4.問題だらけの医班とデートの約束
「『イアリオ王国で流行の病。ようやく沈静化の兆し』……か」
ルナはそう言うと、嘆息して蝙蝠新聞を閉じてガーデンテーブルに置いた。
「ここってウチが何度も医術師を送るって打診してた所よね。どうしてあそこまで感染が拡大してたのに、受け入れ拒否をし続けたのかしら」
広い庭の片隅で、アフタヌーンティーの用意をしてくれているアルキスに、ふと沸いた疑問を投げかけてみる。
「仕方ありませんよ。イオリア王国はウエストクリス準帝国の属国で、そのウエストクリス準帝国はアルベティーヌ連合帝国の従属国。イオリア国王も、親玉たる帝国や準帝国の意向に従って、ノアールとの関わりを拒否するしかなかったのでしょう」
「ほんっと、頭でっかちね。帝国もウ……何とか準帝国も」
アルキスの淹れてくれた紅茶を口に含み、出てきたジェイドの許嫁の国名に嫌な顔をした。
「お嬢様、それより本当に大丈夫なのですか。ジェイド皇太子方のこと……」
アルキスの天鵞絨色の瞳には、全て見透かされているのだろう。だが、弱音など吐けなかった。自分で招いたことであるし、アルキスに心配をかけたくない。
「へ、平気よ、ムドー。ジェイも、私にあんなこと言いながら実はちゃっかり許嫁を連れてきてたみたいだし。昨日も腕を組んで歩いてるのを見かけたわ。いい夫婦になるんじゃない。何より私ももう、ジェイとのことは過去のことだって割り切ってるし」
「お嬢様……」
アルキスの声が沈む。
自分の頬を伝う滴のせいで。
「そのはずなのにホント、何で泣いてるんだろうね、私は……っ」
自分から彼の伸ばした手を拒絶しておいて――
アルキスには心配かけたくなかったが、どうしても彼の前では甘えが出る。スッと差し出された手巾を受け取った。
「ありがとう、ム……」
「君にもそんな繊細なところがあったんだね、ルナ君」
手巾を手渡してくれたのは、アルキスではなかった。
「ジ、ジルさんっ!」
彼の萌黄色の瞳が物憂げに細められ、首を傾ぐ彼のモノクルの鎖がシャラリと哀しげな音を立てる。相変わらず、スタイルのせいかスーツがよく似合う男だ。
「事態は、我々の期待したものとは別方向に行ってしまったようですね。残念です」
「白々しい」
アルキスの毒のある言葉にも、ジル正秘書官は全く動じる様子はない。
「我々のせいで、君には随分と苦痛を与えてしまいました」
そう。彼らがジェイドと引き合わせさえしなければ、胸の傷を抉られるようなことはなかった。必死に押し隠していた別れの辛さを、はっきり自覚することもなかった。
他の女に、彼を取られてゆくところも見ずにすんだ。
「こうなったら、あなたたちのこと、とことん恨みますからね……っ」
「それも致し方ございません。閣下も大層悔いておられる」
悔いている? 今更それが何の足しになるというのだ。ルナはイライラと涙を拭う。
「くそ高そうなハンカチ、どうもありがとうございました!」
「こういうのは普通、洗って返すのが礼儀では? まあ、私としてはあなたの身体の成分を調べることができて好都合ですが」
ジルはルナの身体に不老不死の術、ポエニクスの涙が施されていることを知っているのは、このノアールではランス総帥とアルキス、そしてジルと消明ぐらいだった。
そしてこのジルが一番、ルナの身体に興味があるらしい。
「洗ってお返しします! いえ、むしろ新品で返します!」
「ほんの冗談です。差し上げますよ。傷つけてしまったあなたへの、せめてものお詫びに」
深々とルナに頭を下げ、彼はシャンと背筋を伸ばして去って行く。
「何かちょっと無駄に格好いいんだけど、あの人」
彼らのせいで傷ついたのは確かだが、格下の自分相手にあそこまで頭を下げ、誠実に詫びを入れられると怒りもゆるゆると消滅する。
「やれやれ。お嬢様、私もそろそろ青学舎へ戻らなければなりませんが、どうかご自愛を」
「ごめんね、ムドーも青学舎の方が忙しいのに」
「あなたの為なら、時間などいくらでも」
柔和で癒やされるような微笑に、傷心のルナはグッと胸を鷲掴みにされる心地がした。
「ムドー……っ、もうあなたでいい! 結婚して」
「お断りします」
「即答!? 失恋したばかりの乙女に即答!?」
だがそんなやり取りに、日常を感じる。アルキスも肩を震わせて笑っていた。
「とにかく、ご無理だけはくれぐれもなさらぬよう。私だけは、いつまでもあなたの味方でおりますから」
「ん。ありがとう」
執事と女主。師匠と弟子。親と子。兄と妹。
そのどれもが、アルキスと自分の関係性を表すのに相応しい表現とは思えなかった。だったら何だと言われれば返答に困るが、同志という言葉が一番近いのかもしれないとルナは思う。
「もしくは、お風呂とそこに浮かぶ玩具のアヒルとか」
少し泣いたせいか、ほんのり気分が上向いたルナがゆっくり紅茶を飲む。ノアールに咲く甘すぎない花の香りには、どこか癒やし効果がある気がした。
「ルナさん?」
唐突に聞き覚えのない声に名前を呼ばれ、ルナはカップに口をつけたまま視線を上げた。
昨日、ジェイドと腕を組んで歩いているところを見た美女が自分に向かって微笑んでいる。カップをソーサーに置き、ガタリと立ち上がった。
「準皇女」
「まあ、そのようなよそよそしい呼び方はよしてくださいませ。フィオで結構ですわ」
彼女が微笑むと、まるで花が綻んだよう。これほどの美姫を、ルナは今だかつて見たことはなかった。本当に自分と同じ生き物だろうかと思うほど耀くばかりに美しく、それにいい女独特の良い香りがする。
「じゃあ、フィオ……さん」
ああ、これは男のジェイドなら一発で落ちるだろう。女の自分でも、彼女の潤う瞳に見つめられると、胸の鼓動が高鳴るのだからとルナは思った。
「どうぞ」
ルナは自分の向かい側のガーデンチェアに座るよう招く。
付き人の異様な風体の細長い仮面男が椅子を引くと、彼女はふんわり腰掛けた。
「付き沿いの方もどうぞ?」
ルナはフィオナの分の紅茶を注ぎながら、ひょろ長い妙ちきりんな男に声をかけた。だが、聞こえているのかいないのか、それとも口が利けないのか。彼は沈黙したまま返事をしない。
「あの?」
「ああ、コレの名はジャーメインですわ。私の為なら喜んで命を差し出す、穢れた人族との混血ですからお気になさらないで」
準皇女は嘲笑するように、仮面男を見上げる。
「穢れた……?」
「あっ、やだ、ごめんなさい。ルナさんも半人族でしたわね。失礼しましたわ。お怒りになられて?」
血縁関係にある両親が純血の魔族であるルナは、血族的に言えば半人族ではない。だが、彼女にとって親だと言える存在は、やはり育ての両親の方である。
ノアールは一部、純血教信者以外は半人族かどうかなど気にもしないし、ルナもたとえ混血だの不純だの言われても、本当は純血の魔族だなどと公言して回るつもりは毛頭なかった。
「いえ、気にしてませんから。大丈夫よ」
ルナがなだめるようにそう言うと、準皇女は広く開いた胸元に手を当て、まあ良かった、と涙を拭う。随分純粋な姫がいたものだ、とルナは舌を巻いた。
「私、友人がおりませんの。どこへ行っても準皇族扱いで、誰も私を一人の女性として見てはくれません。ルナさん……よろしければ、私のお友達になってくださらない?」
こんな美人に、捨てられた子犬のような瞳で懇願されて誰が嫌だとと言えよう。
「もちろん、いいわ」
「良かった。私、恋バナというものに憧れてますの。ちょうど愛する方と想いが通じ合ったばかりですし、誰かに聞いていただきたくって仕方ありませんのよ。童子のようでしょう?」
「い、いえ……そんなことは……」
はしゃぐ彼女を前に、乾いた笑いしか出てこない。自分はジェイドと別れの道を選んだばかりだというのみならず、新しい恋人がこの目の前の美人なのだから。
心中複雑だった。
「ルナさん、ジェイ様の元恋人でいらしたそうね」
紅茶を飲む仕草も優美だ。風が彼女の髪を撫でる姿など、絵画のよう。
「ええまあ……。でも、恋人といえるほどのことは特に……」
「あら、キス止まり……ということですの? ジェイ様から身体を迫られたこともございませんの?」
何も知らない深窓の令嬢かと思えば、初対面なのに結構突っ込んだことを聞いてくるなとルナは思う。庶民暮らしをしてきた自分の方が、そんな話題に恥じらいを覚えてしまう。
「ええ。想いが通じ合って一週間後には、私はこっちへ移住したし」
「愛し合っているなら、期間なんて関係ございませんわ。私は昨日、ジェイ様と閨を共にしましたの。とっても官能的で、最高のひとときでしたわ。ジェイ様も私にメロメロで、なかなか寝かせてくれませんでしたの」
準皇女が肩に掛かった薄桃色の髪を払うと、ルナにはない豊満な胸元がタユンと揺れる。ジェイドが以前、こういう体型の女性が好きだと言っていたことを思い出した。
恋愛には奥手だと思っていたが、ジェイドとて健全なる青年男子であるし、来た初日にルナと密室で二人きりになったときのあの飢えっぷりはかなりのものだった。
フィオナは婚約者ということもあるし、すぐに手が出たのだろうかとルナは思う。
(ってこんなの、下種の勘ぐりってやつじゃない……)
邪念を振り払うべく、フルフルと頭を振る。
「恋人といえるほどのことをしていないということは、ジェイ様は、あなたに女性としての魅力を感じておられなかったのかもしれませんわね。ただ単に、ルナさんのような庶民が物珍しかったとか」
(私は単なる珍獣かっ)
ひくっと顔が引きつる、このまま戻らなくなるのではと、少々不安になった。
「ご、ごめんなさい……私」
彼女の瞳から、まるでダイアモンドのような涙がポロポロとこぼれ落ち、ルナはギョッとした。
「え、な、何……?」
「悪気はありませんでしたの……だから、そんなにお怒りにならないでっ」
そう言って、彼女は白い両手で顔を覆う。
「あの……別に怒ってないったら」
「でも、私に腹が立ったでしょう?」
「そ、そりゃあちょっとは。でもそんな泣くほどのこと――」
「何をしている」
低く、甘美な声にドキリとした。顔を上げれば案の定、今一番顔を見たくない彼の姿があった。
「ジェイ」
「ジェイ様ぁっ」
フィオナは涙を流しながらジェイドの胸に飛び込み、肩を震わせてしがみつく。まるで猛獣に襲われかけた子リスのようだった。
「フィオ、泣いているのか?」
ジェイドは心配そうにフィオナをのぞき込む。
「ルナさんが……っ、ルナさんが。私のことが、腹立たしいと……。私はただ、仲良くしたいだけでしたのに……ヒドイ」
(は、はいいい?)
フィオナの言いぐさに、ルナは口をあんぐりと開けた。
「本当なのか」
「た、確かにそんな事を言ったけど、でもあれはフィオナさんが」
「ほらジェイ様、お聞きになって? ルナさん、どうして私のせいになさるの? どうして……っ、私、一生懸命謝りましたのにっ」
声を上げてむせび泣くフィオナ準皇女に、ルナは言葉を失った。
(な……何なのこの子)
訳が分からない。
ジェイドは自分の胸にしがみつくフィオナの髪を撫でながら、幾分失望を含んだ目でルナを見やった。
「フィオは育ちのせいで世間知らずなところもあるが、悪気があるわけではない。何があったか知らんが、こんなに泣いているんだ。少しは大目に見てやれ」
「ジェイ様ぁ……、ひっく」
「お前ももう泣くな、フィオ」
ジェイドは長大息して、未だに泣き止まないフィオナを優しくなだめながらその場を後にした。
「あのねぇ、ジェイ! 私は」
「その呼び方と話し方……別れたのなら変えるべきだろう」
「……失礼致しました。皇太子」
二人の背中を見つめながら、ルナは嚥下しきれない思いに拳を握る。
「何アレ…………。本当に何アレ!? ジェイもフィオさんも! もうどうにでもなりなさいよーっ!」
ルナは怒り心頭に発し、人目も憚らず天空に向かって力の限り叫んだ。
「あ、ルナ先輩! 何してんスか。探しましたよ」
ルナは未だ怒り冷めやらぬ中、今度は何だ、とキッと声の方を見やる。長身でかなり端正な顔の金髪青年が自分に手を振っているのが見えた。
金髪青年は、顔こそ相当に整っているが、ジャラジャラつけられたピアスやらネックレスやらからして相当な軟派男に見える。しかし、手首にはしっかりとウロボロスを模した銀輪が光っていた。
堕天使族のクロスバード・レイ・ジョルジー。外見とは裏腹に無邪気で優しく、そしてかなりの秀才だった。
「シュリ先輩、こっちこっち!」
クロスが大声で別の少年を手招きして呼ぶ。
「ルナ、見つかったの? というか煩い、クロス」
やけにダボダボの服を着た、まだ十代前半とおぼしき小柄な少年がクロスに呼ばれて姿を見せる。
見た目は青学舎に通っていそうな子供のようだが、歴とした特級医術師。ルナの同期、シュリ・オーグ・ジーグレードであった。
シュリの人形のように綺麗に整った顔の左目は無造作に巻かれた包帯で隠され、右の水色の瞳の美しさがより際立つ。木乃伊族の血を引く白帯族の風習なのだという。
「何か私に用!? 碌な用事じゃなかったら許さないからッ。今私は、激しく憤っているのっ」
「な、何いきり立ってんスか先輩……」
完全に引いている美青年クロスに、「別に」と鼻息を荒げる。
「それよりルナ、今から集まれるか?」とシュリ。
「え、今から? あ……そっか等級査定がもうじきだっけ。まだ発表内容も決まってないんだったわね」
特級医術師は、年に一度、審査委員会による査定が行われた。一年間の研究成果を医班で発表し、そこで再度、医術師等級の審査がなされる恐怖の日だった。
「もうじきっつぅか、一週間後ッス」
にっこりと、女を瞬殺する微笑を浮かべてクロスが言う。
「そうね。あと一週……え?」
ルナはクロスが言ったことと、自分がオウム返しに口走しろうとしたことの意味をよくよく考え、頭が真っ白になった。
「え、えええええええ! 一週間!? 去年はあと一月あったでしょ!?」
「今年は来月に協会創立記念祭をやるからって一月早まったろ。ルナ、知らないの?」
「知らないわよ、いや、知ってたけど忘れてたわよ! っていうか、あんたたち何で知っててそんなのんびりしてんの!? 馬鹿なの?」
「俺、一応青学舎医術科は首席で、医科大学舎は二席で卒業したんで、馬鹿ではないッス」
「その返答が既に馬鹿!」
「僕は医科大も首席だった」
「じゃああんたも馬鹿っ!」
ルナは頼りがいがあるのか無いのか分からないメンバーに、頭痛を覚えて額を押さえた。
「はあ……で? ヴィンは?」
医班は四名で構成される。ルナはこの場に見当たらない、もう一人の班員の名前を挙げた。だが、途端にクロスが綺麗な眉間に皺を寄せる。
「あいつには期待するだけ無駄っスよ。天才か百年に一度の逸材か知んねーッスけど、単独行動ばっか。医療はチーム戦だってのに、一人で何でもできるってツラしやがって……調子コキすぎ」
「クロス」と、何かに気づいたルナがクロスの言葉を制止しようとする。
「だから難民出身のくせにって馬鹿にされてハブられるんッスよ。ほんと、自業自得ッスよねぇ」
「クロス!」
「なら、その難民出身者に歯が立たねぇ、てめぇら貴族は何だってんだ?」
話題に上っていた人物。ヴィンセント・イムステリアがそこにいた。
殺気立つような目つきと口の悪さはあるようだが、じっと黙っていれば目鼻立ちの整った良い男だった。
「ちょっと待って、ヴィン!」
踵を返すヴィンセントの腕を掴もうと、ルナが手を伸ばす。
「俺に触んじゃねぇ」
振り返ったヴィンセントの紺色の瞳が一瞬で血のように赤く染まり、視線を血濡れた刃のように突き立てる。
その眼光の強さに、ルナは正直ゾッとした。
伸ばした手を大人しく引っ込め、ヴィンセントの姿が建物の向こうに消えるのを見届ける。
「鬼才を持つ孤狼」――彼がそう呼ばれている理由がよく分かる。
将来は特級医術師の多いノーアルでも異才を持つ、ランス総帥とアルキスという双璧と並び称されるであろうとまで言われる男だが、その能力の高さと社交性の低さから、大勢の医術師らに嫌煙されていた。
でも、少しでも同班の自分たちに心を開いてくれてもいいのに、とルナは気を落とす。
自分よりかなり背の高いクロスを見上げた。
「クロス? さっきのは言い過ぎだわ」
「俺、別に間違ったこと言ってないしぃー。謝んねぇっスから」
意地を張るようにクロスは綺麗な顔を背ける。
(あーあ。こりゃ来年は四人まとめて降格だわ)
降格すれば与えられている高額な研究費は無くなり、極秘文書も目にすることができなくなる。加えて、医術用腕輪の質が落とされるために、思うような治療ができなくなるのである。
ルナとしてはそれが一番の懸念材料だった。
彼ら三人を最初に見たときは、あまりの美麗さにルナは単純にも一瞬、喜んでしまったが、世の中そんなに甘くはない。
「でもルナ、本気でこの先どうするの? 別に俺たち三人で発表すればいいだけの話だけど」
見た目とは裏腹に、シュリが一番大人だった。
「そうね。ヴィンは協調性こそないけど、医術……とくに術開発に関しては天才的で、将来は国を代表するほど優秀な研究師になれる素質があるわ。彼がいたほうが、もっと良いものができる。だから発表は、ちゃんと四人でしましょう。それでいいわね、クロス」
「……ルナ先輩がそう言うなら」
どこか罰が悪そうなクロスを、シュリは熟視する。
「お前、特級女誑師なんて呼ばれてる割に、ルナには素直だな」
「え!? そ、そんなことないッスよ……! 変なこと言わないでくださいよ、シュリ先輩」
クロスが白い頬を紅くしてワタワタと手を振る。
「いいじゃない、素直で可愛くて」
「可愛いってほら……俺ルナ先輩に褒められてるッスよ、シュリ先輩!」
顔を赤くし、有頂天になってバシバシとシュリの背中を叩いていたクロスは、シュリの「痛い」の一言とコメカミの血管に青ざめて手を止める。
「兎に角、シュリはともかく、クロスは初めての査定でしょ? ここを突破しないと、一年以内に降格した者はまた医科大に逆戻りよ。とりあえず私がヴィンを追いかけてくるから、二人で大まかにでも考え始めてて。シュリは去年受けたことあるから、クロスに要領を教えてあげて」
「はーい」
本当に分かっているのかと思うほどに気のない返事が返ってくる。
「じゃあさっそく、購買部でチーズワッフル買ってこいよクロス」
「さっそく何!? パシリっスか!?」
二人の気の抜けたやりとりにルナは肩を落とした。失恋で落ち込んでいる暇は無いらしい。
「あれ? どこへ行ったのかしら、ヴィン。全く、世話が焼けるんだから。青学舎の生徒より手がかかるわ」
さっき建物の向こうへ行った所を見届けたばかりだというのに、完全に彼の姿はない。かといって、これ以上だだっ広い敷地内を探すのは時間と労力の無駄に思えた。
「仕方ないわ、一旦戻るしか」
「何してるアルか?」
クロスとシュリの元へ帰ろうとして振り返ったところに、誰かが立っていた。
「シ、シャオっ! びっくりさせないで。ちょっと人探し」
「俺もアル。今、見つかったけど」
と消明がルナを指さす。
「え……私? あんたに探されるって、嫌な予感しかしないんだけど」
「晩飯デートに誘いに来た」
「デ、デート? 私とあなたが?」
「ああ。フリとはいえ、たまには恋人らしいことをしたいアル」
なぜ唐突にそんなことを。ルナは心中で首を傾げる。
「折角だけど、私は忙しいの。等級査定が控えてるから、遊んでなんていられないわ。また今度ね」
「ジェイド皇子たちからの提案アルよ」
「――っ!」
思わず、駆け出そうとした足が止まる。
「ダブルデートらしいアル。じゃ、今夜空けておけ。ドレスコード忘れるな~、エロいの着て来いよ」
「ジェイたちが……」
先ほどあんな事があったばかりだというのに、どういうつもりだろう。
婚約者との仲を自分に見せつけるためなのだろうか。
自分でジェイドから離れたのに、そんな風に嫉妬する自身がとても嫌だった。




