大好きよ
暗闇の中で、少女は立つ。背広のコートを身にまとい、何かを見据えるように厳しく虚空を睨む。
やがて頭上のライトがポツポツと点灯しはじめ、やがて目の前の宿敵の姿を映し出す。
対峙するのもまた少女。少女はズボンタイプの修道服に身を包み、同じように背広の少女をまっすぐ見据えている。
飛び交う視線の火花。修道服の少女は、首に掛かる十字架に手をやると、口元に掲げ、フフ、と口の端を歪めた。
ジャキ、と手に細長い棒状の物を掲げる。修道服の少女はそのまま背広姿の少女の元へ突進を開始した。
背広姿の少女は無言で拳銃を掲げる。そして躊躇うことなく引き金を引いた――
「お前ら何やってんの……」
「野田コーチ……来てしまいましたか」
玄関の傍にいた智代は、俺を見るなりバツの悪そうな表情を浮かべた。
「てかあっつこの部屋。こんな真夏日になんでわざわざ密室のうえに遮光カーテン締めきってんの。明日サマーカップだぞ、身体に負荷掛けるタイミングおかしくね?」
「いえ、それが演出上仕方ないんだと灯が聞かなくて……」
「またアイツが原因か……」
何故ウチの妹はたまに意味不明な事を始めるのだろう。
「で、目の前でこのクソ暑い中、厚着で馬鹿やってるのは何なんだ」
「それが、真冬が『最近いくら上手くなっているとはいえ、明日のレギュラーは渡さへんで!!』と突然言い始めて、もえ達に勝負を吹っ掛けて……」
「事情は分かった。だがそれでどうしてああなる」
目の前では、未だ背広のコートを着たもえと修道服の奈央が「起源弾が効かない……」やら「次は避けられると思うな……」やらブツブツ言っている。
俺は素直に感じた疑問を智代にぶつける。
「何故言い出しっぺの真冬がいない」
「『こんな暑い日にこんなの着れるかっ!』と早々にリタイアしました」
「なら何故企画したし……」
「内容を決めたのは灯です」
「あいつかー」
なんて傍迷惑な奴。自分はやらない所にタチの悪さを感じる。
とりあえず、俺は二人の仲裁に入り、カーテンも元に戻すと、サマーカップ前日の練習を始めた。
大会前日ということで、他の学校でもそうのように、うちも今日は軽い調整しかしない。
なので、13時から始まった練習は、15時にはその全ての練習メニューを終えていた。
「よし、そこまで。後は二人一組で各自ダウンなー」
「えー、もう終わりかよ」
来夏が足りないと言うように不満の声を出す。
「昨日も話したろ、明日から一日四試合のリーグ戦を二日行うんだぞ。疲労は出来るだけ0の状態にしておいたほうがいい」
「それは分かってるけどよー」
なお食い下がろうとする来夏に、それくらいにしておきなさい、と灯が言う。
「気持ちは分かるけど、今はそのときじゃないわ。今のフラストレーションは、明日存分に発揮しなさい」
「うー。了解」
来夏はすごすご下がると、そのまま灯と交互にストレッチを行う。
「で、お兄たま。ぶっちゃけ明日のスターターは誰で行くん?」
「あー、やっぱ気になるよなー」
真冬の訊ねてきた質問は、予想通りの内容だった。これには他のストレッチしていた奴らも喰いついてくる。いや、灯は「私は当然入ってるから興味ないわ」みたいな顔してやがる。可愛くねー。
「……そうだな、灯あたりを抜いた状態で試合やってみるのも面白いかもな」
「フフフ兄さん。あまりつまらない冗談を言うと影を切り取るわよ」
「お前はいつから七○海になった」
真面目な話だ、と俺は声のトーンを落とす。
「6人だから、ポジションが違うから、そんな言い訳を見つけて自分がレギュラー落ちするわけがないと思ってるなら今すぐ捨てろ。それはチームの成長を阻害する。俺が今言ったような想いは、己の成長を鈍らせ、研鑽を阻害するものだ。現状に満足してしまった時、人間の成長は止まるとまではいかないが、極端にペースダウンしちまう。部員の多い強豪校の強みなんかはそれだ。ライバルが多いから、いつレギュラーを取られるかが分からない。ライバルが自分を強くするなんていうのは漫画とかにもよく出てくるが、あれは割と真実だ」
今や全員がストレッチの手を止めこちらを見ている。俺はそいつらの眼を順に見ながら含めるように言った。
「だからお前ら。月並みな言葉だが、いつまでも向上心を失うな。足る事を知る、なんて言葉もあるが、バスケに関して言えばそんなことは全く必要ない。上を目指せ。立ち止まるな。微力ながら俺もそれに支援は惜しまないし、努力した経験は、必ずどこかで己の役に立つ。――ん?」
そこで、俺はぽかんと口を開け、呆然とこちらを見る少女達の様子に気づいた。
「え、洋司さんってそんなタイプだったっけ? ちょっと今のはドキッとした」と来夏。
「うわ、これはマズイ奴や。今ならもえたんと奈央ぴょんの気持ちが分かるでござるよ……。胸がぴょんぴょんするううう」
「真冬が頭おかしくて何を言っているか理解不能ですが、確かに野田コーチの今の言葉は含蓄のあるものでした。今までの非礼を改めて謝らせていただきたい」
2年生からも、何故か好感度うなぎ上り。
「はぅ、流石洋司さんです、感激しました!」
「うん、惚れ直した」
もえと奈央に至っては、なんか今告白すれば余裕でオーケーもらえちゃうんじゃないレベルの好意をビシバシと感じる。特に奈央ちゃんそれマジですか。
「フフフ、兄さん」
「どうした」
「大好きよ」
「……俺はそうでもない」
「照れちゃって」
灯が妖艶に微笑む。からかうように灯はウインクすると、チームメイトたちの方に向き直り言った。
「じゃあ、ウチの監督様からのありがたいお言葉も聞いたことだし、改めて明日からの試合、勝ちましょう!」
『応ッ!!』
気合の入った声が体育館に木霊する。少女達は天井、さらにその先を見上げるようにして、その場で大きく跳びあがった。
「……で、明日のスタメンは?」
「来週のお楽しみに!」
「せめて明日言ってよ!?」
御意見御感想お待ちしております。そろそろ感想欲しいなぁ……。
次回からいよいよサマーカップです!




