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「………き…さ……にん……こ」



意識の浮上とともに聞こえる小さな声。



「起きなさい、人間の子」


声のする方を見れば、暗がりに佇む女性が映る。


「母さん?」


顔は影に隠れて見えなかったが、声とか佇まいとかでそう判断した。


「本当に…….本当に貴方、ユディなの?」


一歩、こちらへ踏み出した女性の顔が、月明かりに照らされ、はっきりと見えた。


そして俺は息を呑んだ。


その儚さと、やつれ具合は、病人と言っていい程だ。


「な、何してんの!?顔色悪すぎ!こんな地下牢に来ていい顔じゃないよ!というか、母さんがこんなところいちゃダメでしょ!」


慌てて飛び起きた俺は格子を掴み、母へと言葉を投げる。

そんな俺に母はくしゃりと顔を歪め、泣き笑いのような表情をした。


「ふふ。ユディ、ユディなのね。人間の子どもの姿をしていても、貴方はユディなのね」


ハッと俺は後ずさる。

そうだ、忘れていた。

俺は憎むべき人間なんだ。

母さんに会いたいとは思っていたが、人間である俺に会うにはそれなりの時間と覚悟が必要なはずだ。

いくら俺が第二魔王子であるユディだと主張しても、人間の姿をしている俺のいうことをそうそう認められるはずがない。

寧ろ憎悪で殺されても仕方ないくらいだ。


「どうしたの?ユディ?」

「どうしたはこっちのセリフだよ」


顔色の悪い母は、それでも穏やかな表情をしていて、かと思えば俺を心配そうに見る。

そうして、俺の言葉に首を傾げた。


「本当に母さんは俺を、ユディだと信じるの?」


そう言って、後ずさった姿勢を戻しつつ母を見る。


「兄さんも父さんも俺をユディだとは認めていない。それは仕方の無いことだと思う。俺だって逆の立場なら認めないと思うし、何を言ってるんだこのクソガキって思うよ」


きょとん、とした表情の母さんに、俺が言ってることを理解出来ているのか不安になる。

というか、ヤケになっているわけじゃないよね?

母さん、の心が壊れてしまっているんじゃないかと今更不安になってくる。


けれど、母はふわりと笑った。

こちらが驚く程に。


「だって、私は見えるもの」

「……何が?」


あら、と母は口元を手のひらで上品に押さえる。

そうして、ちらちらと俺の周囲を目で辿る。


「貴方、見えていないの?」

「……なるほど、精霊か」


あらあら、と母は困ったように笑う。


「こんなに好かれているのに、見えないなんて」

「見えないけど、いることは感じてるよ」


人間に生まれ変わったせいか、俺は精霊を見ることが出来ない。

そもそも精霊を目に映すことが出来るのは巫子などの特殊な力を持つ者だけだ。


「この子達を見ていればわかるわ。貴方が精霊に好かれるような者なのだと。それにユディと寄り添っていた精霊達ばかりだもの」


母はそう言って微笑んだ。

それは、憎むべき人間に向ける表情ではなく、俺が母さんの息子だった時に向けられていた眼差しと変わらなかった。


今でも母さんの息子のつもりだけどね。

人間である俺の両親は両親と呼ぶに値しない。


「さて。ユディ、貴方こそこんなところにいるべきではないわ」


カチャリ、と母は牢屋の扉を開けた。

手にしているあの鍵はいつの間に手に入れたのだろう。


「え、でも父さんの命令で入ってるんだけど」

「王妃の権限で出ることを許可します」


え~。

それ、いいの?


「はいはい、出ましょうね」


そう言って母は俺の手を引っ張った。

そしてそのまま手を繋ぎ、歩き出す。

手を繋ぐなんて子どもの時以来だ。

いや、今の俺も子どもなのだけど。


「母さん?」

「ふふ!こんな小さくなって戻ってきちゃって。また子育てをする気分だわ」


いや、俺の精神は立派な大人です。


俺が嫌そうな表情をしたことに気付いて、更に笑われた。

誰にも会うこともなく、母の部屋へと辿り着く。


「さて、落ち着いて話が出来るわね」


母は自室のソファに座り、俺を横に座らせてこちらを見る。


「母さん、今すぐ寝た方がいいよ」

「嫌よ。まだユディとお話していないわ」

「だめ。そんな顔色悪いのに無理をしたらだめだよ」


先程より顔色は良くなっていたが、それでも母の体調は普段から芳しくはないのだろう。

力を使うことで無理をしているというのもあるし、精神的にもかなり衰弱していたことは容易に想像出来る。

それもこれも、俺があんな死に方をしたのがいけないんだけど。


「ねえ、ユディ。貴方は今いくつなの?」

「母さん、俺の話聞いてた?」

「ねえ、いくつ?」


俺はそんな母に溜息を吐いて、八歳だと答える。


「まあ。そうよね、こんなに小さな子なんだもの。そのくらいの年齢よね」


俺の身長は母の胸辺りまでしかない。


「ねえ、ユディ?」


にっこりと笑う母に、俺は嫌な予感を覚える。

こんな風に笑う時の母は、大抵お願いをしてくる。

それは、俺が嫌がるようなお願いが多い。

今回も例に漏れず、その類だった。


「まだ子どもだもの。私と一緒に寝るくらい、構わないわよね?」





…………構いますから。





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