第一話 門の開く日
新しく始めました!頻度は不定期かもです。
「願いひとつで光をひとつ叶えたまえ叶えたまえ」
「さぁあなたの光よとおりゃんせ」
「しにものぐるい」
「ちょっと、そこのお方。死にたがりな目してはる。でも残念やね。今日はあんたの日違うわ。今日死んだら、きっと何処にも逝けやせぇへんよ。」
・・・変なやつに声をかけられた。しかし彼女の言葉は図星だった。実際俺はここ数ヶ月、死ぬことばかり考えていた。
朝の5時に起きて、支度を済ませる。
そしてこんな時間に走る意味など無いであろう時間の電車に乗り、会社へ向かう。
会社では、同じ時間に始業する下と、途中から来る割には何もせず、その浅い思考にお似合いなくらい、禿げた頭をしている上から念入りに揉み込まれる。しかもそれだけでなく、明らかに労基を守れていない量のタスクを終わらせる為、青く光る箱と深夜まで睨めっこをする。
そんな生活を毎日毎日送り続け、結婚もできないまま10年の月日が流れた。周りは既に結婚して子供までいるというのに、俺だけは何も変わっていない。そして、きっとこの先もこのままだろう。
そんな人生に俺は疲れていた。
そして今日も変わらない1日の締めに入ろうとしていた矢先、この変な女に声をかけられた。
「変な壺なら買わねぇぞ。悪いが俺は疲れてるんだ。」
そう適当にあしらって先へ進もうとしようとすると、突然体が岩のように固くなって動けなくなった。
「なぁに、少しうちの話を聞いていきなさいな。あんたみたいな漠然とした死にたがり屋さんにぴったりの品があるんよ。ほら、この縄の中を覗いてみ。」
そう言って女は俺に首括り縄を近づけて来た。するとその縄の穴の先に一つの厳重に鍵がかけられた門が見えた。その女は言った。
「門が閉まってるやろ。これはな、自分の死ねる日がわかる縄なんよ。あんたが今見てるその門が開いた日に死んだら、あんたはあの世へ逝くことができる。逆にこの門が閉じてる日に死んだら、あんたの魂は何処にも逝けずに永遠にさまようことになる。せやから今日はあんたの日じゃないってわけ。どない。この縄今なら100円で売るで。」
そう言って女は俺の顔の前に手を出して来た。
「・・・はぁ。買うよ。小銭が今切らしてるから1000円でいいか。」
「毎度。900円のお返しね。それじゃあ、またいつかね。」
そう言うと女はカラカラと木製の屋台を引いて消えていった。
家に帰ってとりあえず風呂に入った後、近くのコンビニで買った弁当を食べながら
その縄をもう一度覗いてみた。
縄の中に確かに門が見える。神社や寺にあるようなしっかりとした重厚感と綺麗に打ち込まれた取手口。まとわりついた鎖にはしっかりとした南京錠がかけられている。こんなに厳重に閉ざされた門が本当に開くのか、半信半疑になりながらもとりあえず毎日覗いてみることにした。
変化が見えたのはそれから2ヶ月後のことだった。仕事で大きなミスをして怒られて、そのミスの修復をする為に3日会社に寝泊まりしながらなんとか持ち直し、疲れ果てた体で家に帰り、今日がその日なのではないかと縄をのぞいてみると、南京錠とまとわりついていた鎖が無くなっていた。
俺はもうすぐ門が開くのだろうと嬉しくなり少し豪華な夕食を用意して食べた。
すると次の日、縄をのぞいてみるとなんと鎖が復活していた。一体俺が寝ている間に何が起こったのだろうか。腹が立って縄の中に手を通してみたものの、何も触ることができず、ただ空を切るだけだった。
最悪な気分になりながらも、いつものようにまた会社に向かった。
仕事が終わり、家に帰る途中で声をかけられた。聞き覚えのある声に俺はパッと振り向く。するとそこにはあの女がいた。
「お調子の程はいかがですか。どうやら門が開いたりはしてなさそうやけどね。」
「開くも何もまだ鍵もかかったままだ。というかお前が売ったあの縄、門の鎖が取れたと思ったらまた戻ったんだが、不良品押し付けて来たんじゃねぇの。」
俺は腹を立てながら聞いた。女はそれに対して
「不良品やなんて、人聞きの悪いこと言わんといてやぁ。あれは死ねる日を示す縄。日によって門の状況が変わるのは普通のこと。もっと良く観察してみ。」
ニヤニヤしながら女はそう答えた。その予想してましたと言わんばかりの返答と顔に俺はさらに腹を立てて速足で家に帰り、その日は眠りについた。
そしてまた1年が経とうとしていた時、実家の弟から一通の手紙が届いた。なにかと思い手紙の中身を見てみる。どうやら母が死んだらしい。2週間後に葬式をするからそれに合わせて一度帰ってこいとの内容だった。
身内の不幸は5年前に死んだ父と合わせてこれで2度目だ。そしてまた俺は身内の不幸に涙を流せずにいた。昔から両親とはそりが合わないことが多く、口を開けば喧嘩ばかりしていた。そのせいもあり、俺は大学を卒業と同時に逃げるように家を出て、父が死んだ時にも帰らずに気づけば11年が経っていた。
しかし前回と違って今回は、墓の前で手を合わせようという気になり、実家へ帰ることにした。会社には連絡しないつもりだ。どうせ連絡したところで「お前だけ休んで〜」など、どうたら言われるのが面倒だからだ。寝る前に縄をのぞいてみたが、相変わらず門は厳重に閉ざされていた。
実家に帰る前日。いつものように縄を覗いて、私は唖然とした。
門が、開いている。
あの重厚な扉がこれでもかというほど開かれており、その内側には一面にホオズキが生えている。綺麗ではあるがどうも違和感が隠しきれずにいた。
それよりも、今日が死ぬ日だ。待ちに待った日だ。1年ほど前から毎日縄の中を覗き続けて、門が開いていないかを確かめていたが、ついにその日がやって来た。
カーテンを閉じ、レールに縄を結びつけて椅子の上に登り、足を震わせながらももう一度縄の中を覗き込む。やはり何度見ても門は開いていた。今日いかなければ次いつ門が開くのかわからない。もしくは一生開かないかもしれない。
俺は椅子から飛び降りた。
目を覚ますと、俺はあのホオズキ畑にいた。どうやら成功したらしい。俺は1度辺りを見回してみた。
死後の世界というのは不思議なもので、夢のように頭に霧がかかったようになってはいるが、意識などはしっかりしている。
赤いホオズキがふわりと手に当たる。まるで何も入っていないように軽い。そしてその感触に何故だか涙が出そうになる。
今、俺は初めて安心しているのかもしれない。少なくとも今の俺では、この鳩尾の中のものがすっきりと無くなったようなこの感覚の説明ができない。不思議な気持ちのまま少し歩いていると、人影が2つ、近づいてきた。
その影とは父と母であった。俺は泣きながら2人に近づくいた。辛かったと泣き言を言うために。
すると父が声を荒げて叫んだ。
「この大馬鹿者が!何を呑気にこっちに来とる!くだらん涙流しとる暇があったら生きながらえんか!」
感動の再会だというのに、そんな心無い父の言葉に俺は腹を立てて言い返した。
「馬鹿ってなんだよ!いつもいつもあんたは俺の否定ばかり!お前が歩んできた道だけが幸せだと感じれると思ったら大間違いだ!!」
父はまさか言い返してくると思っても見なかったのか、たじろいでいる。俺はそこですかさず続ける。
「大体あんたはいつもそうだった!俺が何かを始めようとした時、俺が自分のやりたいことをしていた時、あんたはいつも俺に興味がないかのように何も言わない癖に、いざ口を開けば、現実を見ろだの考えが浅いのだの否定しやがる!テメェのそのお粗末な人生論で俺の可能性を推測ってんじゃねぇよ!!」
言えた。今までずっと溜めていた腹の底からの言葉。反発を繰り返すあまり、自分の言葉など受け取ってもらえないだろうと諦めた。その日からずっと抱えていた俺の足枷が、今外れた。
俺はすっきりとした気持ちで「あんたの番だ」と言わんばかりに父の目を視る。
父は俺の目を視て1言ぽつりと呟く。
「すまなかった」
そうたった1言だけ言うと父は母に背中をさすられながら、共に背を向けて歩いていく。また俺は腹を立てて
「なんだよ!!すまなかったって!あんたはそうやっていつも俺と会話をしたがらない!俺は腹を割って話したってのにあんたはそうやって逃げるのかよ!!」
殴ってやろうと近づこうとするが、いつの間にかホオズキが足に絡みついており動けない。遠のいていく背中を見ていると、意識が朦朧として、俺は目を閉じた。
はっと目を覚ますと俺は床に倒れていた。どうやら失敗したらしい。俺は首に巻きついている縄を外して実家に帰ろうと駅へ向かった。
こうなれば墓の前まで行って文句を垂れてやる。道中でそう考えながら実家に着くと、意外にも親戚一同俺を優しく迎えてくれた。
てっきり父の葬式になぜ来なかったなどと言われるかと思っていたのだが、皆労いの言葉をかけてくれた。
母の葬式が終わると弟は俺を仏壇の前に連れて来て
「父さんがお前宛に。これを直接渡してくれってさ。」
と手紙を渡された。俺は自分の部屋でその手紙を読もうと2階に上がり手紙を開いてみた。
心へ
この手紙を読んでいるということは無事母さんの式が終わったということだろう。
まず一つ、お前に言わなければならないことがある。すまなかった。
今際の際になり、病院のベッドの上で家族との時間を思い出していると、私はお前たちに否定ばかりしてたように感じる。
確かに、お前の言う通り私一人の人生経験においてお前たちの可能性を推し測ることは浅はかだった。
しかし私にもここまで歩んできた人生というものがある。私が経験して辛かったことを、息子のお前たちにも経験してほしくなかった。これは親としてのプライドもあった。
だからといって都合よく許してくれなどはいうこともなければ、おそらく権利もないのだろう。
今思えば、私はお前との反発を怖がっていたのかもしれない。口を開けば口喧嘩ばかり。いつしか話すこともなくなってしまった。
私はそれを今でも後悔している。
あの時もっとお前と話せていれば、もっと肯定してやっていれば、もっと目を合わせて話せていれば。もっと違う形があったのかもしれない。
しかしそれも、こうなってしまってはもう遅いのだろう。だから私は手紙を書くことにした。お前との最後会話のつもりで。目を合わせることはできなくとも。
お前は自肯定感が低い割には夢の大きな男だったな。振り返れば4歳の頃、ノーベル賞を取りたいと言って私の仕事着のシャツを着たお前を今でも覚えている。中学生に上がった頃、初めて口喧嘩らしきことをしたな。互いに譲らず平行線のまま終わって、私は次の日には何を話したのかも忘れてしまっていた。
しかしお前には何か思うところがあったのだろう。そこから段々と会話の回数も減り、いつか会話と呼べるものは口喧嘩だけになってしまった。そこから先はお前の知る通りだ。
お前はこうなるなよ。
愛する息子へ 父より
「なんだよクソっ。こんなのズルすぎるだろ。」
涙を拭き、呼吸を整える。俺は安心した。父も俺と同じことを考えていた。
少し時間がたった後、俺は両親の墓に手を合わせに行き、帰りに仏壇のお供物を買いに行った。
「お調子の程はいかがですか。」
聞き覚えのある声に振り向くとあの女がまたいた。
「どうやら門が開いたみたいやけど、ここにおるってことは失敗したようやね。」
女は相変わらずニヤニヤしながら話しかけて来た。
「失敗したも何も、あんたがくれたあの縄朝目が覚めた時千切れてたんだが。やっぱりあれ不良品じゃねぇか。」
俺は半笑いで言葉を返す。
「そりゃ申し訳ないなぁ。お詫びにもう1つ渡すけど、どう?」
どうやら俺は最初から化かされていたらしい。
「いや。それはもう大丈夫だ。それよりもう1つ。俺の父さんがどうやらあんたのところでレターセットを買ったような気がするんだが、何か知らないか。」
これは俺の中ではほとんど確信に近いものがあった。いつかはわからないが父はここであの手紙を買っている。
思えばあの手紙にはおかしいところがあった。俺が手紙を読むタイミング、会話のテンポ、そして何よりも夢で言ったあの言葉。この不思議なつながりはきっとここからだろう。
女は言った
「お客様の個人情報は教えられへんなぁ。ただ、あんたの前のお客さんはやたらと息子と話したがってたねぇ。」
「確信犯じゃねぇか。・・・ありがとう。」
俺はふと笑みをこぼし、また足を進めた。
色々と謎を残した気ではあるので是非考察してみて下さい。




