次撃の二合目 3
三か月ぶりの更新です。読者とは一体……
第一Q終了のホイッスルが鳴り、第二中のメンバーが自陣コートへと戻ってくる。
その顔に昨日までの試合までの、爽快な表情は無い。
「……」
「八点差か……」
14―6
スコアボードに書かれた6は、勿論第二中の得点だ。
「まあ、完全に向こうの術中に嵌ったな」
「ディレイドオフェンス……。知識だけでは知っていましたが、まさかここまで精神的にくる攻撃だったとは……」
智代が大きく深呼吸して言う。悔しさと怒りでスパークしそうな頭を必死に切り替えようとしているのだろう。
だが、智代とは対照的に、未だに気持ちの切り替えができない奴もいる。
「くっそぉおおお!! なんだよあれぇ!」
来夏が、怒りに任せて地団駄を踏む。来夏は富二中でも一二を誇る闘争心を誇る少女だ。今までの試合では、それが、彼女のパフォーマンス向上のトリガーとなってきたが、こういうストレスフルな試合では、彼女の特性はむしろ裏目に出たようだ。
「ら、来夏ちゃん、落ち着いて……」
「そうよ来夏。抑えなさい。そんなんじゃ、肩に力が入り過ぎて、入るシュートも入らないわよ」
もえと灯も必死に宥めるが、効果は薄いようだ。
来夏はうちのチームの生命線だ。正直、灯や智代みたいに他にポジションに入れる選手もいないため、実質、今挙げた二人よりもコート上での存在は大きい。そんな来夏がこのままでは、この試合は確実に落とすだろう。
どうしたもんかなぁ、と考えていると、それまで黙っていた奈央が口を開いた。
「……来夏。落ち着いて」
「ああもうみんなうるせぇなぁ! 落ち着いて落ち着いてって言われる方が落ち着かねぇよ!」
「……しょうがない。これは使いたくなかったけど、最終手段」
「あん? なんの話だよ?」
「この試合勝ったら、来夏、一日だけ、野田さんを好きにしていいよ」
『え?』
来夏と俺の声がはもった。
「え、マジかよ?」
「うん、俺も訊きたいよ。なんで俺?」
「私も、苦しい。けど、試合に勝つためなら、仕方ない。だよね、灯?」
「……不本意だけど、しょうがないわね。来夏。今の話、妹であり、兄さんの主人である私からも許可してあげるわ。一日だけなら、兄さんの所有権を譲渡してあげる」
俺はいつから妹に所有権を握られていたのだろうか。
「……もえも、それで大丈夫?」
「うん……、苦しいけど、私、やっぱり試合に勝ちたいもん! 来夏が、それでいつも通りに戻ってくれるなら、私もそれでいいよ!」
「いや、あの……、当人の意見は全く無視なのでしょうか……?」
「――おっしゃああああああ!! その賭け乗ったぜえええええええええ!!」
「既に冷静じゃねぇ!」
そして賭けって言うけど、俺以外誰もデメリットないよな!?
心の中でそう突っ込むが、正直、来夏がいつも通りに戻ってくれる方法が、他に浮かばないため、安易に断れない。試合に勝つ方法としては、本当に残念ながら、これは有効なのだ。
そして、無慈悲にも、そのタイミングでインターバル終了のブザーが鳴る。
「――皆さん、意見は固まりましたね。それでは、意外に向こうに乗せられやすいと分かった真冬は一旦アウト、奈央がインして、両サイドにシューター二枚を置きましょう。向こうはマンツーマンですから、スクリーンなども忘れないで」
『応ッ!』
「あ、あの、俺の指示は……」
俺の話を聞く素振りすらなく、少女たちはコートへと旅立っていく。
妙な寂しさを感じる俺に、ポンと、真冬が肩に手を置いた。
「放置プレー乙」
「しかも、普通にみんな動きが良くなってるし……」
「お兄たま立つ瀬ないですなぁ」
「おっしゃああ!」
コート上でシュートを決めた来夏が吠える。しかし、第一Qまでの怒りに任せたプレイはそこにはない。
返しの神楽坂のオフェンスは、相変わらずの遅攻だが、全員が息をひそめて、じっとその時間を耐える。
「ッ!」
「ナイス!」
奈央が、ポジションを上手く誘導し、沙織からのパスをカットした。瞬間、弾かれたように走り出す第二中のメンバー。この速攻の怖さを知っている神楽坂も、必死で自陣コートへ戻る。
「灯!」
「待ってたわ……!」
「行かせない!」
速攻を阻もうと、遥香が灯の前に立ちはだかる。
「――無駄よ」
――そして、また、灯の輪郭がぼんやりとゆらめく。
「ッ!?」
右ドライブで抜きにかかった灯を、遥香は体で止めながら、必死に食らいつく。
「足元がお留守よ」
「なっ!?」
だが、走る遥香が次の一歩を踏み出した瞬間、灯は一気に、本当に一瞬で急ストップ。その予期せぬ動きに、遥香は全くついて行けず、バランスを崩して尻餅を突いた。
――アンクルブレイクだ。
3Pライン一歩手前で立ち止まった灯は、そのままシュートモーションに入る。まさか、そこから打つのか?
誰もがそう思ったとき、俺は、ゴール下へ走る来夏の姿を見て、もしや、と思った。
「来夏!」
「任せろぉ!」
灯の放ったシュートは、ゴールに僅かに届かない軌道をとる。しかし、そこに走り込んだ来夏が、勢いよくジャンプし、ゴールに軌道を逸れていたボールを、しっかりとつかんだ。
「いけぇ!」
そして、空中でそのままシュートを放ち、ゴールに何度もぶつかりながらだが、シュートを決める。アリ・ウープ。ここにきて、とんでもないプレイが炸裂した。
第二Q
4:47
神楽坂 16―14 富川第二
読んでいただきありがとうございます。御意見御感想等いただければ、更新早まります笑




