研ぎ澄ます牙
次の日から俺は、灯達の練習を指導するのに合わせて、自分の練習も始めた。
「よしっ、休憩!」
俺の指示で少女たちはぞろぞろと水飲み場に向かう。その時間を使って俺はシューティングする。
「ふっ――」
色々な角度からシュートを放ち、打ったら走り込んでリバウンドをする。これを黙々と繰り返す。すると、それを見た智代と灯が近寄って来た。
「こういう時間に兄さんがシュート練習なんて珍しいわね。どういう風の吹きまわし?」
「大会が近いからな。俺もそろそろ練習しない、とっ!」
落としたシュートを拾うと、ワンフェイクからシュートを決める。
「大会? 洋司コーチは大学でバスケをしていたのですか?」
智代が問う。
「いいや、これは一般公募の誰でも参加できる大会の為だ。そうそう、夏休み入ったら、お前らもその大会の中学生の部に出てもらうからな」
『はぁっ!?』
それに反応して素っ頓狂な声を出したのは、智代や灯だけではなかった。
「何だよそれ、聞いてねえよ洋司さん!」
来夏を皮切りに、それまで隅で休憩していた奴らもこちらへと集まってくる。
「今日の練習終わりに言おうと思ってたんだよ」
「大会……、遂に私たちも……!」
もえがギュッと握りこぶしを作る。
「で、兄さん。その大会とやらはいつあるの? 一応富川第二中は7月の25日から夏休みなのだけれど」
「8月5日から8日までの3日間。最後の1日は一般の部だから、お前らは実質5日と6日の2日間だな」
「あとほぼ2週間……」
今日が7月の20日。夏休みはもうすぐそこまで来ている。
智代が気合を入れるように言う。
「よし、それでは時間もそれほどありません。大会も決まりましたし、気合を入れていきましょう!」
『応ッ!』
「来夏!」
「おっしゃぁ!」
灯のアシストから来夏がゴールを押し込む。
最近はこの三線速攻の練習でも、徐々に灯達が点数を取る場面が増えてきている。
それは単純に灯達がこのシステムに慣れはじめ、自分たちでどうすれば得点できるのかを体で覚え始めたからだ。
だが、やられっぱなしも面白くない。
「――東、少しギアを上げるぞ」
「おっけい」
俺の最低限の言葉に東が獰猛に頷く。闘気心をむき出しにし始めた東に、富二中の面々が表情を引き締める。
「……少しはやる気になったみたいね」
「俺たちも久々の試合だ。出来るだけ錆は落としておかないとな」
低く構えた灯にボールを渡す。灯が俺にボールを戻し、プレイを再開する。
「ッ!」
「はやっ――!」
今までよりも鋭く、俺はゴールへと迫る。それでも灯は、離されることなくついてくる。
やるな。それなら――
「奈央!」
「奈央ちゃん!」
「ッ!」
俺が3Pラインでマークを振りきった奈央にパス。途端に聞こえた東の声に反応して、奈央は飛んできたパスをそのまま東にリターンするという好プレイを見せる。
「くっ!」
「もらった!」
DFの死角を見事に突いた裏パスが通り、東はそのままゴールへ。そこへ来夏が行く手を阻む。
「行かせねえ!」
息巻く来夏を前に、東はそのまま跳躍。シュートに持っていくが、当然来夏がそう簡単にはやらせない。
「叩き落す!」
「違う、来夏! それはっ!」
「ッ!」
途中で智代が気付き、声を上げるが既に遅い。
東は、来夏の伸ばしてきた右手を、右手に持っていたボールを左手に移して、シュートを放つ。ダブルクラッチ。
「なにっ!?」
シュートは吸い込まれるようにリングへ。来夏が驚いたように東を見る。
「よっしゃあ! どうだい来夏ちゃん! 今のちょっとカッコよかっただろ?」
「いや、大学生が女子中学生相手にダブルクラッチとか、大人げねえなあって」
「そっち!?」
「うわー。東ないわー」
「野田まで!? 元々お前が指示したことだろ!?」
「来夏! ダブルクラッチなんて、灯に散々やらているでしょう! そこは意地でも叩き落としなさい!」
「うわぁ……女子中学生が言うとは思えないレベルの事言ってるよ……」
智代の叱咤に東がドン引きする。智代たちの意識の高さには、たまに驚かされる。
2回目。今度はポストアップした俺に、奈央からボールが入る。
「奈央、さっきといい良いパスだ!」
「ッ……ん」
仄かに息を呑む音が聞こえたが、そのときにはもう俺はプレイに意識を集中させる。
背中越しに伝わる来夏の気配。絶対に抜かせないという気概が伝わってくる良いDFだ。
「……」
「……ふっ!」
一瞬の後、俺は振り返りざまにシュートフェイク。来夏の身体が今にも飛び上がりそうになり、なんとかこらえるが、踵が浮いてしまっているため、抜くのは容易い。
「しまっ――」
「はっ!」
「ッ!?」
来夏が痛恨の声を上げ、俺が抜こうとしたその瞬間、思わぬところからボールに手が伸びる。驚いてそちらを見れば、もえがいつの間にか俺のすぐそばまで接近し、ボールを弾いていた。
ルーズになったボールは、智代が拾う。
「東! 来てるなら言えよ!」
「マークをちょうど振り切るところだったんだよ!」
「そんなことより二人とも早く戻って!」
俺と東の応酬に、珍しく奈央が声を荒げる。確かに既に向こうの速攻は始まっている。俺たちは慌てて戻る。
ボールマンである智代に奈央がマークして時間稼ぎをしている時、中央をぶっちぎるようにして灯が前線へ躍り出る。
「こっちよ!」
「行かすかぁ!」
「ッ!?」
独走かと思われたそのとき、後ろから物凄い勢いで灯に肉薄する影。東だ。
東は持ち前の俊足で灯に追い縋る。「やらせねえ!」
「ヤるとかイカせねえとか、東さんはJCに何をする気なのかしら」
「卑猥な意味じゃねえよ!」
しかし、東にDFのプレッシャーを掛けられても灯は余裕を失わない。数の利は自分たちにあるということをちゃんと理解している。灯は慌てずに一瞬だけ周囲に視線を巡らした。そして、その穴を見つける。
灯がパスした先は、タイミングをずらして走り込んできた真冬。この状況での最適解のようなプレイ。しかし、だからこそ読むことが出来た。
「真冬、後ろ!」
「ッ!」
真冬がシュートを打つとき、俺は後ろからわざと足音を大きく立てて走り込む。到底ブロック出来る距離ではないが、後ろから勢いよく近づいてくるというプレッシャーは、想像以上に大きい。
「おわっ」
プレッシャーに弱い真冬は、予想通りシュートを落とす。リバウンド、と言おうとしたときには、2つの影がボールに向かって飛んでいた。
それは、このコートの中で最も低身長の二人、奈央ともえだった。
「くううううう!!」
「わたし、の!!」
二人でボールをつかみ合い、引っ張る。ちょうど良いタイミングで、俺はそれを止めた。
「二人ともそこまで。ヘルドボールだ。ほら、早くボールを放せ」
なかなか取り合いを止めない二人を、俺が諫める。このことに俺は少なからず驚きを覚えていた。
「二人とも割とおとなしい性格なのに、あんなに強引に取り合いするなんて意外だな。うん、バスケではいいぞ、そのガッツは」
俺はそれを、二人とも試合が近くなり、燃えてる証拠だと判断した。
「……アレが恋する女の争い。いやぁ、恋は人を変えるね」
「あのボールの役回りがお兄たまに変わる日も近くないかもね」
ただその端で、来夏と真冬がそんな会話をしていたのを洋司は終始気づかなかった。
真冬の要らない子感が否めない…笑
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