4.
「どうぞ」
店員はアルマにコーヒーを淹れた。
甘い香りがアルマを包み込む。
「はじめて飲む方によっては苦味があると思います。お好みでミルクと砂糖を使ってください」
とんと置かれたミルク、砂糖の容器。
アルマは気にせずそのままのコーヒーを飲んだ。
「にがい」
その一言に店員はミルクをすすめようとした。
「けど、悪くないわ」
アルマはふふと笑った。
「コーヒーは香りはリラックス効果があります。飲み物は集中力や覚醒を促し、寝る前には勧めませんが勉強や仕事におすすめです。寝る際はカフェインが出ないようにする淹れ方があります」
店員の説明にアルマはこくりと頷いた。
「ずるいわね。紳士の方々はこれを私たち女に飲ませないなんて!」
アルマの言葉にその通りだと店員は頷いた。
「私、好きよ。また飲みにくるから新しいコーヒー豆がきたら教えてちょうだい」
「かしこまりました。アルマ令嬢」
話を交わしていくうちにアルマは店員の教養深さを感じた。
そういえば、このお店に置いてある閲覧用の本はどれも興味を引くものだ。
古典から現代文学、神話伝承、演劇雑誌とその並ぶ具合は小さな図書館のようだった。
よくみたら海外の書籍もある。
アルマが昔読みたがっていたが絶版となり図書館にもない本もあり驚いた。公爵令嬢アルマですら手に入れられなかったものをここは揃えてある。
「これはあなたの趣味かしら?」
コーヒーを飲み終えたアルマは一冊を取り出して店員に質問する。
店員は照れながら頷いた。
「あなたの名前は?」
「私はジュリアと申します」
実はジュリアは女学生たちの動向をみるために店員に扮していた。
内心学園がどんな感じかなと興味もあり、可愛らしい制服を着た令嬢たちが学校であった話に耳を傾けるのは楽しかった。
少しずつ彼女らの好みそうなものを取り入れて、その中でコーヒーを添えてみた。
そして公爵令嬢アルマが興味を抱いてくれるなんて思いもしなかった。
これはとんでもない広告塔だわ!
最初はただの下心であったが、アルマの顔色を見て余裕がない表情に不安を覚えた。
少しでも彼女のリラックスにつながればと試作品のアロマ袋を渡したら想像以上の効果を発揮した。
「またくるわ」
アルマが立ち去ると、別の令嬢からオーダーが入った。
コーヒーを飲んでみたいと。
こうしてエリザベス学園の学生の間でコーヒーブームが巻き起こった。
◆◆◆
貴族令嬢の学校、エリザベス学園から始まったコーヒーブームは成人済みの貴婦人の間にも広まった。
「コーヒーを飲むなんてはしたない」
そうはいうものの、興味を示す夫人は少なくない。
「娘がコーヒーにハマってしまって困ったわ。でも、娘がコーヒーをいれてくれてこれがなかなか悪くない」
そしてコーヒーブームは王宮にも広がった。
ここはフラン王妃のサロン。
参加している夫人令嬢らはコーヒー豆の香りに興味深々だった。
「私には苦いわね」
「ミルクと砂糖を使うといいわ」
紅茶の方が好き、コーヒーも悪くないとそれぞれの意見が行き交う。
「コーヒーは嗜好品ですが、むくみ予防に使用される地方もあります。私の故郷に山岳地帯があり、そこに住む方々は温かい飲み物にもなりむくみ改善にもつながる薬茶としても使用されます」
フラン王妃はコーヒーについて語り出した。
「そういえば薬ぽくも感じますわね」
夫人たちはすっかりコーヒーの話題に溶け込んだ。味は苦手だが、香りはよいと色々活用方法について意見を言い合っていた。
フラン王妃は嬉しそうに微笑んで見せた。
フラン王妃がこの国の王妃になったのは7年前、まだ13歳だった。王妃の予定だった姉王女が不治の病にかかり、急遽用意された幼い王妃で自信がなく頼りなげな王妃だった。今は自信に満ちた美しいサロンの女主人であり、流行を作り出す存在だった。
コーヒーが淑女の間に流行り出して故郷で姉たちが飲んでいたのを懐かしがりサロンに出してみたのだ。
そのサロンを遠目で眺めるのはアベルであった。
コーヒーは紳士の飲み物という認識が強いが、彼は胸中複雑な気持ちであった。
「アガリア伯爵様」
フラン王妃の女官イレインが声をかけてきた。北国に特徴的な薄い金髪のさらさらとした髪に、美しい青の瞳に真っ白な肌。
フラン王妃と共にこの国に来た時は少女であったのに、今は大人ぽい豊満な肉体を持っていた。
「殿下が私たち女官の為に席を設けてくださっています。アガリア伯爵もご一緒にどうですか?」
テーブルへのお誘いであった。
「イレイン殿、ありがとうございます。ですが、私は護衛中の為に席につくわけにはいきません」
「他の騎士様もいますわ。少しくらいなら大丈夫です」
そう言いながらイレインはアベルの腕に絡みついた。自然な動きで、彼らを知らない者が見れば恋人と思うだろう。
実際そうした噂が流れていた。
「申し訳ありません。私はここを離れるわけには」
「アガリア伯爵のコーヒーの感想を聞きたいのです」
「イレイン殿」
一向に生真面目な表情を崩さないアベルにイレインは思わず手を離した。
怒ったと思われたかもしれない。
「このように自分から腕を絡めるのはよした方がいいです。周りの目があり、誤解されます」
「誤解だなんて……私は気にしません。伯爵様も今は独り身ですし何も問題はないはず」
「イレイン殿、申し訳ありませんが私はそのつもりはありません」
明らかな拒絶の言葉にイレインは絶句した。
アベルはただ頭を下げた。
自分の不甲斐なさでイレインにいらぬ期待をさせてしまったようだ。
これにもしっかり対応しなければならない。
アベルは努めて彼女に伝えた。自分の席へ戻るようにと。




