《 3話 ヤマト撫子》
《 3話 ヤマト撫子》
休日の多恵は、近くのパン屋でお気に入りのドーナツを買い、
その足で駅前に新しくできた本屋へ向かっていた。
すると、花壇のあたりに人だかりができている。
多恵は気になって近づき、人の間をすり抜けて花壇を覗き込んだ。
「だから、私のこと嫌ってる人が、嫌がらせでしたんですよ!きっと!絶対そうです!」
「ちょっと、落ち着いてください。誰かに恨まれる心当たりでも?」
巡査の蓮子がたしなめる。
「分かりませんよ。配属されてまだ一週間しかたってないんですから!
あ~怖い、治安が心配だわ」
しゃがみこんで花壇を見ている多恵の頭上から、そんな押し問答が聞こえてくる。
だが多恵は気に留めず、折れた花をそっと拾い上げた。
「あれ?」
その様子に柳が気づき、蓮子も視線を向けた。
「どん亀!なにしてんだよ!」
突然の呼びかけに、店員も驚いて多恵を見つめる。
多恵は花を手に顔を上げる。
「蓮子さん、柳さん。先日はどうも」
そう言って立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「どうしたんですか?」
「花壇荒らしです」
巡査部長の柳が簡潔に答える。
「今事情聴いてるから、あっち行ってな」
巡査の蓮子が片手をシッシッと振る。
蓮子は巡査部長昇任試験の面接で不合格。
一年後輩の柳に抜かされてしまった。
「これ、花壇荒らしじゃないですよ」
「どういうことだ?」
多恵は手にした花を見せる。
「この折れ方見てください。根元がポキポキ折れてるんです」
多恵が近くの枝で土を軽くほじると、茶色い幼虫が姿を現した。
幼虫は枝に丸まってしがみついた。多恵はそれを皆に見せる。
「これが犯人です。ネキリムシって言って、夜に茎や根元をかじるんです。
根のほうが食われてポッキリ折れてる……完全にその被害です」
蓮子は「お手柄!」と、多恵の背中をパシリと叩きご機嫌だ。
野次馬は関心を失い、散らばっていった。
おどおどした声で、恵が恐る恐る口を開く。
「あの〜、すみません。さっきの“どん亀”って」
蓮子は頭をかきながら答えた。
「実は同級生で。つい口が……」
パッと明るくなった顔で、
「私、香山恵です。覚えてます。どん亀って……
一色多恵さんですよね?そして、新門さん」
蓮子と多恵はぽかんとしたまま固まった。
「あー、すみません。わたし、学生時代の記憶があまりなくって……」
多恵が困ったように言うと、
すかさず柳が、
「気の毒に、先輩のいじめで記憶も......」
蓮子ににらまれて黙る。
恵は自虐的な笑みを浮かべ、
「どうせ私のことなんか誰も覚えてませんよ。
本ばっかり読んでましたし。友達もいませんでしたから」
腕を組んで恵を見ていた蓮子が、
「あー!いた、いた。いっつも本で顔隠れてた奴!」
満足げに言ったところで、柳が恵を促す。
「一応、報告しますので名前書いてください」
そして小声でぼそっと言う。
「これ先輩の仕事なんで、次はお願いしますよ」
「はい……すみません……」
シャラ〜ン……
聞き慣れた音が多恵の耳に届く。
誰一人気付いていない。
多恵だけ、みんなとは、逆を振り返った。
ピンクのワンピースが宙に浮かび、羽根がゆっくり羽ばたいている。
「……え?ちょ、ちょっと待って……!?」
多恵の声が裏返った。
ピンクの髪がふわり、キラキラした笑顔で、
「あなた見えるの?嬉しい!初めまして。私、撫子のヤマトです!」
つづく。




