序章
「まだか……まだこの連合帝国第三皇子の病名が分からぬのか」
帝国の中心にある城市の中央に、小山と見紛うほどに高く、周囲を睥睨して聳え立つ宮廷があった。数千年、数万年とも言われる歴史を誇る巨城のとある一室は、粛然とした趣に満ちる。
神妙な面持ちで大理石の真円テーブルを囲む十三名の誰もが、時を感じさせる眉間に、ますます深いしわを刻んでいた。
髑髏族出身の元老院議長はひとつため息をつくと、己の長い白髯を撫でながらゆっくりと着座する議員の面々を一望する。
しかし、亡者族の口煩い老人も、豪勇の士と言われた獅頭族の元英雄も、魔神族の博識高い尊老も、誰もが意見を求められるのを拒むんでそっぽ向いたり、何か懸命に書いているふりをしてこの現実から逃避している。
何たることだ、と議長はまたため息を漏らした。
このメンバーは隣国との大戦の渦中であろうと、国家を二分しかねない内紛の瀬戸際であろうと、史上最大の飢饉の真っ只中であろうと、血気盛んな猛牛の如く高見を噴出させ、勇躍として働いた優秀な国の頭脳である。それが、この問題に関しては、まるで臆病な羊の如く大人しく収まっているのだ。
この元老院を二世紀に渡って纏め上げてきた議長も、すでに期待するのを半ば諦めていた。
今日だけでもかれこれ二時間は話し合っているが、結局行きつく先は『どこかに良い医者はいないのか』で、それより先が見つかる気配すらなかったのだ。
「最近、余命のことに気付かれた三の皇子のご乱心ぶりは目に余る」
「この間も家臣を剣で脅して踊らせたり、我々の胸像を破壊したり。……わしのが一番酷かった……」
「このままでは、皇帝閣下のお怒りが我々元老院に向かうのも、そう遠い日の話ではない」
「そうなれば全員牢獄行きだぞ」
「しかし何人の有名な医術師を呼んだと思っている。その全てが匙を投げたではないか」
「ならばせめてどこかの姫と結婚していただき、御子だけでも授かれば閣下も……」
新しい意見の登場に、皆一瞬ハッとしたように面を上げる。だがすぐさま、
「いやいや、中々良い視点だがそれもダメだ。三の皇子は元より女を対等な話し相手として見ておいでではない。従前より女を蛇蝎の如く嫌い、隣国の姫とすら口を聞こうともなさらない有様ではないか。無理に成婚いただいても、御子が授かる望みは薄い」
広間は元老議員たちのため息で満たされ、大きな混沌が渦巻く。議長が行き場のない指を、美髯を撫でて遊ばせた。
「三の皇子の結婚相手に相応しい家柄の、医術師の資格を持つ令嬢さえいれば方法はあるのだが……」
議長らには何かしらの腹案があるようであった。しかしその為の条件が高すぎる。
「ならば、今日のところはこれにて……」
最近お決まりになった幕引きの文言を口にしかけたその時、乾いたノック音が鳴り響いた。
「お伝えします、元老院様宛の伝言を受領いたしました」扉越しにくぐもった声。
「そんなものは後でよい!」
「いえ、ですが……医術師の資格を持つ名家の令嬢を紹介したいとのことで」
元老院議員たちは一人残らず、年を忘れて跳ねるように立ち上がった。
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