代えがたいもの
第2Qを折り返し、後半に入ってからも富二中の勢いは止まらない。
「……ッ、遥香!」
ハイポストで攻めあぐねた祈が遥香へとパスを出すが、それを読んでいた真冬がインターセプト。ここからこの試合で何度も見たパターンの富二中の速攻が始まる。
「くっ……、皆戻って!」
遥香が必死に声を掛けるが、自陣に戻ったのはわずか二人。対してこちらは3人いるうえ、タイミングを外して走り込んでくるシューターからのセカンドブレイクもある。
「健気ね。けど、だからって容赦はしないわよ?」
「……ッ!」
ボールを持っていた灯は、全速力のドリブルで遥香を置き去りにしようとする。
遥香もなんとか食らいつくが、それだけだ。
「ッ! 嘘!?」
「ほんとよ」
灯は全力でドリブルしていたところを急ストップ。そのままジャンプシュートを放つ。持ち前のクイックモーションも相まって、遥香がただそれを眺めることしか出来ない。
ガシュンッ、とシュートは決まる。灯達は悠々と自陣へと戻るが、神楽坂の動きには明らかに前半とは違う点があった。
この試合、うちの得点のほとんどは智代と灯が決めているが、実は1対1で取った点数は、そう多くは無い。うちの得点のほとんどは、速攻による強襲。なんと言っても灯と智代と来夏が走る走る。その脚力は、コート内では常に最前線を走り続け、第3Qの終わりが近づくこの終盤にも、全く衰えを見せていない。つまる所、勝負を分けたのはこの体力だ。
「はあ…はあ…」
沙織と呼ばれた相手ガードが、大きく肩で息をしながらボールを運ぶ。
前半、彼女のペネトレイト(ドリブルで相手に切り込むこと)が神楽坂の攻撃の大きな起点の一つだったが、既にそれは成りを潜めている。
神楽坂の他選手も同様に顔には疲れの色がありありと滲んでいた。あれだけ速攻をもらってガンガン走らされたのだ。聞けば全員一年生と言うし、しょうがないことではあるのだろう。うちの灯やらがおかしすぎるのだ。
「…ッ!」
しかし、神楽坂のチームで唯一まだ前半と変わらず動けている選手がいた。
小湊遥香。彼女は未だ、闘志を燃やし、灯へと挑みかかる。
右へのドライブ。切り返して左。パスフェイク。シュート。その一連の流れ全てに淀みが無い。フェイクも上手いし、なるほど、杉崎が手塩にかけて育てたエースだけのことはある。
しかし、うちのチート級妹とやるには少し早かった。
「パスする相手なんてもういないでしょう?」
「――ッ!」
パスフェイクを読んでいた灯は綺麗なブロックショットでシュートを叩き落とす。
転がったボールを真冬が拾い、来夏、智代の順番で見事に三線速攻が決まる。あんなこと教えてないのに、自然にそれを形作ってしまう所、いよいよこのチームのスタイルが、俺の中で形を成していく。
「~~ッッ!」
遥香が声にならない声に悔しさを滲ませた所で第3Qが終了。既に点数は20点差近くついており、序盤からは考えられなかったほどのワンサイドゲームとなりつつある。
俺は戻ってくる皆を出迎えると、最後のミーティングに入る。
「お前ら……、口だけは達者で、灯と智代以外はぶっちゃけ大したことないと思ってたけど、実は強かったんだな……」
「ぶっちゃけ過ぎだろ!?」
「ひ、酷いですよコーチ~」
来夏と、もえが突っ込む。
「たまには洋司コーチも良いことを言いますね」
「フフフ、そうよ兄さん、知らなかったの? 兄さんの妹は完璧で美しく、そしてバスケが上手いのよ?」
「前半二つがパンチ強くて、なんか最後のおまけみたいになってるからな」
智代と灯も、分かりやすいほど慢心しているので、俺は釘を刺しておく。
「いいか、この試合、お前らも薄々気づいてはいるだろうが、おそらくは俺たちが勝つ。だからといって手心を加えたり、気の抜いたプレイをする奴は、すぐに真冬と交代させたうえで、明日灯に教室の黒板にお前らと教頭で相合い傘書くよう指示するからな」
「何ですかその地味な嫌がらせは!? しかも自分がちゃっかり手を汚さない辺りに大人の汚さを感じます!」
「……それはけっこう、嫌」
「それ以前に私がいつの間にかベンチになってるんですがそこらへん詳しく」
途端にギャーギャーと五月蠅くなるベンチ。どうしてこうこの時期のJCというのは騒がしいのか。
とにかく、と俺は締めくくりの言葉を言う。
「相手に失礼のないようそれぞれ己の全力を以てプレイしろ。後は――目一杯楽しんで来い。以上だ」
『……はいっ!』
圭さんは腕を組んだまま喋らない。もうそろそろ休憩時間も一分を切る。
ここまで大差を付けられて、怒っているのだろうか。周りの皆も不安そうに眉を曇らせている。
富川第二中は誰の予想も超える強さだった。特にPGとF。あの二人驚異的なオフェンス力と機動力でチームを牽引している。
点差はスコアを見なくても分かるほどの絶望的な数字。残り8分での逆転はほぼ不可能だろう。
そこで遂に、圭さんが大きく口を開いた。その口から怒鳴り声が飛んでくるかと、私たちは反射的に体を縮みこませた。
「……ごめん! ずっと考えてたけど、洋司に、富川第二に勝つ方法がどうしても浮かばなかった! 不甲斐ないコーチでほんとにごめん!」
しかし、そこから出たのは糾弾や叱責の言葉ではなく、謝罪の言葉だった。あまりの意外さに、私たちはポカンと口を開ける。
「ポテンシャルでは皆も絶対向こうには負けていないはずなんだ! けど、俺が駄目なばっかりに、皆の力を上手く引き出せない。情けないコーチで、本当に――」
「圭さんは情けなくなんかありません!」
「……遥香?」
気づけば、私は反射的に立ち上がっていた。いや、私だけでない。他の皆も同じように立ち上がっている。
「元々、バスケ部すらなかった神楽坂で私たちがバスケをしようとしたとき、指導員として付いてくれたのは圭さんじゃないですか! そのおかげで今、私たちはバスケが出来ているんです!」
「そうです! それに、負けているのは圭さんのせいなんかじゃありません! 単純な私たちの力不足が原因で、圭さんは悪くありません!」
「それに、まだ負けたわけじゃねーんだ! さっきまでちょーっと弱気だったけど、あたし達、最後まであきらめずに頑張るからさ!」
「応援して、コーチ。そして、見て欲しい。私たちを、コーチが教えてくれたバスケを…!」
「ふふ、皆まだまだやれます。そうだよね、皆?」
『おおっ!』
「みんな……」
圭さんは、一度目を大きく開くと、次の瞬間自らの頬を自分で強く張る。これには流石に驚いた。
「け、圭さんっ!?」
「みんな、ごめん。一番諦めてたのは俺みたいだ。うん、何を難しく考えていたんだろうな、俺は。要は簡単でいいんじゃないか。――目の前のボールを追いかけて、一つでも多く点を入れよう。結果はその後回しだ。折角こうしてバスケの試合が出来るんだ。みんな、全力で楽しんで来い!!」
『はいっ!』
そうして最後の第4Qが始まった。
最終クォーターはお互いがいかんなく実力を発揮しあい、そのワンプレイ毎にコート内の少女達は喜び、或いは悔しがり、俺と杉崎も、最後は審判なんか忘れて、お互いのチームを全力で応援した。
それでも終了というのは必ず訪れる。
最終結果は70点を荒稼ぎした富川第二中が16点の差を付け勝利したが、後で見ると、最終クォーターだけは点差が縮められていた。それを知った俺が、後日灯に落書きの指示を出すのはまた別の話。
そのあとはお互いで試合の反省をしながら少し合同練習をし、その日は終了となった。
帰り際、富川第二と神楽坂の生徒たちでメルアド交換をしているのを見て、俺と杉崎は、再戦を約束したのは、言うまでもない。
こうして、富川第二中バスケットボール部初の練習試合は、試合に勝ったことより、バスケ友達が増えたという何にも代えがたい結果を残し、終了した。
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