表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の月を愛でる夜は――  作者: 二上 ヨシ
第一章  ~ポエニクスの涙を探す~
5/34

4.ファーストキスとルナの提案

「第三皇子が、お嬢様に嘘を教えたと言う兵士の正体でしたか」

 案内役がクラーラから胡散臭いあの眼鏡秘書官に代わり、彼の気だるそうな背中を見つめながら二人は大人しく付き従っていた。

「そ。クマじゃなくて、人型だったことと二重に驚き」

「申し訳ありません、おっしゃっていることが少々分かりかねるのですが」

 ルナがジェイドのことを勝手に厳ついクマのような剣豪だと思っていたことなど、アルキスが知るはずもない。

「こちらが三の皇子の房室です」

 ロイがゆったり振り返る。宮廷内の者たちは、大方動作がゆっくりだった。それが上品と言えばそうなのだろうが、まどろっこしく思うこともある。

 二人の目の前には、金銀宝石で装飾された扉があった。

 では、と一歩踏み出したアルキスの行く手を阻むように、ロイが立ちはだかった。その動作だけはやけに素早い。分厚いレンズの向こうの瞳が、キラリと光った気がした。

「申し訳ありませんが、三の皇子は警戒心の強い御方ですから、ここはルナ先生だけにいていただけませんかね。ここまで来て治療を拒否されては、皇子のお命、国の将来に関わりますから」

 アルキスは腕を組み、ロイをどこか含みのある目で見据えた。苦しい言い訳のようにも聞こえたのだ。

 アルキスほど顔の良い男に無言で射竦められると、それだけで身の縮む思いがするらしい。ロイは威勢を失くし、妙な咳払いをして早々とルナに向き直った。

「三の皇子がお待ちです」

 装飾でごちゃごちゃとした取っ手に手を掛けた。

「お嬢様、くれぐれもお気をつけください」そっと耳打ちする。

「分かってる。所作は美しく、診察は慎重に、でしょ?」

 そうではないのだが。全く警戒する気配のない彼女に些かの不安を抱えつつ、アルキスはやや緊張気味に扉の向こうに消えるルナを見送った。

 

 ジェイドの房室は、さすが大帝国の皇子ともあって豪華絢爛だった。天井から床まで、世界に一つしかない壱級品だけで埋め尽くされ、それぞれにオーラを放つ。中には珍しい時計や精巧なつくりの豪華船の置物があったが、まじまじと見ている暇はない。

「三の皇子、ルナ先生がおいでです」

 ロイの指示に従って部屋の奥の扉に足を踏み入れる。

 そこには何が面白くないのか、ジェイドが部屋の奥で椅子に座って足を組み、指に顎を乗せて冷たい瞳を床に落していた。体こそこちらを向いているが、入ってきた新参者にも興味の片鱗すら見せない。

「ごきげんよう、第三皇子。担当医術師のルナ・クロエですわ」

 大理石の丸テーブルに、医術道具の入った革のミニトランクを乗せ、余所の令嬢に何ら遜色のない身のこなしで挨拶する。

 しかしジェイドは目も合わせず、何も答えなかった。人形や死体のように瞬き一つ見せない。戸口に佇むロイが、自分が間を取り持った方がいいのかどうかと、腰の据わらない様が感じ取れた。

 ルナは世話の焼ける患者だと、弱冠苛々しながらミニトランクを開く。

「皇子、何かわたくしに、言いたいことがあるんじゃありませんこと? 例えば、どこが苦しいとか、道を教え間違えたとか。なんて」

 後半部分をやけに強調しながらちらりとジェイドを盗み見たが、彼は眉一つ動かすことなく、まるで一枚の絵になったかのように硬直していた。

 暖簾に腕押し。糠に釘。さんざん待たせた上に非礼も詫びず、話しかけても無視とくれば、患者と言いつつそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。

「何なのよ、一体……」

 言動も普段の庶民的なものに戻りかける。

「あの、お二人さん」

 ロイは不穏な空気に背中を押されるように二人の間に入ると、

「まあ、お互い初対面ということではありますが、そう肩に力を入れず、リラックスして……ね」

「そうですわね、挨拶もできないくらい緊張なさってるみたいで。おほほほほ」

(おいおいおい、会ってすでに険悪ムードかいな)

 ロイは想像以上の困難な状況に頭を抱えた。ジェイドの言うとおり、自分がルナを落とした方が早いのではないかと思い始める。

「いや、エラいすいませんねぇ。三の皇子は照れ屋なもんで」

 へへへ、と笑いながら皇子の傍にそっと屈みこんだ。

「ジェイド様、ええ加減にしてください……っ!」

「俺はお前に落せと言ったはずだ」 

「まだそんなことを……。エエですか? 今から二人きりにしますから、接吻の一つでもかましたってくださいよ! あなたにこの帝国の命運がかかっとるんです! その重大性をお忘れなく」

 聞いているのか聞いていないのか、フンと目を逸らして返事すらしない。

(こらアカンわ)

 ロイはジェイドの細面を張り倒したい衝動に駆られたが、そんなことをすれば次は自分の首が飛ぶ。何とか、鼻孔を最大限膨らませるに止めた。

「あの……診させていただいても?」

 白衣をまとい、聴診器を首にかける彼女は普段より凛然として見えた。

「はいはい、どうぞどうぞ。では先生、よろしくお願いしますねー、はははー」

 ロイは必死に作り笑いをし、不自然に出て行きながらジェイドに目で「頑張ってくださいよ」と言って出て行った。

「ふん……女のような二流医術師の治療など」

「二流?」

 ボソッと耳に入った聞き捨てならない言葉に、拳を握りしめる。足を肩幅に開いて両手を腰に当てた。もう令嬢らしい、まどろっこしい言葉遣いなどしていられない。

「さっきから何なんですその態度は! お言葉ですけどね、女だろうが何だろうがプロの医術師です。それが分かっているからこそ、元老院の方々だってこちらの依頼を引き受けたのでは?」

 ジェイドはそれに初めて表情を崩した。

「笑わせる。そもそも、元老院どもは俺の病のことに重きを置いているわけではない」

「……どういうことです」

「ただの二級女医術師からの申し出を、なぜこちらが承諾したか分かるか」

 ジェイドは立ち上がると、ルナを見つめながら近寄ってきた。つられて後ずさりそうになるのを、これ以上舐められてはならないと、ぐっと耐える。

 光を跳ね返す水面のような、深い蒼の瞳に魅入られていたその一瞬、それは鼻が触れ合うほどすぐ目の前にまで来ていた。

 唇を奪われている。

 それを理解するまで、やけに時間を要した。

「これが元老院どもの思惑だ。お前を通じて、お前の背後にいる特級医術師を手に入れる。俺はそれに乗ってやっただけ」

 一瞬でも見とれた瞳が、あざ笑うかのように細められる。そこに映し出されているだろう己の唖然とした間抜けな姿など、想像したくもない。

 ジェイドの言い草に、理不尽な理由と悔しさにルナは頭にカッと血が上った。

「あなた……ッ!」

 平手を繰り出した。だが、大きな手に阻まれる。にらみ合うようにしばし見つめ合った。しばらく時間を置き、膠着(こうちゃく)状態の中、今度はルナが笑う。

「それで防いだつもりですか、皇子」

「――!」

 触れていた部分に魔方陣が現れ、ジェイドの手の甲に緑色の光が走って魔方陣を描く。即座に手を放したが、すでに遅い。魔方陣はジェイドの体に吸い込まれるように消えた。

「何をした!」

 強い視線がルナに突き刺さる。

 自身の気の緩みを悔いるように、ジェイドは左手を握りしめながら奥歯を噛んだ。この城は血塗れた戦場よりも恐ろしいのだと、幼い頃から心に刻みつけていたというのに。目の前に現れた、自分に口答えをする妙な女のせいで、いつもピンと張っていた、糸のような緊張感と警戒心をたゆませてしまった。こんな間抜けなことはないと、情けなさに自己嫌悪する。

「すぐに分かります」

 ルナはニンマリと笑うだけで、何をしたのか言おうとしなかった。女の笑顔は嫌いだ、とジェイドは思う。その笑顔の裏にあるのは、いつでもどす黒い下心であった。

 ルナを目で射るように睨みつける。

「貴様も、やはりあの女の手――……ハハハ」

 不意に出た笑い声に、ジェイドは目を丸くして肩の力を緩めた。

「ほらほら、効果が表れ始めましたよ」

「何を訳の……ハッハハハハ! 何だこれは! ハハハハ!」

 可笑しくもないのに笑ってしまう。戸惑うジェイドに、ルナはこれでもかというほど唇の両端を引き上げ、口元に手を当てて勝ち誇ったように高らかに笑った。

「私は医術師ですからね。神経を(いじ)って痒いようなこそばゆい感覚を与えるくらい訳ないのよ! おーっほほほほ!」

「起笑術か……第三皇子たるこの俺にそんな術をかけるなど……天界の神より悪質だな! アッハハハ!」

 笑いを押し込めようにも、体が全くいうことをきかない。ひくつく腹を抱えて両膝をついた。

「ま、その状態じゃ助けも呼べないでしょうし、女医術師ごときの二流魔術、自力で解いてください。今日は帰りますね、さようならー」

 ミニトランクを携えて背中を向ける。だがいつまでたっても解こうとする気配がない。

 扉に手をかけながらそっと振り返った。そろそろ呼吸が苦しくなってきたのか、ジェイドの白い顔が徐々に赤くほてり出している。

「あの……皇子、魔皇(ルキフェル)族ですよね? それも生粋の。魔界の住人の中でも突出して魔力の保有量が多いんですよね」

「黙れ! ……ハハハ!」

 語気だけは強気だが、相変わらず(うずくま)ったまま。まさか――とルナは思った。

「皇族なんですから、普通魔術の英才教育受けるんですよね? まさか……まさか皇子なのに魔術が使えないなんて、そんな恥ずかしいこと」

「うるさい、失せろ! アハハハ……くっ」

 どうやら彼は本当に魔術を使えないらしい。大帝国の皇子たるものが、いい笑い草だ。ルナは途端にサディスティックな、背筋の寒くなるような笑みを見せた。

「おやおやおやそうでしたか、第三皇子」

 苦しむジェイドを尻目に、緩慢な動作でジェイドの元へ屈んだ。

「皇子、助けて欲しいのなら正直に」

「貴様に助けを乞うくらいなら、俺は……死を選ぶ」

 ナイフのように鋭い睨みだった。ルナは相当な意思の強さと、自分に対する敵対心を感じ取る。このままでは彼は、本当に自分の治療を拒否したまま余命を費えるだろう。

 彼がいかなる男だろうと、それだけは阻止しなくてはならない。

 ルナはミニトランクから、契約書とだけ書かれた羊皮紙を取り出し、ジェイドに差し出す。

「契約しましょう、皇子。病が完治するまで、私にあなたを治療させる契約を。その代り、あなた側からも、どんな契約内容を提示していただいても構いません」

 ルナがドラゴンの皮ケースから取り出したのは、吸血樹で作られたペンであった。魔界において、血で交わす契約は絶対視される。破れば地獄の烙印が体に刻み込まれ、どんな身分の者であろうと蔑みの対象となる。貧困街に身を沈めることすらも、おこがましい、人族以下の存在へと堕ちた。

 トラブルを防ぐために承諾書の類を交わすことは珍しくはないが、血の契約書まで持ち出したのは、ルナにとっても初めてのことだった。悠然と構えているが、本当は指の震えを抑える以外は、呼吸する余裕すら失いそうだった。

 だがこうでもしなければ、彼の信頼は容易には得られないだろう。彼に残された時間には、限りがあるのだ。悠長にしている(いとま)はない。

 特級医術師試験のことなど、今の彼女の頭には微塵もなかった。

 ルナはジェイドに差し出した羊皮紙の半分に契約内容を綴ると、サインをしてジェイドの返書を待った。ジェイドはルナを見据え、嘲笑を浮かべる。

「ならこの病が治せなかったときは、貴様の魂をアトラント山に住む魔獣に喰わせてやる。死して尚苦しめ。どうだ、これで契約成立だ……」

 内容を(したた)めようとした手を止める。訝しげに眉間にしわを寄せた。

「何だその顔は……もっと焦ったらどうなんだ」

 穏やかな大海のように、ルナの表情は清らかで美しかった。ジェイドは今まで、紹介されてきたどんな美姫も、美しいと思ったことはない。笑顔の仮面を剥げば、皆同じように醜い打算を秘めていた。その醜い匂いが、顔に滲んで美しさを損なわせる。いつからかその醜い香りに、とてつもなく敏感になっていった。

 だが目の前の彼女からは、その匂いがしない。国の為に己が命を賭して立ち向かおうとする孤高の剣士と、同じ美しさと薫りさえ見える。ジェイドは戸惑った。この妙な笑い術のせいで、感覚がおかしくなっているのかもしれないと懐疑的になる。

「お好きに。あなたがそれで納得されるなら、どんな条件でも呑みましょう」

「お前の狙いは何だ……。なぜそうまでする。お前に何のメリットがある」

 信じても良いのか、信じられるのか。敵か味方か。今抱く彼女への感情と、今までの経験が対立し、ジェイドの中で葛藤が渦を巻いていた。

「本音を言えば、あなたを治療して医術師として名前を上げたいと思って来ました」

 やはりそういう思惑があったのかと、ジェイドはペンを持つ手に力を入れる。

「でもそれ以前に私は、いつもこう思っています。患者にとっても家族にとっても、その命はたった一つだけ。たとえ私が医術師として大勢の命と向き合おうとも、そのどれもが失敗も手抜きも決して許されることではないと。あなたも、他の誰かも、この世界のどこにもあなたの代わりなんていない。その大切な命を救うために、私も自分の命を賭ける覚悟で治療をします。患者さんを救うメリットなんて必要ありません。私は医術師なんですから」

 ――あなたの代わりなんていない

 その一言が、ジェイドの胸を強く打った。政敵ばかりが増え、政局や国政を心配するばかりで、誰も心から自分の病を案じるものなどない。孤独で、疑心暗鬼の闇に長く囚われていた気がした。

 おずおずと、ルナを見つめる。その瞳の強い煌めきに目を奪われた。

「私に医術師としての意思を目に見える形で示せと仰るなら、さあ、どうぞそこにサインを」

 ジェイドは、ルナが今まで出会った医術師の中で、一番医術師らしいと思った。医術師であることに誇りを持ち、その道をまっすぐに突き進もうとする姿が眩しくて目を細めた。

 我に返ったジェイドは素早く契約書を書き、サインして封をする。

「ほら書いてやった。さっさと解け……!」

「契約書は、私が持っていてもいいんですか?」

「どちらが持っていても同じだ」

 そうですか、とジェイドの体に触れると、辺りは優しい金色の光に包まれた。

 光が収束すると同時に、ジェイドの笑いによる震えがピタリと止まる。余程ホッとしたのか、ジェイドは均衡のとれた唇から、細く長い息を吐いた。

「一生分笑ったんじゃないですか、堅物皇子。笑いは健康にもいいですから良かったじゃないですか。ね?」

 先ほどまで、必死に指の震えを堪え、剣客と見紛うほどにひた向きで真剣だった表情とは違う。女の笑顔など嫌いだったはずなのに、あまりに屈託なく笑う彼女に戸惑いがちに、頬を染めて目を逸らした。彼女のような笑顔は、今まで見たことがない。

「ついでに体にあった軽い裂傷も治しておきました。あとこれ、倦怠感がマシになる薬です」

 話している間も、自分を観察し、その症状に気付いていたのかと目を丸くした。

「あなたの病は必ず治ります。私と出会った以上」

「女のくせに生意気な……」

 相変わらずそんなことが口をついて出る。

「あなたは女だ何だっておっしゃいますけど、大事なのは私が医術師として、優秀か優秀でないか。それだけでしょう? そもそもあなたごときに女として見られるなんて……こっちから願い下げだわ」

 大国を背負う女王の如く佇み、気品高く顎を上げて笑ってみせる。

「言っていろ。俺とて、貴様のような貧相な体の女に興味はない」

 明らかに自分の胸を向けられている視線に、ルナは怒りと恥ずかしさに顔を赤くして腕で隠した。

「ぐ……。許可なくキスしておいて……さらに追い打ちをかけるなんて。何て性格の悪……キス……?」

 ハッと重大なことに気付いた。あれはルナにとって人生で初めての――

「何だ。急に顔を赤くして」

 おもむろに立ち上がり、襟を正すジェイドを睨むように見上げる。

「キス……初めてだったのに……っ、最低ッ!」

「ぐっ……!」

 油断していたせいで今度こそヒットした打撃に、ジェイドは再び腹を押さえてうずくまった。そんなジェイドに構うことなく、ルナはその場を逃げるように立ち去る。

「ルナ・クロエ……」

 痛みに顔を歪めながらも、自分に容赦なく意見を述べ、術を掛けて笑わせ、己の治療に命を賭けようとし、最後はミニトランクで殴りつけて帰った妙な女の名を、ジェイドは無意識に口にしていた。

 

 ○$○$○

 

「……ってことなのよ、ムドーぉぉいおいおいっ」(せき)を切ったように机に伏せて声を上げる。アルキスはルナの話に耳を傾けつつ、淡々とアフタヌーンティーの用意をしていた。

「それは辛うございましたね」

 持参した茶葉を入れたポットから、カップに注ぎ入れると柔らかな湯気が立つ。じっと見ていると、湯気があの男の形を成していくように見えた。

「私の大事なファーストキスが、あんな超絶イケメンに……」

「それでは喜ばれているように聞こえますが」とアルキスが紅茶を置く。

「顔じゃないわ、愛よ愛! あー考えれば考えるほど苛々するッ! もっとぶん殴ってやればよかったあああ!」

「まあまあ、お嬢様に初の恋人ができたことは喜ばしいことです」

「恋人じゃないッ! あっちも私なんて興味ないって言ってたもん」

「いえいえ、他人様の大切な娘さんにキスをしておきながら、責任も取らずに逃げるなど、この私が許しません」

 笑顔を浮かべながらも剣呑とした目をするアルキスに、ルナは背筋がゾクリとした。

「しかし、私が元特級医術師の資格を持つ銀輪の医術師であったことが、知られていたようですね。だからこそ元老院の者たちは、お嬢様と第三皇子を結ばせようとしている。私のせいです」

 アルキスにジェイドに言われたことを一言一句話したわけではなかったが、彼は知らぬ間に真相にたどり着いていたらしい。

「いえ、性悪皇子にキスされたのは、あくまで私が油断してたからだわ。むしろ感謝してるの。皇子を治療することで名前を上げて、特級医術師の試験を受けられるようになるかもしれない。ムドーのおかげで、その希望が見えたんだから。私、頑張るわ!」

 アルキスは瞳を潤ませ、敬意を示すように胸に手を当てる、

「お嬢様。お心遣い痛み入ります」

「別に気を遣ったわけじゃ」

「宜しければ、私が消毒して差し上げましょうか。愛情をたっぷりと込めて」

 顎を優しく持ち上げられた。見つめる天鵞絨色の瞳にトクンと胸がときめく。

「べ、別にそんなの……!」

「それは残念」とアルキスは消毒液の小瓶をしまう。

本当に(・・・)消毒するつもりだったの!?」

「どういう意味だとお思いに?」

 意地悪な問いだが、妙なことを想像したのは間違いない。恥ずかしくなって赤面するルナを、アルキスは面白そうに眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ