神楽坂vs富川第一 3
思った以上に長引いてしまったこの対決も、この話で終了です。
「ナイシューだ沙織! このワンプレイはデカいぞ!」
ベンチで杉崎が吠える。あんなに興奮している杉崎を見るのは久しぶりだ。沙織はそれに応えるように拳を天に掲げる。
場内は完全に追い上げムードに変わっていた。残り30秒と少しで3点差。このフリースロー如何によっては2点差もあり得る。
俺は隣の真冬に問う。
「お前が沙織だったならこの状況、どうプレイする?」
「ここで私ですか……。ん~、とりあえずフリースローは決めたいとこですな。それからは38秒あるしオールで当たったりしないで手堅く一本守って、速攻を狙うかな。最悪同点まで持っていきたいけど、神楽坂は控えがいないから仮に延長戦がある試合だったら負け確ですな」
「真冬先輩が普通に喋ってる……」
驚く奈央をよそに、真冬の意見に頷く。確かに、大抵のポイントガードなら今の考えがセオリーだろう。
「だが、あいつら、何かやろうとしているみたいだぞ?」
「ふぉ?」
目を向けたコートでは、沙織がフリースローを打つ所だった。シュートが放たれた瞬間、どこかで誰かが叫ぶ。
「ショートだ!」
『ッ!』
ボールはリング手前で弾かれる。それを拾ったのは、上手くポジション取りが出来ていた祈だった。
「ふっ!」
「!?」
リバウンドをもぎ取った祈は、ボールを外へと放った。そこには、沙織のスクリーンでフリーになっていた3Pシューターのこずえ――。
「入って!」
高い軌道を描いて放たれたシュートは、それが当たり前であるかのようにリングへと吸い込まれた。さっきと同じくらいの歓声が響く。
「すげえ! ホントに追いつきやがった!」
「富川第一ってあのDFが売りのチームだよね? 2Qだけで30点取られることなんて早々無かったよね?」
「このまま逆転しちまえー!!」
会場の至る所から声が聞こえる。ちなみに最後のは来夏の声だろう。皆、次の試合など忘れて、この試合に魅入っている。
「DF!」
『はいっ!!』
沙織の一喝で神楽坂のDFの腰が一段下がる。純田沙織、ここまで試合の流れを読んでいたのか?
「……この発想は無かったでござる」
「思いついたとしても、俺はやらねえよ」
俺と真冬が驚愕する中、向こうの司令塔も度肝を抜く行動を取る。
「走れっ!」
『ッ!』
「なにっ!?」
なんと富川第一の5番は、このタイミングで速攻を指示したのだ。終始保っていたリードをこの土壇場で逆転され、精神的に追い詰められているチームの状態で、だ。
「こんなピンチ、上を目指せば何度だってある! こんな修羅場を乗り越えられないで、上なんか目指せるわけがないッ! そうだろ玲花!?」
「ッ!」
「自分のミスは自分で帳消しにしろ! それがキャプテンだろ!」
「……ッ! 言ってくれますわね……ッ!」
それまでは流石に意気消沈としていた有栖川が、パンパンと手を叩き、周りに大声を張り上げる。
「行きますわよ皆さん! セットオフェンス(オフェンスコード)『ゲイル』! 突き放しますわよ!」
『はいッ!』
有栖川がセットオフェンスを声に出した瞬間、富一中の選手が一斉にゴールへ向かって走り出す。本当にアーリーオフェンス(殴り込み)を仕掛ける気か!?
相手選手一同が一斉に動き出したことで、神楽坂の選手は明らかに浮足立つ。ローポストやハイポストに行ったり来たりを繰り返す富一中の選手に、やがてフリーが出来る。
「!? 何が起こったの?」
「あれはブラッシングだな」
「ブラッシング?」
首をかしげる奈央に俺は説明する。
「スクリーナー(スクリーンを掛ける人)となる味方選手に、わざとぶつかるぎりぎりですれ違うことでマッチアップしているディフェンスを削ぎ落す技術の事だ。二人だけとかならお前らでも出来るだろうが、あれを4人一斉に掛け続けるっていうのは相当頭と身体を使うぞ。3年が抜けて新チームになったばかりだっていう時期にあれが出来るってのはなかなかすげーことだ。だが、フリーが出来てもあれじゃ中にはパス出来ないだろ――ッ!?」
言葉の途中で俺は目を見張る。
選手のほとんどが密集して大渋滞に陥っているペイントエリア付近をまるで縫うように、低く鋭いバウンドパスがフリーになった有栖川の手に正確に届く。
あまりの絶妙なパスに、シュート前にも関わらず歓声が沸く。
「ナイスパス!」
「ぐっ……ッ!」
近くにいた雛恵も奮闘するが、有栖川のシュートは決まってしまう。シュートを決めた有栖川は、パスを出した5番とハイタッチを交わす。
「あなたが味方で良かった、穂奈美」
「そういうのは勝ってから言おうよ――DF!」
『はいっ!』
ヘアバン――穂奈美と呼ばれた少女をトップに、3―2ゾーンが素早く形成される。そのディフェンスには何が何でも守りきるという執念を感じる。
「……ッ」
「まだ負けてない!」
気圧される神楽坂のメンバーに、杉崎が檄を飛ばす。
「明日はお前らがあれだけ再戦を望んでた富川第二中との試合があるんだぞ! ここで諦めるようなら彼女たちには絶対に届かない!」
「……負けたくない!」
遥香が吠える。残りの4人もそのチームメイトの心からの叫びに頷く。気持ちは同じだ、と。
「残り26秒、おそらく次がラストオフェンス……。決めて勝つわよ!」
『はいっ!』
最後のオフェンスを神楽坂は全霊を賭して戦った。それを守る富川第一。この大会始まっての大一番の勝負に、ワンプレイ毎に会場は沸いた。
それでも終わりは必ず訪れる。試合終了のブザー直前、シュートを決めた少女は天に高く拳を振り上げた。
第2Q 0:00
神楽坂33―33富川第一
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