清算すべき過去 1
「お疲れ様みんな! 県大会ベスト8だった第一と引き分けるなんてすごいよ!」
「フフフ、まあ、なかなか良かったわよ?」
「あはは、ありがとう」
試合が終わり、荷物置き場まで戻ってきた神楽坂御一行に、もえや灯がねぎらいの言葉を掛ける。
灯は困ったように笑うが、すぐに表情は一変、悔しさを滲みださせる。
「向こうの4番(有栖川)と5番(東条)、凄い気迫だった……。負けたつもりはないけど、多分、4Q制だったら、こっちのほうが体力的にきつかったと思う。強かったよ、本当に」
「……フフ、でも次の試合に勝つのは私たちだわ」
灯が不敵に笑う。そう、次の俺たち富川第二の相手は、富川第一だ。そしてその次の最後が、目の前の神楽坂だ。
富川第一は灯たちにとっては宿敵の相手。智代や来夏も、その体に闘気をみなぎらせる。
「……見ていなさい。仇は必ず取ります。あなたたちとは最後の試合で会いましょう」
「おうさ。まずはその前に、以前の借りを返しておかないとな」
「……はい! 楽しみにしています」
「お前らも頑張れよー!」
遥香が破顔し、雛恵が元気な応援で俺たちを送り出す。
杉崎と俺は互いに目を合わせ、頷いた。
「それじゃ、とりあえずサクッと倒してくるわ」
「向こうは強いぞ。第一と同じかそれ以上に、な」
「ばかやろ、そこは嘘でもお前らの方が強いって言うもんだろ」
俺と杉崎は笑って拳をぶつける。
さあ、まずは一つ目の山場だ。
「まずは逃げなかった事を褒めてあげましょう」
試合開始直前、有栖川は先ほどの試合の疲労を見せない涼しい顔で、挑発的に笑った。
「……」
「な、なんですの。何か言ったらどうですか」
「いえ、典型的なやられ役の台詞が似合いすぎてびっくりしただけよ」
「ッ……言ってくれますわね! いいでしょう、その生意気な態度、試合でへし折って差し上げますわ! 審判の皆さん! 試合開始の合図を!」
「いや、仕切るのは私たちだからね?」
有栖川の海○社長みたいな態度に審判は面食らったようにツッコむ。そりゃそうだ。
短いホイッスルと共にジャンプボール。これは流石に来夏が余裕で勝つ。
まずは第二中ボールから試合は始まる。
「ディフェンス!」
第一中のディフェンスは鉄壁の3―2ゾーン。隙の無いディフェンスは、自分たちのディフェンスへの圧倒的自信が感じられる。
――だが、そういうのを圧し折るのが得意なのが、ウチにはいる。
俺の視線は、現在ボールを持つ自分の妹へ注がれる。
灯は強気なディフェンスをする第一中を見て、舌なめずりする。
「フフフ、さっきあれだけの試合を見せられたんだもの。最初から全稼働で行くわよ!」
「ッいきなり――!?」
開幕早々、灯が選択したのは、持ち前のクイックリリースによる3P。
これには虚を突かれた相手DF、シュートチェックに入れない。
シュートはネットを揺らし、床にバウンドする。以前神楽坂とやったときと同じパターンで先制する。
「灯ナイッシュー!」
「フフフ、当然よ」
ベンチで声援を送るもえに、自陣戻り際、灯が親指を上げる。
「……にしても、我が妹ながらよくもまあオープニングシュートであれだけ入るわ。アイツの心臓は鉄でも入ってるんじゃないか?」
「あはは……あながちあり得そうで怖いです」
もえが苦笑する間に、攻守は交代。先の試合で大活躍を見せた東条がボールを運ぶ。
マッチアップの相手は灯。灯は獲物を狙う猛禽類のように、踵を浮かせ、いつでも襲い掛かれるような体勢を取る。
「いつでもどうぞ?」
「はっ、それじゃ遠慮なくッ――!」
「ッ!?」
挑発に乗った東条は、右に小さなフェイクを入れると、そのままドライブ。なんとあの灯を一瞬置き去りにする。
「このっ――」
だが灯の持ち味は、その超人的な瞬発力。
一歩目で出遅れるが、二歩目でその差を縮め、三歩目でほぼ東条に並ぶ。
これには驚いたように東条も目を丸くする。
「隙ありでござる」
「ッ……!」
東条の動揺を見計らったかのように、そのタイミングで真冬がヘルプに。突如東条を灯と真冬のダブルチームが襲う。それでも東条は、ディフェンスの僅かな隙間を縫うようにして、フリーになった選手にパスを出す。
ボールをもらった選手はすぐにシュートするが、長い。シュートは外れ、やや右側にボールは落ちる。
「リバンッ!」
「おらぁああああ!」
リバウンドにめざとく反応したのは来夏。勇ましい気合いと共に、同じくリバウンドに跳んだ相手選手を吹き飛ばし、ボールを奪う。その瞬間、俺は鋭く声を上げた。
「速攻っ!」
『ッ!』
弾かれたように灯、智代が先行して前へ、その後ろを奈央と真冬が走り出す。
第二中の選手も慌てて自陣に戻るが、東条と7番の選手しか戻れない。
「灯ぃ!」
来夏が放ったロングパスが、前線の灯へと繋がる。勢いを殺さずドリブルで突っ込む灯を、向こうの7番が行く手を阻む。
灯は7番の前でフロントチェンジ――ドリブルを左に切り替えて、7番を抜きに掛かる。だが、相手はディフェンスで名を轟かせる富川第一のスタメン。そう簡単には抜かせない。
「フフフ、なら、これはどうかしら?」
「ッ……!?」
だが、無論灯はその程度では終わらない。左ドライブ中にロールターン。ディフェンスの逆を突き、今度こそ7番を置き去りにする。
残るは智代と灯の中間距離で守っていた東条。灯は一瞬の思考の後、自らのジャンプシュートを選択する。
東条は深めに守っていたためブロックには入れない。自分を阻む者がいないのを確信し、灯はシュートを打った。
だが、外から見ていた俺には、灯の後ろから物凄い速さで駆けてきた少女を捉えていた。
「甘い、ですわ!」
「――なっ!?」
だが、ボールが手から離れた直後、灯のシュートは後ろから伸びた手にブロックされる。
灯が驚き振り返ると、ゴール下にいたはずの有栖川の姿。灯が7番を抜いた時の数秒で、追いついたと言うのか。
弾かれたボールは東条が拾い、今度は逆に第一のロングパスが通る。相手のセンターの6番の前には、うちのディフェンス陣は戻っていない。6番はそのまま堅実にレイアップで得点を決めた。だが、俺にはそれ以前のプレイが頭から残って離れない。
「向こうの4番、有栖川とか言ったか。相当足が速いな」
「あ、あの、有栖川さんは陸上でも凄い成績を残してて、そっち方面から熱烈な勧誘を受けているらしいです」
もえの補足を聞いて納得がいく。コート上では、灯が闘志を剥きだしにし、ディフェンスに戻る有栖川を睨んでいた。
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