次撃の二合目 2
杉崎の来夏対策はすぐに分かった。
「ッ!」
「くそっ、しつけえ……!」
ポストアップしてボールをもらおうとする来夏だったが、祈が上手く身体を前に入れてそれを許さない。一対一で敵わないならそもそも勝負をさせない、か。だがそれはディフェンス側はオフェンス側より何倍以上も体力を消費するうえに、常に神経を尖らせていないといけない。果たしてこれは最後まで保つのだろうか。
一方で、今この瞬間に来夏という強力な攻撃手段を使えないというのも事実。
こういう時どうするか。灯のポイントガードとしての采配が試されるところだ。
「フフフ、そうくるのね。それなら――」
果たして灯が選択したのは、我がチームのエース、智代だった。
博打、というか意外性を好む灯にしては珍しく真っ当な、手堅い戦略――。
「すぅう……ふっ!」
「うっ!?」
呼気と共に放たれた鋭いドライブは、智代のマッチアップだった沙織をちぎり、瞬く間にゴール前へと肉薄する。先ほどの試合で何か得られる物があったのか、そのドリブルは今まで見てきた彼女のドライブのどれよりも低く、鋭い。
神楽坂の他選手がヘルプに行く暇もなく、智代は颯爽とレイアップを決める。
これには普段は何かと厳しい灯や真冬も目を丸くした。
「あら、凄いじゃない智代。今のは褒めてあげるわ」
「智代のくせに目立つとか何様だし!」
「お前達は素直に人を褒めるということを知らないのですか……」
辟易しながらも、どこか嬉しそうに智代が言う。ちらりとこちらを見たので、俺も親指を上げておいた。
智代がムードを作ったのか、次の神楽坂の攻撃は失敗に終わり、富二中は連続得点のチャンスになる。ここは確実に得点し、主導権を握りたいところだ。
俺たちの速攻は脅威だと認識されているらしく、神楽坂の戻りは早く、速攻は出せない……が、アーリーオフェンスに持ち込むことは可能だ。
「智代!」
「真冬!」
「もえ!」
「ッ……早い!」
陣形が整いきる前にボールが次々とコート上を行き来し、マンツーディフェンスを掻きまわす。
最後に遅れて入ってきたもえがミドルシュートを放ち、十秒とかからず得点する。走りっこなら負けないってな。リバウンドはこっちに利があるんだ。
シュートミスを恐れず攻撃の手を緩めなければ自ずとこっちに形勢が傾くはずだ。
返しの神楽坂のオフェンスは、こずえの3Pが決まるが、第二中の切り替えの早いオフェンスに対応できず、シュートを決められる。その後、来夏のディフェンスが惜しくもファールを取られてしまうが、以前流れはこちらに出来つつある。
そのタイミングでオフィシャルからブザー。杉崎がタイムアウトを取ったようだ。予想はしていたが、思っていたよりタイミングが早い。杉崎の本職がPGというのもあり、試合の流れを嗅ぎ分ける嗅覚は鋭敏ってことか。
「よしよし、みんないい調子だぞ。シュートも当たってるし。来夏も、最後のは惜しかったぞ。ナイスディフェンスだ」
「くそぉー! ぎりぎりセーフだと思ったんだけどなぁ」
「祈は線も細いから来夏と比べるとどうしてもファールが厳しくなるのよ。あの娘も、それを計算しえさっきはあえてよろけたフリをしたんでしょうね」
ふうむ。祈ちゃんはそこまで考えていたのか。コーチの影響だろうか、神楽坂の選手は本当に良く考えながらプレイする。
「おい灯! それじゃあ私が線が太いみたいじゃねえか!」
「あら、事実じゃない? ほら、あなたの特技であるじゃない、五十連釘パ〇チ」
「既に初期のト〇コより強ぇじゃねえか私!? てか使えねえし! 勝手に変なキャラ付けすんじゃねえよ!」
「お前らタイムアウトの時くらい休めよ……」
嘆息したところでタイムアウトが終わる。まだこいつらの元気は有り余ってるようだ。沢山走れよ、と俺は言い、皆を送りだした。
タイムアウト後、予想通り杉崎は俺たちのトランディションゲーム(攻守の入れ替わりが激しく運動量の多くなる試合)に持ち込む作戦に対策を打ってきた。
オフェンスはゆっくりと二十四秒をフルで使い、ディフェンスは戻りが早く、外からのシュートよりは中のシュートを警戒して、全員でリバウンドも取りに行き、こちらの攻撃の芽をつぶしに来る。
ディフェンスはともかく、神楽坂のオフェンスはかなり有効だったようだ。
そもそもとしてだ。富川第二中の連中は基本気が短い。普段物静かな奈央だってそうだし、例外などもえくらいのものだ。そんな皆が数少ないストレス発散の場である試合で、まさかのお預けを喰らうのだ。誰だって多少なりとも焦れてしまうし、メンタルがまだ弱い中学生なら尚更だ。むしろ、神楽坂がよくここまで精度の高いディレイオフェンスを出来ていると思う。ゆっくり攻めるのだって大変なのだ。
「ッッッ~~~~!(イライライライラ)」
「なんだよぉ、びびってんのかぁ!?」
うわぁ、我がチームながら、完全に相手の術中に嵌ってるなぁ。
神経をすり減らし、高い集中力を発揮しなければ良いディフェンスというのは生まれない。そういう意味で、集中力を散漫されているうちのディフェンスは、試合開始当初のような堅牢さはない。
このディフェンスも、残り三秒で遥香の打ったシュートが外れるが、ポジション取りに敗れた来夏がリバウンドを取られ、またボールが沙織の元に戻る。
これから二十秒、またディレイオフェンスに付き合わされるわけだ。
「ぐぁあああああああ! うぜぇえええええええ!!」
「来夏、落ち着きなさい! それでは向こうの思う壺ですよ!」
「――なら、その思惑を外してあげるわ」
「――なっ!?」
遂に痺れを切らしたか、智代の制止を無視して、灯がボールマンである沙織に猛烈なプレスをかけ始めた。沙織も必死に逃げ回るが、やがてサイドまで追い詰められる。あと一歩左側に足を出せばラインをはみ出るし、シュートクロックも十秒を切った。
「ここで仕留める……!」
「……ッ」
遂に沙織を追い詰めた灯だったが、直後に目を見開いた。
沙織が、『左に』ロールターンを入れて、灯を颯爽と抜き去ったからだ。
「審判!?」
「……」
灯が線を出たのではと審判に問いかけるが、審判は黙って首を振る。ラインぎりぎりを沙織は踏破したらしい。右側ばかりを警戒していた灯は、それに対応できなかった。
「沙織ッ!」
「ちぃ!」
フリーで3Pラインを割った沙織に、智代がヘルプで入るが、直後にノーマークになった遥香にボールが回り、ゴール下にドライブを許す。
だが、そこには山の如くそびえる来夏――。
「やらせるかよ――ッ!」
来夏はフリーになる祈も懸念して、パスコースも遮っていた。完璧なディフェンスだ。ただ考慮してなかったのは、向こうが十センチも身長差がある自分のブロックを越えてくるということ。
「はっ……!」
遥香が放ったのはスクープシュートだった。ボールは手を伸ばした来夏を易々と飛び越え、ネットに吸い込まれるように落ちていく。
この試合一番の感性が、体育館に鳴り響いた。
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