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緋色の月を愛でる夜は――  作者: 二上 ヨシ
第一章  ~ポエニクスの涙を探す~
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11.ノアールの真実と魔界神話(後)

「お、クロエ先生ではございませんか! ゲロ」

 資料庫を出てすぐ、宮内医術師らに出くわし、ルナはげんなりした。

「最悪だわ」

 すぐさま踵を返して廊下を早足で進むが、青蛙族やら木乃伊(ミイラ)族の医術師らが嬉々としてぞろぞろ後についてくる。二級医術師を追い回す彼らの手首には、一級の証である赤の腕輪が光っている。下級医術師に胡麻をる一級医術師など、滅多に見られるものではない珍妙な光景であった。

「あの、私忙しいんですけど」

「ならば我々がお手伝いを!」

「そうですとも、どーんと頼ってくだされ!」

 元銀輪の医術師をバックに従えたルナとの急接近に、ジェイドが次期皇帝になる可能性が高まったと踏んだのか、ルナを取り巻く連中が日に日に数を増やしてゆく。

「それにいたしましても、徐々に良くなっているとはいえ、三の皇子が完治するには余程時間がかかるようですな」

「ええ、魔力疾患性の未知の病ですから。下手をすれば感染の恐れもありますし、慎重に進めて損は無いでしょう」

 適当に答えたが、医術師らは「ほう、なるほど」と感心したように何度も唸ってメモを取る。

「しかし閣下もさぞかし憂虞ゆうぐしておられるでしょうなぁ。こんなとき、半人族を実験台にすれば、もっと早期に治療法が見つかるでしょうに」

「……実験台?」

 思わず足を止めて振り返る。豚のような顔をした医術師の言い出したことに、ルナは耳を疑った。

「い、いえいえこれは未定の話ですがね」

 湿っぽい大きな鼻をひくつかせながら、豚顔の医術師は仕事をする周囲の使用人に聞こえないよう、声を潜めた。

「御存知ありませんかクロエ先生。実はアナベル様のご提案で、半人族を医術実験台として活用することを許可しようと言う動きがございまして」

 生臭い吐息に閉口しつつ、アナベルとは、確か第二皇子の実母だったはずと記憶を辿る。

「未だ実現に至ってはいないものの、近いうちに法案が通るのではないかともう、もっぱらの噂でございますのです」

 井戸端会議を楽しむ婦人らのように、声に抑揚をつけては煽るような口調で語る。

「いやはや、アナベル様は半人族がよほどお嫌いと見える」別の牛顔の医術師が顎の髭を撫でながら口を開いた。「半分は我々と同じ血が流れているというのに、すでに宮廷内からは徹底排除なさっておいでだ。近々この帝国も、半人族には住みにくくなりましょう」

「ま、純血の我々には関係ございませんが」

 ゲラゲラと笑う彼らに、ルナは眉を寄せて唇を噛み、拳をワナワナと震わせた。

「何が可笑しいの……」

「え?」

 ルナの怒気を感じた周囲が、一瞬にして凍り付く。

「半人族だって生きてるのよ!? それを……実験台ですって? はああ? ふざけるんじゃないわよ! あんたたちを実験台にしてあげましょうか? ええ!?」

 青蛙族の医術師の襟をつかみ、前後に強く揺さぶった。

「ぬほほほほ、お、お、おおっしゃる通りにございます!!」

 ルナの剣幕に、周囲の医術師らはガタガタと体を震わせた。

 

 ○$○$○

 

「ったく、信じられない!」

  井戸のそばに屈み込み、桶の中の白衣を力を込めて洗濯板にこすりつける。

 アルキスから医術道具はしっかり自分で清潔に管理するようにと躾られてきたルナは、白衣だけは洗濯を侍女たちに頼まず、自らの手で洗っていた。相当骨が折れるが、これも医術に対する敬意の表れであった。

「あんたもそう思うでしょ、シャオ」

 ルナの後ろにしゃがみ込んでいた消明が、心から驚いたように目を丸くして顔を覗かせる。

「あれ。何で俺だって分かったアルか?」

「こんなことするの、あんたしかいないでしょ」

 未だ尻に置かれた手を、泡だらけの手で思い切りつねってやった。イテテと手の甲をさすりつつ、彼はからかうように、

「ルナ、顔が真っ赤アルよ」

  無視を決め込むルナの耳元で嬉しそうに囁く。

「まさかぁ……男にこういうことされるの初めてアルか?」

 

 

「み、鳩尾(みぞおち)……っ」

 腹を押さえて身悶える消明を尻目に、ルナは涼しい顔で洗った白衣を干す。アルキスに教えてもらったように、慣れた手つきで丁寧に皺を伸ばしていた。

「ルナは酷いアル」

 復活したらしい消明が、ガーデニングチェアに足を組んで座ると、洗濯に勤しむルナ懲りずにをにこやかに見つめた。しばらく自分のそばに居座る気まんまんらしい消明に、宮仕えの料理人のくせに、夕餉の支度もせず何をしているのかと思う。

 しかし顔だけはやけに良さそうな男。無駄に綺麗な容姿を買われ、上流階級の貴婦人にでも可愛がられているのかもしれない、と少々下世話な勘ぐりをした。

「第三皇子は最近、目に見えて良くなってきたみたいアルな」

「そう? 良かったわね」 

 消明は顎を乗せていた手から顔を上げた。

「違うアルか?」

「お生憎様。医術師には守秘義務があるの。患者がどうこうなんて、ペラペラ喋るわけないでしょ」

 素っ気ない彼女の物言いに、消明は口をとがらせた。

「奴隷のくせに生意気アル」

「だから誰が奴……っ」

 だがそこでハッとした。それほど気にしていなかったが、この男には自分が半人族であるということが知られているのだ。

 この宮廷内において、そんな秘密を握られたことがどれだけの過失か。

 ――半人族を実験台に使えば

 医術師らの言葉が思い返され、ルナは皺を伸ばしたばかりの白衣をギュッと掴んだ。

 消明は一見脳天気そうだが、その実、腹の底では何を考えているのか分からない。

「ねえ、シャオ――」

「そうそう、いいもの持ってきた。俺特製の包子(パオズ)アル」

「いや、そうじゃなくって……」

「心配するな。超うまいアル!」

 この男と話しているとかなりの体力を消耗する。まるで霞のように掴みどころがない。

 しぶしぶ強引に差し出された蒸籠せいろへ視線を落とす。中の肉まんの閉じ口には、小さな薔薇が結び付けられていた。人参に包丁を入れて作ったものらしい。やけに精巧な作りに、ルナは自然と笑みが零れた。

「シャオ、あんたって無駄に手先器用なのね」

 彼はむふふと笑う。

「そんなに触られ心地が良かったアルか?」

「そっちじゃないわよッ!」

 イヤらしい手つきで尻に近づく手をこれでもかというほど、強く叩いてやった。

 ちょうど疲れて小腹が空いてきていた頃で、少々イライラして疲れていたこともある。 消明の心遣いがありがたかった。

 椅子に腰掛け、受け取った蒸籠せいろをテーブルに置いて覗きこむ。白い湯気がじんわりと舞い上がり、生地は餅のように柔らかそうでキラキラと輝いていた。

 未だ熱いそれを一つ手に取り、大きな口を開けてほおばる。油たっぷりの肉汁が、口いっぱいに広がった。餡だけでなく、生地まで甘くておいしい。 

「うん、おいひい。あんた天才!」

「知ってるアル」

 満面の笑みを浮かべるルナに、消明は細めていた目を僅かに見開いた。

「お前、本当は二級以上の実力があるんじゃないアルか? でも出生故にそれ以上には上がれない」

 ルナはやや冷静になりながら、

「あんたって、他人の秘密探るの好きよね」

「秘密は大好きアル。特にお前のは」

 消明は中華帽をゆっくり右へ回すと、普段はお札で隠れている彼の面貌の全てが露わになった。

「――っ」

 漆黒の瞳は思った以上に純度が高く澄み切っていて、浮かべている微笑みは、思った以上に胸をざわめかせる。想像していたよりもずっと、遥かに眉目秀麗な男だった。

「いい男だろ」

 涼しげな目元を弓なりに曲げ、軽く首を傾げた。闇夜のような純黒の髪が、さらりと彼の頬を撫でる。それにまたドキッとした。

「じ、自分で言った時点で半減したけどね」

 一瞬でもときめいてしまったことを悟られないよう、彼が肉まんと共に持って来ていた茉莉花茶(ジャスミンちゃ)を口にする。しかし彼はすでにそんなことはお見通しなのか、帽子を脱いでくるくると指の先で回してルナを見つめる。

「ノアールって知ってるアルか?」

「藪から棒に何? ええ勿論知ってるわ。変な医術師たちの組織でしょ」

「医術師時代に、どこかでこんな話を聞いたことがあるアル」

 消明は再び帽子をかぶると、少し冷気を帯びた風が札を撫でて通り過ぎた。

「銀輪の医術師と言われる特級医術師らは、その操る魔術の高度さと特殊さ故に、高い地位と引き替えにして、各国内でほとんど飼い殺し状態にされていた。どこへ行くにも誰に会うにも領主への申請を必要とされ、誰を看るかすら自由に決めることは許されない。たとえ死にかけの孤児を助けたとしても、許可がなければ褒められるどころか処罰を与えられた。彼らはその地の領主の言うがままに治療を行う、いわば医術奴隷アル」

「奴隷」の言葉に、少々ショックを受けた。

 この帝国内に限らず、銀輪の医術師というものが特殊な環境下に置かれてしまうのは知っているが、それほどまでなのかと耳を疑う。

「そこで特級医術師らは立ち上がった。自分たちの持つ高度な医術をもっとより多くの患者たちに届けよう。患者のいる所どこへでも足を運び、国や身分による医術の格差を無くそうと。特級医術師協会はそういう理念の下、創立されたアル。国を亡命する際に、見つかって処された者も多くあったらしいアルけどな」

 正直に言って、ノアールについてルナはほとんど何も知らない。彼らに関する文献もまず手に入らず、『怪しい』『妙な組織』という情報しか入ってこない。だからルナも、ノアールに対してよい感情を抱くことはなかった。

 しかし、彼らの創立理念には強い共感を覚えた。ルナが特級医術師になりたいと願うのも、全く同じ理由から発生するものであるからだである。貴族らが一級医術師を何人も囲う一方で、貧困街では軽い病気から死に至る者も多い。その状況を打破したいというのは、医術師を志した時からの望みだった。

「この国で特級医術師になろうとも、お前の夢見ているようなものは手に入れられない。帝国がノアールを悪者扱いするのも、将来の特級医術師、自分たちの医術奴隷を逃さないようにするため。どれだけ帝国が甘言を囁こうと、特級医術師になった瞬間、お前の手首の腕輪がお前を縛る首輪に成り下がるだけアル」

 思わず自分の手首の腕輪を押さえた。

「そ、それは昔の話でしょう? すっかり特級医術師に逃げられた今なら、帝国だって反省して、特級医術師たちの扱いも変わってるわよ」

「だったらなぜ、この国の特級医術師はここを亡命したまま戻ってこないアルか?」

「裏切り者として罰を与えられるのが怖いとか……」

 勢いが衰える。

 彼の話に疑いを向けながらも、もしかしたら……という心理が働いているのはルナ自身も気づいていた。そしてそんな心の中を、彼の漆黒の瞳は全てを悟っているかのように見える。

「それにノアールは実力主義。あそこへ行けば、魔族も半人族も関係なく、優秀でさえあれば銀輪が与えられる……って聞いたアルよ」

 トクンと胸が高鳴った。

「そう……なの?」

 ノアールに所属していたはずのアルキスからは、一言たりともそんな話を聞いた覚えはない。もし消明の言っていることが真実なら、これ以上のチャンスはないかもしれない。

 しかしノアールは、皇子に呪詛をかけているのではないかと疑っている組織。話を聞いて心をぐらつかされたことを苦々しく思った。

「でもそんな又聞きした話、信用できるかどうか怪しいわ。やっぱり私は、そんな胡散臭い組織になんて入りたくない」

 雑念を振り払うかのように、ルナは三つ目の肉まんを頬張った。


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