プロローグ
プロローグ
どこかで、知らない誰かと芦野悟は話していた。
「もう一度聞きたいんだが」
「もう一度? 何を?」
「時間の話。まだ、何かひっかかるんだが」
「納得できないかね」
「もやもやしているんだよ」
「ならば、こう考えてみたらどうかな。君の目の前にルーレットがあるとする」
「ルーレット?」
「そう。カジノでよくある、あのルーレットだ。このルーレットの目は一から三十六まで順番に並んでいる。この目が事象だと考える。例えば、君の目の前を数字が通過した時にその事象が起こるとしよう。通常、一から順番に目の前を通過するから、その順序で事象は起こる。しかし、君が目を閉じて開けた瞬間、一から五に数字がとんでいたとする」
「そんな馬鹿な」
「しかしそれは起こりうるのだ。それが本来の時間の姿だ。さらに例えば、次にまばたきして目を開けると、今度はルーレットが停止している」
「わけがわからないんだけど」
「ここで強調したいのは、ルーレットは停止しているかもしれないが、動いているかもしれない、という点だ。そしてルーレットの回転を時間経過だと考えてみるといい。ルーレットの動きは、一見でたらめに見えるかもしれない。だからこう言い換えることができる。時間は流れてもいないが、停止してもいない、と。さらにいえば、回転速度も変化している可能性もある。それはルールに従って定まる」
「それじゃ秩序というものがなくなってしまう」
「そんなことはない。そのために私がいるのだから」
「うまく調整してくれる、というわけか?」
「そうだ。今までそうしてきたのだから」
「でもどうやって……」
「例えば君のラジオだ。あれの周波数を使って混乱を整理する。それで君たちにも理解しやすいよう因果関係を設定する」
「因果関係が設定できるとは思わなかったよ」
「できる。あれは単なる設定であって、何というか、表現形式の一つにすぎない」
「データを記録してるだけじゃないのか?」
「より正確には、不確定性原理によって常にゆらぎが存在している。ルーレットには安定した状態は存在しない。常に変化しているのだ」
「この世界には確かなものなど、何もない」
「そうはいっていない。ただ時間は因果関係を通して論理構造と密接に関係しているのだ」
「無常観は日本人にぴったりだな」
「そう言ってしまいたい気持ちは理解できる」
「やっぱりわからないな」
「いずれわかる。それまで待つことだ」
「だけど、オペレーターが現れる前はどうだったんだ? 関係あるのか?」
「つまり」
と声は続ける。
「スケーラビリティの問題だ。システムの拡張に伴ってわれわれはプロトコルとトポロジーを変更した。そうせざるを得なかったのだ」
「だから、それはオペレーターと関係あるのか?」
「システムの拡張は現在も続いている。現在のシステムが将来も維持されるかは予測できない」
「じゃあ、こう質問してみよう。俺たちはシステムに含まれるのか」
「もちろんだ」
「……そうか。それがわかればいい」
そこで、目が覚めた。