第86話 師匠の弟子に問題児しかいません!
ルッタの自己紹介が終わり、皆と一緒に修行をすることが決まった後、道場には師範とワンリーの二人だけが残っていた。
「師匠! 何故あのような者ばかり門下生にするのですっ!」
険しい顔で師範へ詰め寄るワンリー。どうやら、彼は内心ルッタのことを認めていなかったようだ。
「私以外は全員……あなたの話すらまともに聞かないような子供ではありませんかッ!」
あまりにも正しい意見であった。
「確かに、ハオランもシャオメイもロウスーも……みんな聞かん坊じゃな。そこへルッタも加わるとなれば……これから更に大変じゃ! ほっほっほ」
しかし、師範は気にする様子もなく心底愉快そうに笑う。
「分かっているのであれば何故ッ、親に捨てられるような子供ばかり――」
「……わしとて、慈善でやっておるつもりはない。お主を含めて全員、才能は確かじゃ。腐らせておくにはもったいないじゃろう?」
声を荒らげるワンリーに対し、師範は静かに答えた。
「しかし、だからと言って……あれらに武術の真髄を理解できるとは到底思えません」
「ふむ、武術の真髄とな。……わしもまだ、それは理解しとらんぞ?」
「つまらない謙遜はやめてください! 私は人の言うことも聞けないような獣をいくら拾って育てたところで、最終的には裏切られるだけだと言っているのですッ! 獣に人の言葉は理解できない!」
「……ほう。随分な言い草じゃな」
師範はそう呟いた後、彼の肩に手を置いて続ける。
「ワンリー。自身の修行が思うようにいっとらんからといって、共に励む仲間たちのことを悪く言うのは良くないぞ」
近頃、彼は誰の目から見ても分かるくらい焦っていた。実力こそ弟子たちの中では一番であるものの、他の三人と比べて伸び悩んでいるのだ。
「……ふん! 私が彼らのような子供に嫉妬しているとでも言いたいのですか? そんなことなど断じてあり得ない」
しかし、彼自身はそのことを認められていなかった。
「己の内にある弱さと向き合い、それを受け入れることもまた修行じゃぞ。お主はちと焦りすぎておる」
「いつまで経っても私に奥義を教えてくださらないのは……それが理由ですか? 例え実力があっても、心が弱ければいけないと?」
師範の忠告は、焦りを募らせる今の彼には届かない。
「何度も言っておるじゃろう。真元流に奥義などないわい。全ては基礎の積み重ねじゃ。鍛え抜いた一撃は、他のどのような奥義にも勝る」
その時、ワンリーは深く肩を落としてため息をついた。
「そんなもの……言葉遊びだ」
「そう聞こえるのであれば、今のお主にはまだまだ修行が足りん。――そこまで奥義が欲しいなら、鍛錬を積んで自分で編み出すことじゃな」
道場内の空気は、先ほどとは打って変わって張り詰めている。最近は、彼と師範が二人きりになるといつもこうだ。
「…………分かりました。修行に戻ります」
――やがて、ワンリーは師範に一礼をして背を向ける。
「……普通の道場であれば、彼らのような問題児はとっくに追い出されていますよ。一人残らずね。……本当に慈善としてやっているのでないなら、あなたも考え直すべきだ」
そして、そんなことを言い残して去っていくのだった。
「やれやれ……まったく大変なことじゃな……」
残された師範は難しい顔をしながら腕を組む。
「……まずはルッタが空けた壁の穴を直さねばならん。こりゃ大仕事になりそうじゃわい……」
風通しが良くなった道場を見回しながら、こう呟くのだった。
「……一人くらいは手伝ってくれても良かったんじゃよ?」
もちろんそれに応える者はいない。
「こういう時ばかりみんな真面目に修行しおって……」
彼の寂しげな独り言は、誰に届くこともなく壁の穴に吸い込まれていくのだった。
*
一方、ルッタは道場から少し離れた場所にある修行場にて、皆から取り囲まれていた。
「聞いたぞお前ッ! 師匠をぶっ飛ばしたんだってなッ! だったら今すぐオレとも闘おうッ!」
ハオランは目を輝かせながらルッタに詰め寄り、そう持ちかける。
「僕はレベルと攻撃力が高いので……受け止めようとした人のことを吹き飛ばしてしまうのです……」
悲しきモンスターであった。
「最初から師匠が全力を出せば、勝負は分かりません。レベルと同じくらいプレイヤースキルも重要なゲームですからね……」
「よく分からんが、オレは強いヤツと闘いたいんだッ! 強ければ強いほどいいッ! だから闘おうぜルッタッ!」
言いながら、ルッタの肩を掴んで何度も前後に揺さぶるハオラン。
「あう……目が回ります……原作のハオハンは混乱攻撃なんて習得しないのに……」
お互いにあまり話が通じるような人間ではなさそうだ。
「ルッタ、兄貴のことは基本的に無視していいネ」
シャオメイはそんな二人の間に無理やり割って入り、ルッタの腕をぎゅっと掴む。
「なんだ、シャオメイもルッタと闘いたいのか? それなら仕方ない。先に譲ってやってもいいぞッ!」
「バカにつける薬はないネ」
「ん? オレもバカの薬なんてものは見たことがないな! もちろん聞いたこともない! だが、どうして今そんな話をするんだ?!」
「一生考えてればいいヨ」
彼女も中々の苦労人であった。
「バカは何をしてくるか分からないからなッ! 相手にすると油断ならないぞッ!」
「知ってるネ」
門下生の中で一番の問題児は間違いなくハオランである。
「……僕も今は理由のない戦闘を避けたいので、戦うのはまた今度にしてください!」
「ほら、ルッタもこう言ってるヨ!」
「なんてことだ……じゃあ仕方ないなッ!」
だが幸いなことに、敵を倒しても経験値を得られない状態になってしまった現在のルッタは戦いにそれほど乗り気ではない。
従って、大きな問題は起こらずに済みそうだ。
「オマエ……」
一方、今までルッタをじっと見つめていたロウスーは、何故か顔を赤らめていた。
「ずっと見てると女の子みたいで……なんだかヘンな気持ちになってくるんだナ……」
どうやら、新しい扉を開きかけていたらしい。
シャオメイはさらに警戒を強め、ルッタのことを自身の元へ引き寄せる。
「たぶん、小さすぎるのがいけないんだナ……。もっといっぱい食べて……大きくなった方がいいと思うんだナ……!」
「ご飯はいっぱい食べているので、これ以上は難しいです! キャラ性能の差ですから諦めてください!」
「ロウスー……オマエ、シャオメイが可憐な美少女だってこと忘れてないカ? どうしてシャオメイには今まで見惚れなかったネ!」
ルッタが答えるのとシャオメイが問いかけたのは、ほぼ同時であった。
「ふ、二人とも……何を言ってるのかよく分からないんだナ……」
――ルッタは何事もなく、無事にこの道場で修行を終えることができるのだろうか。




