6.
父が残したコーヒーサロンも、新しく開始した女学生向けの喫茶店も好調であった。
ジュリアはそれぞれ一定間隔で監督していたが問題なく運営できていた。
全ての店を1日で回るのは難しいけど、信頼できる部下がいて何とかなっている。
父からの代からいた社員からの報告を受けながら、ジュリアは次の計画を練った。
店舗拡大をしたいけど、今のままをしっかりとするのも大事だから悩むわね。
飲食品を扱うから衛生概念についても最新の情報を押さえる必要があり、その教育にも時間はかけないといけない。
安全面についても見直さなければならない。
客が増えると予期せぬトラブルも起きえる。
コーヒーサロンは男性スタッフが多いが、女学生向けの喫茶店は女性スタッフがメインである。万が一の対処、暴力沙汰に関しての対策がまだ不十分に感じられた。
「大丈夫ですよ。ロランの客層は治安がよいですし」
安心させるようにニーナがいうが、ジュリアは引っかかりを覚えた。
こういう時の自分の勘は嫌になるほどあたるのよね。
そして事件は起きた。
いつもの営業時間、学校の授業が終わり学生たちが喫茶店レディーロランに寄っていた。
新作のスイーツやコーヒーに令嬢たちは目を輝かせていた。
もう彼女たちの間でコーヒーへの忌避感は感じられない。
端の方では教師たちもリラックスして本を読んだり、論文を読んでいた。助手にもご馳走をしている様子にジュリアは満足げに微笑んだ。
カラン。
客が来たが、その雰囲気にジュリアは警戒した。
エリザベス学園の生徒でも、教師でもない。
粗野な印象を持った男3人組であった。
「おいおい、なんだよ。女がコーヒーなんて飲んで恥ずかしくないのか?」
わざと大声で張り上げて客たちはしんとした。
ジュリアはさっと彼らの前へ出た。
「ここでは紳士淑女関係なく楽しむ憩いの場です。紅茶もコーヒーも楽しんでいただけるようにしており」
「女なら紅茶だろ! お高く止まって気持ち悪い」
その時に入り口付近に置いているアロマをわざと振り払い、コーヒー豆が入った瓶は床に落ちる。それをぐしゃと踏みつけてガラスの割れる音がした。
ジュリアはカチンとした。
「女性がコーヒーを飲んではならないと誰がお決めになりましたか?」
少なくとも今この国では誰でもコーヒーを楽しめる。
「王妃殿下もサロンでコーヒーを出されていますよ」
数日前に話題になったことをジュリアは語った。
「あんな野蛮な北女なんて参考にならねえよ!」
男はげらげらと笑った。
フラン王妃の母国、ノリア帝国に対する蔑称を口にするなんて。
昔は色々あったのは事実だけど、今は我が国の大事な同盟国である。
ジュリアからしたら色々と複雑な相手であるが幼い頃に異国の王妃になったのはどれだけの苦労か計り知れない。
昔は幼い面はあったが、今は両国の橋渡しを懸命にしているのがわかる。
彼女を野蛮な北女と蔑称するのは許せない。
既に彼らは客ではない。
「今の不敬な言い方は聞かなかったことにしますので、おかえりください」
淡々と告げるが男たちは笑い続けた。
「可愛げのない女。コーヒーばっかり飲んで行き遅れたんだろ」
「俺たちは客だぞ? コーヒーを飲ませてくれよ」
男の一人がジュリアの肩に触れた。
ジュリアはぱしと、その手を払った。
「あなた方はお客様ではありません。おかえりください」
ジュリアは毅然という。
「ダメだよ。店員さん、愛想良くなきゃ。そうしなきゃ男がよってこないよー」
その言葉にジュリアははっと笑った。
「あなた方に好かれたくないので結構です」
それが挑発にとれたのか、男はジュリアに殴りかかろうとした。
ジュリアは目をぎゅっと瞑った。
殴ったら殴ったで裁判起こして徹底的に追い詰めてやる!
そう思いながら痛みに耐えようとしたが、痛みがこない。
目を開けると、ジュリアを庇いながら男の拳を握りしめたアベルがいた。
「あ、アベル様?」
どうしてここに。
着ている服は身分低めのもの。先程端で教師がコーヒーを振る舞った助手の服だった。
「お前たち、今誰を殴ろうとした?」
瞳が血走っていて怖い。
男たちも思わずたじろいだ。
「いや、俺たちは何も」
「今彼女に殴りかかろうとしていただろう」
アベルは手を捻り男を締め上げた。
「いてて、ちょっとただの冗談ですよ」
何とか取り繕うとするが、アベルの目は笑っていない。このままだと骨をおられるかもしれない。恐怖が湧き上がり男は謝罪した。
「す、すみません! ちょっとここで騒いで客を減らすように指示を受けました」
やはりライバル会社からの嫌がらせだったようだ。
ジュリアは彼らの前にたつ。
「どこのお店です?」
「それは言えな……あてて、言います。言います!」
男の情けない声から出た名前にジュリアはため息をついた。
「まぁ、アガリア伯爵じゃないですか?」
入り口から現れたのは息切れしているアルマであった。後ろには彼女の護衛が控えている。
どうやら騒動を聞きつけて駆けつけてくれたようだった。




