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手紙届けます

作者:

発掘された小説 その3

目が覚めて覚えていたことは二つ。

私の名前が海ということと・・・・。

手紙を届けなければいけないということ。

それ以外のことは真っ白な霧に覆い隠され、見つけ出すことが出来なかった。


 カンカン照りの太陽の下、軽快にバイクを走らせていた私だったけど突然黒い煙を吐き出したバイクに慌てて止まる。止まると同時にぼんと大きな音がして黒い煙がエンジン部分からもくもくと立ち込めた。

 完璧、故障した。エンジンを調べるまでも無く明白に黒煙が私にそれを伝えてくれた。


 「もうっ!このぽんこつ」


ガンと蹴ってもバイクはウンともスンとも言わない。ガギを回してもエンジンがかかりやしない。


参ったな・・・配達先までまだかなり距離があるのに・・・歩くの?歩くのか私?


肩に下げたショルダーバックの中身を考えてご臨終してしまったバイクを見て私は覚悟を決めた。


 「ええい。私だってプロの郵便配達員!人工知能搭載のバイクなんてもらえない廃車寸前のオンボロバイクを支給されていたとしても郵便配達員。バイクが本当の廃車になろうとも手紙を配達する気持ちは誰にも負けないわよっ!」


気持ちを鼓舞してバイクを押すがじりじりと照りつける太陽が容赦なく私の気力と体力を奪っていく。

 わぁ・・・・辛い・・・・・。

だらだらと汗が顎を伝うのを手で拭うけどそれでは追いつかないぐらい汗が流れている。

 つ、辛いよ・・・何の修行なのこれ?

暑さもさることながら走れないバイクがかなり邪魔、普通に歩くよりも数倍邪魔。でも会社のだから放置していくわけにも行かない。

そんなことをしたら確実に盗難にあう。

手紙で一杯の鞄から地図を出して目的地である村の位置を確認する。


 「えっと・・・・ここがこうであ~~だから・・・・」


逆算して確実に村に着くのは夜になる。


 「バイクが動けば日が沈む前には着くはずだったのにな・・・・」


歩くかと諦めにも似た気分で再びバイクを押そうとした私の後ろで甲高い車のクラクションの音がして私は足を止めた。

振り向くと遠くに一台の軽トラが見えた。

軽トラは見る見るまに近づいてきて私の追い越し、止まる。

車の窓が開き運転席に座る男が私に声をかけてきた。

運転手はまだ若い。街で何か売ってきた帰りなのか荷台には空の籠は乗っけられているのが見えた。


 「お穣ちゃんこんなところでどうした?バイク、故障したのか?」


 「そうバイクが急に壊れちゃって・・・この先にある村に手紙を届けに行く途中なの」


男に見えるように肩に下げた鞄を上げると男はちょっとびっくりしたようにまじまじと私をみた。


 「手紙っていうとお穣ちゃん郵便配達員かい?」


あ、またこの反応だわ。

慣れたとはいえ私が郵便配達員だというと大抵の人が驚くんだよね。

永い間続いた戦争が数年前に終結したとはいえまだまだ治安が悪いのは事実。盗賊やならず者なんかの被害が後を絶たない中場所か場所へと移動する郵便配達の仕事は危険が常に付き纏う仕事だ。

だから郵便配達員は身を守ることができる男性が多い。

私みたいに女でしかも十代の郵便配達員は珍しいのだ。


 「ええ。そう。私は郵便配達員よ?証拠にほら、郵便配達員の腕輪をしているでしょ?」


公社から支給されている郵便配達員を示す刻印入りの腕輪を見せると男は納得したように頷いた。


 「へぇ~~。確かに本物だ。しかしお穣ちゃんみたいな女の子の郵便配達員は初めてみたよ」


本気で関心したように何度頷く男に今度は私の方が質問する。

もしかすると・・・。

 「もしかして貴方この先にある村の人?」


 「うん?ああ、そうだよ?街に野菜を売りに行った帰りなんだ」


よっしゃ!ついてる!

思わずガッツポーズで喜んでしまう。


 「ねぇねぇ!私も村に行くから乗せてってくれない!」


まさに神の思し召し。

炎天下の中バイクを押す苦業から逃れられそう!


首尾よく了承してくれた運転手のお兄さんに感謝感激しつつバイクを荷台に乗っけて私は車上の人になってご満悦であった。

がたがたとあで道を行く軽トラの振動に合わせてバックミラーにかけられた不恰好なウサギの人形が揺られていた。

本当に不恰好だ。長い耳がついているから辛うじてウサギだと判断できるが綿ははみ出ているわ縫い目は雑だわ作った人間はよほど不器用な人物だったのだろうことを察せられる出来栄えの人形だった。

じっと見ている私に気付いたお兄さんが苦笑いをしながらタバコの箱を取り出し吸って良いか聞いてくる。

頷くと窓を開け、器用に片手でライタを操りタバコに火をつけると上手そうに煙を吐いた。


 「昔話を聞いてくれるか?」


長い道行の暇つぶしにでもさと笑ったお兄さんに私は黙って頷いた。

お兄さんは少しだけ遠い目をしてから語り出して私はそれに黙って耳を傾けた。

それは戦時中、お兄さんが軍に徴兵されて戦っていたころの話。

手先も性格も不器用な少女と手先と口先だけは器用な青年の不器用な物語。


 今よりほんの少し前まで戦争があった。

どんな理由で始まったのかなんて誰も覚えていない戦争。だけど色々なものを壊して奪って変えてしまった戦争。

そんな戦争は誰が勝って誰が負けたのか分からないまま終わりを迎えるのだがお兄さんの話は戦争が終わる少し前のことだったらしい。

その時お兄さんは狙撃兵としてある部隊に所属していた。

そして敵兵を狙い撃ちしていたのだそうだ。

毎日毎日スコープを覗いて敵兵がスコープに入ったら引き金を引く。

繰り返すことは同じ。

覗いて引いて殺す。それだけ。

 「俺は器用だったから隊の中でも一番の狙撃手だったよ」


そう言ってお兄さんは酷く自虐的に笑っていた。


 「その村に着いた頃は俺、もう引き金を引くことに何も感じなくなっててさ・・・スコープに映っているのが俺と同じ人間だってことも感じなくなってた。今思うとすげぇ怖い思考だったよ」


そして各地を転々としてそしてお兄さんの所属する隊は一つの小さな村に数日滞在することになった。


 「本当に小さな村でさ軍に男手取られていたのがじいさんばあさんと女の人と子供だけ・・・・俺たちはそこで少しの間休憩を取ることになった」


お兄さんが一息ついていると遠くでなにやら物凄い形相で手元を凝視している少女が一人、ぽつんと座っているのに気付いた。

あわわっと感じで何かを慌てて抜き取ろうとしたり逆に「しまった!」って顔で急いで側に置いた箱から何かを探している。

その様子が余りにも可笑しくてお兄さんはライフルを抱きかかえたままその少女を見ていた。

と不意に少女がお兄さんを見た。

そして・・・・・・・。


 「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!何見てんのよ!」


目が合うなり真っ赤な顔で叫ぶと手に持っていた何かを思いっきりぶん投げてきた。


 「のわっ」


反射的に避けたお兄さんのすぐ側で「どすっ」という思い音。

恐る恐る音の方を見るとそこには地面に突き刺さった裁断バサミ。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

驚きのあまり黙り込んでしまうお兄さん。


 「えっと・・・・・」


視線を少女に戻すと少女の姿は影も形もなかった。


 「正直すげぇ逃げ足の速さだと思ったよ」


くくっと笑うお兄さんは本当に楽しそう。よほど可笑しかったらしい。


 「とりあえずその裁断バサミは俺が拾って次の日同じ場所に行ってみたんだ。逢えるかと思ったかって?どうだろう。その時はただの気紛れが強かったと思う。だけど俺が行ったらあいつは昨日と同じ場所にいた」


昨日と全く同じ距離で対峙したお兄さんと少女はしばし言葉もなくにらみ合ったのだそうだ。 にらみ合ったといっても一方的に睨んできたのは少女の方でお兄さんは結構余裕の表情だったらしい。


 「・・・ハサミ」


 「うん?」


 「ハサミ返しなさいよ!」


少女の怒鳴り声にお兄さんは手の中にある裁断バサミをクルリと回転させる。


 「これ?」


 「そうよ」


 「取りに来れば?」


ちょいちょいと手招きするお兄さんに少女は戸惑ったように視線を彷徨わせた。

見知らぬ男。しかも兵士に近寄りたくはないのだろう。

ほんのちょっと残念な気持ちを抱きつつお兄さんはハサミと気紛れに作った贈り物をその場にそっと置いた。


 「ここ。おいていくから俺が居なくなったら取ればいいよ」

 

それだけ言うとお兄さんはくるりと背を向けてその場を去った。

少女がそれを受け取ったのかどうかは確認しなかった。

 

 「それで終わりのはずだったんだけどな・・・・どうしてかまた同じ場所に足が向いたんだよな・・・」


別に何か期待したわけではなかった。

なのにお兄さんの足は自然にその場所に向かっていた。

そして出会ったときと全く同じ場所に立つ少女を見つけた時は素で驚いた。

そしてその腕に昨日即興で作ったビーズの腕輪が嵌められているのに二度驚く破目になった。

そして二人は三度同じ距離で対峙することとなる。

そして最初に口を開いたのはやっぱり少女の方だった。


 「・・・・・あんた、私に挑戦状を叩き付けた?」


 「は?いや、そんなものを叩き付けた覚えは全然ないけど・・・」


 「嘘よ!だったら何この見事な出来栄えの腕輪は!不器用な私に対する挑戦としか受け取れないわよ!」


その後津波のように続いた彼女がいかに不器用かの説明というより愚痴にお兄さんも口が挟めなかった。

分かったのは彼女が他に類を見ない不器用でここには一人でこっそり裁縫の練習をするために来ているのだということだ。

そして語るだけ語ると少女ははっと表情を強張らせた。


 「な、な、あんた私の弱みを何聞いてんのよ!!」


 「えっ!自分で語ってたよね!」


いきなり鬼の形相を浮かべる少女が本気で怖かった。

 

 「なんかさ・・・自分でぺらぺら喋っておいて怒るんだぜ?本気で首絞めに掛るし・・・あんときは彼岸を見たよ・・・」


お、お兄さん目が本気でうつろですよ?

危うく口封じされかかったお兄さんだったがどうにかこうにか少女を落ち着かせることに成功した。


 「げほげほっ・・・こ、殺されるかと思った・・・」


 「いいこと。一言でもここで聞いたこと喋ってみなさい殺すわよ」


 「わぉ・・・おっそろし~~~~」


再び首を絞められるお兄さん。どうやら感情が高ぶると少女は人の首を絞める癖があったようである。はた迷惑。

 

「げほげほげほっ・・・・」


咳き込むお兄さんの視線の先に作りかけの人形らしきものが目に入る。

ウサギ・・・なのだろうかこれは?

白い布で作られたそれはウサギらしいのだが全体的に歪で構造上有り得ない器官が追加されたように見える。

しげしげとそれを見ていると少女が真っ赤な顔でそれを速攻自分の背中に隠す。

 

 「な、何見てるのよ!」

 

 「なるほど確かに不器用・・・・げふっ!」

 

容赦なく殴られ沈黙させられるお兄さん。


 「わ、悪かったわね!不器用で!」


 「いや・・・ごめん。鼻血止まらないんですけど・・・」


 「え、ちょ・・・本当にすごい血が出てんだけど!!」




 「その後血がなかなか止まらなくてまいったよ」

 

 「いや。遠い目して話すことが鼻血って・・・・」

 

そこは省こうよ。お兄さん・・・。


 「で、まぁそんなこんなで何となく和解しちゃった」


 しちゃったってあんたそんな・・・・。

 どう反応していいのか分からない私にお兄さんはくっくっと喉の奥で笑う。


 「まぁ、何となく一緒にいた。あいつ本気で不器用でさ~見てらんなかったから俺が裁縫教えてやったりして・・・・だけど、すぐに俺が村を離れる日がきた」

 

それは最初から決まっていたこと。

わかっていたのにその日を迎えることがどうしてか先延ばしにしたくて仕方が無かった。


 「明日で行くんだね」


 「おう」


無意味に視線を合わせずそれだけ言葉を交わす。他は何も言わない。


 「もう、逢えないね」


 「・・・・・・・・」


 どうしてだろう。どうして寂しいのだろう。

 ほんの数日前まで互いのことを知らなかったのに。

 今だってそう、知っているわけでもないのに。

 酷く離れがたくなっているのは何故?


 「・・・寂しい・・・・ね・・・」


 泣きそうなその一言に頭より身体の方が先に動いた。

 気付いたら華奢な身体を力一杯抱きしめていた。


 「?!」


 「俺も・・・」


 言葉はすんなりと出た。


 「俺も寂しい」

 

寂しい寂しい。逢えなくなるのが笑顔が見れなくなるのが話せなくなるのが触れられなくなるのが・・・・。

 

君が隣にいなくなることがこんなにも寂しい。

少女は泣いていた。

お兄さんも泣いた。

どうしてこんなに胸が痛いのか。

どうして悲しいのか。

理由が分からなくてだけど互いの側にいられないことが寂しいことだけはわかって泣いた。


 「この人形はさ、あいつがくれたんだよ。いや正確には貸してくれたかな。いつか絶対に返しに来いって俺の作った人形と交換したんだ」


 「戦争が終わって逢いにいったの?」


 「行ったよ。だけど、村が無くなっていた」


 「無くなったって・・・」


 「俺らが去ったあと敵さんがやってきたらしくてな。村人は殆ど殺されたらしい」


 私は黙った。

 お兄さんもそれ以上は何も言わなかった。

 村に着くまで二人何も喋らなかった。

 ウサギの人形だけが静かに揺れていた。



 「到着と!お兄さんありがとう!」


 「いえいえ。どう致しまして・・・とバイクの修理は大丈夫か?」


 「大丈夫。道具さえあればメンテナンスできるだけの知識はあるから後で誰かに道具を借りる。とその前に仕事を終わらせないと・・・あ。そうだお兄さんの名前教えてよ。もしかしたら手紙がきているかも」

 

がさこそとバックの中を探る私にお兄さんは何でもない風に名乗る。


 「俺か?俺はロイ。ロイ・グーマン。だけどきてねぇだろ。送るような奴いねぇし」


 戦争で知り合いは殆ど生死不明だし、生き残っている奴らも筆不精だしなぁと呟くお兄さん。

 お兄さんの言葉は無視して私はバックの中のこの村の住人にあての手紙の束を出す。そして一枚一枚確認をして目当ての手紙を引き出した。


 「あった!ほら!あったよ!ちょっともこもこしてるけど!」


 「おいおいおい。ほんとかよ。一体誰だ?」


手紙を私から受け取り差出人を確かめるも書かれていないらしく首を捻りながらお兄さんが手紙の封を切る。

そして中から出てきたのは一通の手紙と小さなウサギのぬいぐるみ。


 「・・・・・・あ・・・・・」


頭に先ほど聞いた約束が過ぎる。

私は思わずトラックにあるウサギとお兄さんとを見比べる。

ウサギに?をつけたくなるようなお兄さんのと比べて手紙に入れられたウサギはちゃんとしている。

 

『いつか絶対に返しに来いって俺の作った人形と交換したんだ』

 

先ほど聞いた果たされなかった約束が頭のなかに木霊する。


 もしかし・・・・もしか、する?


恐る恐るお兄さんを見ると彼は信じられないものを見るかのように

手の中のウサギをじっと見詰めていた。


 「お兄さん?」


 声を掛けると手で顔を押さえてた。


 「・・・・・うそ、だろ?あれから何年たってると思っているんだよ・・・しかもあんな状況で・・・」


後は言葉にならないらしくお兄さんは俯いて手紙を読み始めた。

何が書かれているのか分からない。だけど・・・・。

次第にその瞳が潤んでいく。それだけでその手紙がお兄さんが待ち望んでいた人からのもだとはっきりと分かった。

最後の方は嗚咽が止まらなくなったらしいお兄さんが私に向かって「ありがとう」と繰り返していた。

 

 私は郵便配達員。

 仕事はそのままズバリ手紙の配達。

 だけどたまに奇跡を見る。

 だからこの仕事はやめられない。

 小さな奇跡。そして笑顔が見れるから。


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