08
起きたばかりの頭で、ぼんやりとここはどこだろう、と思う。
視界に移る天井から、下へと視線を落とせば、白い羽毛布団が目に入る。
ベッドだ。
ゆっくりと視線をずらせば扉の前に二人の兵士が立っていることに気付いた。
一人が俺に気付き、隣の兵士に声を掛けると出ていった。
残った兵士は俺を見て、睨む。
「えーっと、こんにちは?」
体を起こし、声を掛ければ益々眉間に皺が寄せられる。
「動くな。大人しくしていろ」
警戒するように、此方を威圧してくる兵士に俺は肩を竦めた。
まあ、当然の対応である。
俺は気持ちは魔族でも見た目は人間だ。
魔族の人間嫌いは昔からだが、先の戦争で更に輪を掛けている。
人間が魔族を悪としているのだから、人間嫌いになるのも無理はないだろう。
俺は兵士から視線をずらし、窓の外を見た。
この国は四季のある国だ。
春と秋が長く、夏と冬は短い。
今は春の季節だ。
外にある大樹が白い花を咲かせ、風に花びらが攫われる。
それから、鼻をつく薬草の匂いで帰ってきたんだなぁ、と感慨深く思う。
ダンテリオに殴られた頬は未だ鈍い痛みを伴っているが、だいぶ緩和されている。
恐らく、誰かが薬草を頬に塗ってくれたのだろう。
癒しの力は母も持っているし、何人かそういう力を持った者がいたから、小さい頃から何かあると誰かしらが魔法で治してくれた。
それでもその力を使える者は限られているので、そういう者がいない時は決まってこの薬草を塗った。
鎮痛剤にもなるし、血液凝固の役割もする。
何とも万能な薬草である。
とはいえ、俺も癒しの力を持っていたから、上手く扱うことが出来なかった幼少期だけで、大人になってからは自分の力で治していたが。
扉の開く音がして、そちらへ視線を移すとダンテリオがいた。
彼は兵士と二言三言話すと兵士が出ていく。
ダンテリオは俺のベッドへと近付いてきた。
「で?お前、ユディの事を知ってるな?」
なんの前置きもないダンテリオに、彼らしいと俺は苦笑した。
ダンテリオはそんな俺を気にせず、こちらを見据えている。
「そりゃ知ってるよ。だって俺だもん」
「ふざけたこと抜かしてると今度は本当にあの世へ送るぞ」
「本気だよ。俺は死んだ。枯れかけている大地に力を与え、そのまま勇者一行の魔術師と戦い、死んだんだよ。兄さんだって俺の遺体は確認したんだろ?」
いつも豪快に笑っていたダンテリオばかり見ていたから、ずっと険しい表情をしているダンテリオを見て、俺は少し悲しい気持ちになる。
俺が死んでからこんな顔をする時間が増えたのだろうか。
他にもこの国を守る為忙しかっただろうし、母さんの体調を心配してとか、大地が再び枯れはじめていることへの懸念も有るだろうが、そこに自分の死が関わっているとしたら申し訳なく思う。
「俺は死んだ。そして何の因果か俺を殺した人間と同じ種族になって生まれ変わった。ほんと勘弁してくれって感じだよ。俺の国はここなのに、ここでは俺は異物になってしまう」
ここが俺の故郷で、俺の家族が住んでいる俺が心安らげる場所。
だけど、それは昔の話で今は状況が変わってしまった。
「だけど、まさかすぐに生まれ変われるとは思わなかった。自分が赤ん坊だった時はなんで自分が赤ん坊になってるのかとか周りに人間がたくさんいるし、混乱したけど、また家族に会えると思ったら嬉しかった」
ダンテリオは俺の事をじっと見ていた。
「信じられない?」
俺の問いに間髪入れず「当たり前だろ」と返ってきた。
そりゃそうか、と納得する気持ちと兄さんならわかってくれるんじゃないかという楽観視を裏切られた悲しさで、俺はそっか、と呟く。
「信じられる筈がない。それでもユディでなければ知らない話をお前は知っている。それだけで人間の子どものお前をユディだと断定することは出来ないが、今はその可能性もあると信じよう。勿論、お前と過ごす中で判断する。もし、ユディの名を騙る者だとわかった時は、どうなるかわかってるだろうな?」
「わかってる」
ダンテリオの判断は正しい。
俺はしっかりと頷いた。
「そうか。ならば陛下に今から謁見する。お前のことは先に俺が話してある」
着いてこい、と扉へと向かうダンテリオの後を追う。
「今から父さんに会いに行くの?」
「陛下と呼べ」
スタスタと前を歩くダンテリオの後ろを駆け足気味に追いかける。
まだ八歳でしかない俺の足はダンテリオの歩きに比べるとどうしても歩調を合わせるのは大変だ。
歩きながら辺りを見回すと懐かしい光景に胸が暖かくなる。
人が見当たらないのはダンテリオが何か指示を出しているのだろう。
目当ての部屋に到着したが、そこは俺の予想とは違うところで。
だが、納得する部分はある。
いつも父に呼び出されるのは彼の執務室であり、今目の前にある大部屋、謁見の間ではない。
扉の両脇にいた兵士は俺を見もせず、ダンテリオにだけ頭を下げ、すぐに扉を開けた。
俺の知らない魔族だったし、所詮俺は人間。
そういう扱いになるのも肯けるけど、にこやかに挨拶をしてくれていた昔の兵士達を考えると悲しいものである。
そんな感傷は一瞬で、すぐに気持ちを切り替えた。
魔王陛下との謁見である。