清算すべき過去 2
再び神楽坂の攻撃。ボールを運ぶ灯は、意外にも個人的な勝負に執着せず、サイドにいた真冬にパスを出した。
(てっきり今のプレイのお返しとばかりに攻めると思ったが……。闘志を漲らせたままに良い判断だ)
PGは己の感情とは切り離して、常にコート上で冷静な判断を求められる司令塔だ。肉体面はともかく、精神面でまだ未熟さが否めない中学生にとって、これは中々容易なことではない。だが、それも灯には杞憂だったようだ。本当に、あいつはバスケの神様にとことん好かれている。
「来夏!」
「奈央!」
「ッ――遠坂先輩!」
第二中は中、外、中と、ボールを一ヶ所に留めることなく回す。その間にゾーンディフェンスが少しでも崩れればそこを突く算段だったが、第一中の流れるような連携は澄んだ水のように濁りがない。
やがてシュートクロックの24秒も迫り、ボールをもらった智代が遂に仕掛ける。
「はぁっ!」
「ッ!」
ドライブフェイクからのジャンプシュートは、リングにぶつかり外れる。来夏がリバウンドに入るが、数の利でボールは第一中へ。
「ディフェンスバック! 速攻来るぞ!」
『応ッ!』
「……あら」
檄を飛ばすと響くような返事と共に灯達は素早くマンツーマンディフェンスに入る。あれだけ練習したのだ。流石に第一中も速攻は仕掛けられない。
厳しい灯のチェックが付く中で、東条が油断なくドリブルを突く。
「前とは見違えるようなディフェンスを皆してるね。それだけ特訓したってことかな?」
「フフフ、最近替わったコーチが優秀なのよ」
「へぇ」
何か軽口を叩きあった二人は、次の瞬間、東条の急なドライブから一対一に入る。緩急を上手くつけた東条のドリブルに、灯は異常な反射速度で食らいつく。
結局東条はパスを選択。来夏がディフェンスしていた6番にボールが回る。
「――ッ」
「どしたどしたぁっ!」
6番は来夏を背中越しにパワードリブルを開始するが、来夏は山のようにビクともしない。諦めてパスコースを探し、そのタイミングで上手いことインサイドに走り込んできた有栖川にバウンドパスを送る。
有栖川のマッチアップである智代はスクリーンによって剝がされている。フリーでボールをもらった有栖川は、そのまま悠々とレイアップを放つ。
「これで逆て――」
「やらせるかよっ!」
「――なっ!」
だが、有栖川の手から離れたボールは、直後に来夏に叩き落とされる。
さっきまでハイポストにいた来夏が一瞬で自分に追いついた事実に有栖川の動きが止まる。転がったボールは真冬、灯を経由して智代に渡る。自陣から敵陣に移動しここまで、およそ5秒。電光石火のような速さだ。
「真冬っ!」
「あいよ」
智代にディフェンスが引きつけられたところで、逆サイドにいた真冬にパス。放たれた3Pは得点になり、真冬が奇声を上げる。
「ウィイイイイイイ! 智代0得点に対して僕3得点! やはり僕は智代より有能だった」
「ちょ、真冬! お前という人は……。もうお前にはパスを出しません!」
「嫌がらせが小学生と同等とかwww あと、そんなことすれば洋司お兄たまが黙ってませんが」
「ッ……真冬ぅ……」
眼光だけで人を殺せそうな剣呑な目線を真冬に向け、智代はディフェンスに戻る。だが、その体からは、試合開始直後までの気負いが幾分か和らいでいるのを俺は見逃さなかった。
「フッ……、素直じゃない奴め……」
おそらく、それを意図してやったのだろう本人の真冬は、相変わらずぬぼーっとした覇気のない表情でディフェンスする。ただ、目線だけはボールマンとマークマンを忙しなく行き来し、忙しなく動く。
東条のパスがV字カットでマークを振り切った有栖川に渡る。彼女はしかしゴールに目を向けることすらせず、そのまま外にいた7番にボールを回す。彼女らしくないプレイだが、どうやら先ほどの来夏にブロックされた印象が抜け切れていないらしい。好機だ。
そのチャンスを肌で感じ取ったのか、7番へのプレッシャーを奈央が強める。やがて7番の撃ったシュートはゴールの手前で弾かれ、智代の手に渡った。
スイッチが入ったかのように走り出す第二中。そのオフェンスも決まり、得点が6点差になったところで
向こうがタイムアウトをかけ、一旦ゲームが切れた。
特に作戦変更などの指示はなく、思い切りやってこいとみんなを押し出した俺だったが、向こうはこのタイムアウトを有意義に使ったらしい。こちらの速攻は決まり辛くなり、有栖川のオフェンスも本来の積極性が戻った。タイムアウトの50秒という短い時間の中で相手チームへの対策と選手のメンタルケアを行うなんて大したもんだ。
結局、そこからは第一中が立て直す形でロースコアのゲームが続き、第1Qが終了した。こちらもリードしているが差などあってないようなもの。勝負は第2Qへと持ち越されることになった。
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富川第一 10―11 富川第二
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