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打倒ロウきゅーぶを目指してみる  作者: 無道
躍動のサマーカップ
33/36

清算すべき過去 4

「つえい!」

「くッ――!?」


 ファールもかくや、という来夏の体当たりに相手センターはバランスを崩す。

 がら空きになったゴールに来夏がシュートを打とうとするが、直前で手からボールが消える。


「なっ」

「やらせませんわよ!」


 カットしたのは背後にいた有栖川だった。転がったボールは第一中の選手の元へ。そしてすぐさまボールは前線の東条へと渡る。セーフティに入っていた灯と一対一になる。


「!」

「……ッ」


 東条はフロントチェンジからのフェイクで灯を抜こうとする。相変わらず中学生離れしたドリブルのキレだが、灯も持ち前の瞬発力でなんとか食らいつく。

 だが抜けないと素早く判断した東条はパスを選択。逆サイドに走り込んできた仲間にパスを出すと、たちまち得点を決めてしまった。


「くっ……また三点差!」

「さあ残り一分、守り切るよ!」


 なかなか縮まらない点差に灯の顔にも焦燥が浮かぶ。周りのチームメイトも同様だ。


「灯、お前が焦ったら終わりだぞ! 余裕がないのは向こうも同じだ! タイムアウトは取らない! お前が考えろ!」


 ここまで来たら作戦もいらない。指示をしてプレーが型にはまるより、灯のゲームメイクセンスに俺は賭けることにした。何もこれは公式大会ではないのだ。試合中に負けた時のことを考えるのはナンセンスだが、それが結果的にあいつらを成長させることに繋がるのは事実だろう。

 残り時間五十八秒。逆転するにはうちは最低でも二回の攻撃が必要になる。だが、まだ急いで得点を取らなければならない時間帯でもない。二十四秒フルに使っても三十秒以上余るのだ。むしろここで得点を取れないと苦しくなるのは確かだった。


「ディフェンス!」


『はいっ!』


 第一中のゾーンは衰えるどころか、ここにきてより厳しさを増している。この連戦でここまでパフォーマンスが落ちないのはまさに日々の練習の賜物だろう。ディフェンスだけで言えば向こうが県大会レベルであることは間違いなかった。

 トップで対峙する東条と灯。両者は互いを牽制しながら間合いコントロールという水面下での戦いを繰り広げている。


 ――ふと、灯の輪郭が陽炎のように揺らいだ気がした。


 灯の顔が僅かに右に動く。

 次の瞬間、左にドライブした灯は一瞬で東条を置き去りにした。

 ここにきて今日一番のキレのあるドライブ――


「ッ――!?」

「ヘルプ!」


 動揺に目を見開く東条と、有栖川の号令が交錯する。

 虫籠のように他の四人が灯を囲もうとした時、灯の手にボールは無かった。

 ふわりと上げられた橙色の球は、有栖川の上を通り抜け、ゴール下で待ち構えていた少女の手に渡る。


「――」


 ボールがネットを揺らす音がやけにはっきり聞こえた。終盤の接戦とは思えないほど静かなシュートだった。ゴールをくぐったボールが床にワンバウンドしたところで割れんばかりの大歓声が起こった。


「……すごい」


 奈央がポツリと、しかし確かな畏敬をもって、呟いた。


「――すごくなんかねえよ。ありゃ、今までの練習なんてこれっぽっちも活かしてなんかいないプレーさ」

「え?」


 奈央の視線を頬に感じながら、俺はコートに視線を置いたまま言った。


「あれは只の才能さ」






「スコアにより富川第二(くろ)の勝ち、礼!」


『ありがとうございました!』


 審判に従い、お互いのチームが礼をする。

 それに合わせて富川第一中の選手が俺に向かって走ってくる。試合後に相手チームの監督に挨拶に行くのは男子も女子も一緒だ。


「お願いします!」


『お願いします!』


 先頭の有栖川に合わせて他選手も礼をする。

 このように畏まって教えを求められるというのはやはり慣れない。第二中の面々はなんだかんだで失礼だし、灯なんて「なんで人類ごときを敬わなければいけないの?」とか言う始末だ。お前はどんな上位存在だよ。


「えーと、とりあえずみんなお疲れ様。昨日今日の連戦で疲れが溜まってきてると思うから、試合に出ている人はストレッチをちゃんとしておくように。あ、出てない人もこの暑さだ。水分補給だけは忘れないように」


『はいっ!』


 俺の小学生でも分かるようなアドバイスにも、第一中の選手は真剣な表情で頷く。

 ……やりづらいなぁ。


「……えっと、今日のうちとの試合についてなんだけど……」


『(ピクッ)』


 明らかに第一中の顔つきが変わる。心なしか全体も一歩も近づいてきたような気がした。


「……うん、正直に言うと、地力の差では圧倒的にこっちの方が下だった。……あいつらには内緒にしてくれよ? だけど、二Qだけとはいえ、結果的にはうちが一点差で辛くも勝利するという結果になった。残り一分を切るまでずっと君たちがリードしてたのに。それは何故だと思う。それはね……運さ」

 そこで第一中の面々は目を丸くした。代表するように有栖川が確かめるように問う。

「運……ですか?」

「そう、運さ。考えてみろ、バスケットなんて運勝負の連続だと思わないかい? 君たちもラスト、うちの智代のミドルシュートがたまたま入ったから逆転負けしたわけだろ?」

「し、しかしそう考えると、私たちが毎日厳しい練習をしても、最後は運次第ってことになりませんこと!?」

「そうさ。けどな、最後は運勝負でも、その勝率を一パーセントから九十九・九パーセントまで上げる方法がある。それがみんなの毎日やってる練習さ。今日の試合、うちの勝率は三十パーセントくらいしかなかったと思う。特に君たちの3―2ゾーンは素晴らしかった。もし、練習試合の出来る機会があったら、是非とも胸を貸してほしい。――今日はありがとう」

「…………」

「……おい、玲花」

「はっ! れ、礼!」


『ありがとうございました!』


 どこか熱に浮かされたような面持ちで、第一中の選手たちは自分のベンチへと帰っていく。会場の熱気にでも当てられたのだろうか。彼女たちとすれ違うように我らがお姫様たちが帰ってくる。

 めいめい表情は様々だが、共通しているのは全員笑顔ということだ。

 接戦を制したというのもあるだろう。しかし、それと同時に、次の相手が再戦を焦がれた相手だからだろう。


「みんな、まだお疲れ様とは言わないぜ。次で最後、いよいよ待ち焦がれた相手との対戦だ。最後は思い切り楽しんで来いよ」


『応ッ!』


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