。

そうこうしていると、どんっと体を衝かれて押し出されました。

驚いて倒れた体を起こすと、そこにはほっとした父親の顔が見えました。

それも一瞬、父親は倒れてきた木に押しつぶされ、少年の目の前からいなくなりました。


「……と、とう、さん……?」


何が起こったのかわかりませんでした。

いえ、本当はわかっていました。

木の下敷きになりかけた少年を父親が助けた、そのために父親が犠牲になって木の下敷きになってしまったのです。

倒れてきた木はとても大きく、大人でもふたかかえあるほどです。

その木の下敷きになった父親は、赤い血を流しながらピクリとも動きません。

少年は震える足に叱咤して父親の元に行きました。

何度叫んでも父親は何も返してくれません。

騒ぎを聞きつけた近くにいた村人たちは慌てて木をどけようとしましたが、なかなか木を退かすことができません。

いつの間にか母親が呼ばれ、帽子を胸に当てた人たちと黒い人たちが家を出はいりし、父親は冷たい土の下で眠ることになりました。

少年は涙を流すことができません。

それどころか父親が目の前で死んでから、話すことができなくなったのです。


少年は父親を亡くし、言葉を無くしました。


そして誰にも会わなくなり、家からでようとしなくなりました。

周りの大人たちはそんな少年を可哀想に思って少年のしたいようにさせました。

それは夫を亡くした母親もそうでした。

一日、三日、一週間。

季節が変わっても年が変わっても、少年は家から出ようとしませんでした。

もちろんしゃべることもありません。

ひがな一日、部屋に籠ってでてくることもありません。

母親は働きに行く前に少年が籠る部屋に向かって声を掛けますが、言葉が返ってくることはありません。

御飯を扉の前に置いて仕事に出かける毎日でした。


あれほど少年を不憫に思っていた大人たちですが、そんな有様をみてだんだんと呆れていくようになり、馬鹿にするようになりました。

いくら父親が目の前で死んだからといっても年老いた母親ばかり働かして自分といえば何もせず家に引きこもっているのですから、馬鹿にしたくもなるというものです。

少年の家を通り過ぎるときにはわざと声を荒げて少年を馬鹿にします。

「でくのぼう」「ただめしぐらい」「くず」「いくじなし」

掛けられる言葉の棘は少年に届かず、部屋の中でひとりじっとすごしておりました。



そうしていつの間にか三年の歳月が流れました。


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