第80話 セレーヌもグランも大変そうです!
ある日、復興しつつある王都の外れの森にて、痩せた全裸の男が膝を抱えて座っていた。
「騙すような真似をして済まない……我が友よ……」
明らかに変質者であるその男は、ぶつぶつと何かを呟いている。
よく見ると、彼の足の一部は影と同化して真っ黒に変色しており、不安定に揺らいでいた。
「あなたが勝手に行動して自爆するからいけないのですよぉ……? 拾い集めるのに苦労したんですからねぇ……?」
その時、どこからともなく女の声が聞こえてくる。
「ふん……死にたい時に死ぬことすらできないのか。つくづく忌々しい体だ」
「受け入れてしまえば意外と便利なものですよぉ……。こうして、我が主のお役に立てるのですからぁ……!」
全裸の男――クラウスの背後にある茂みから出てきたセレーヌは、両手を組んで何かに祈りを捧げるポーズをしながら言った。
「……貴様と一緒にするな」
「もしかして……まだ共鳴し足りないのでしょうかぁ? 欲しがりさんですねぇ……?」
「俺にあるのは影に潜む魔物――シェイドの力だ」
「知っていますよぉ……?」
「影がありとあらゆるモノの傍らに存在しているが、決して交わることはない。お前に俺の本質を理解することは不可能だ」
「そうですかぁ……」
セレーヌは彼の言葉を軽く受け流して、持っていた黒いローブを投げ渡す。
「とにかく、まずはそれを着てください……」
クラウスはそのローブを一瞥した後、こう言った。
「感謝する。後で着ておこう」
「今、すぐに、お願いしますねぇ……?」
そう言われたクラウスは仕方なく立ち上がり、漆黒のローブに身を包んで変質者を卒業するのだった。
「これで満足か?」
「なぜ……服を着ただけでそこまで誇らしげな顔ができるのでしょうかぁ……?」
呆れ果てた様子のセレーヌ。
「……御託はいい。わざわざ俺の尊厳ある死を邪魔したんだ。まだ何かさせるつもりなんだろ?」
「ですからぁ……初めから人手不足だと言っているではありませんかぁ……。あなたはつくづくお話を聞かない人ですねぇ……」
それから、セレーヌは声を低くして続けた。
「私、そういう人は嫌いですぅ……」
「奇遇だな。俺も貴様のことが嫌いだ」
「何度も言いますが、私たちが挑もうとしているのは、この世界の運命……。つまり、今のままでは教団そのものの経験値が足りていません……!」
「新興宗教にしては異常なほど急拡大していると思うが……」
「いいえ、まだ足りません! もっと……もっと多くの方々にゲーム神様の素晴らしさを広めねばならないのですぅ……!」
どうやら、彼女はまだまだゲーム・ピコピコ教を拡大させるつもりらしい。世界中が信者で埋め尽くされるまで満足しないのだろう。
「ラヴェルナは南へ向かいました……あなたは北へ向かいなさい。寒くて暗い場所の方が、色々とやりやすいでしょう……?」
「寒いのは嫌いだがな」
「わがままをおっしゃらないでくださいぃ……本当に、あなたという人はぁっ……!」
夢の実現のため、セレーヌも色々と苦労しているようだ。
*
一方その頃、王都のとある屋敷にも大変な目にあっている人物がいた。
「おいっ! どういうことだよ親父っ!」
そう言いながら父の書斎に駆け込んだのは、ヴァレット家の長男――グラン・デラ・ヴァレットである。
「何で俺の家にコイツが居るんだっ!」
彼は目をつり上げながら、手を引っ張って連れて来たベルのことを指差す。
「……教団の壊滅作戦を指揮したのは私だからな。その子は私が引き取るのが筋というものだろう?」
父であるヴォルスは、さも当然かのように言い放った。
もちろん理由はそれだけではないが、行き場を失ったベルを彼が引き取ることは騎士団全体の話し合いで決まったことだ。
「幸い、お前とも仲が良いようだしな」
従ってグランに拒否権はない。
「な、仲良くなんかないぞ……!」
「――そうなのか?」
言いながら、彼の後ろできょとんとしているベルのことを見た。
「ええと……」
スカートを履き、普段よりも女の子らしい格好をしたベルは、少し考えてからグランの腕に抱きつく。
「わぁっ?!」
「ボクたち、とっても仲良しです!」
そして、満面の笑みでそう言った。
「や、やめろ……っ!」
弱々しく抵抗するグラン。
「聞くところによると、ベルという名前だってお前が決めたんだろう? いい名前じゃないか」
「母さんは……母さんは納得してるのかよっ!」
「可愛い娘ができたと喜んでいたぞ」
「くそ……っ!」
逃げ場を失ったグランは、顔を真っ赤にして俯き、ぷるぷると震える。
「グラン、ボクのこと嫌いなの……?」
親子のやり取りを聞いていたベルは、悲しそうな表情を作ってグランの顔を覗き込む。
「そ、そういうわけじゃなくてっ! せめて事前に知らせるとか……そういうのがあってもいいだろっ!」
「へぇー、事前に知らせて欲しかったんだ?」
「当たり前だっ!」
「グラン面白い!」
「なっ……なんでだよっ!」
この状況を一番楽しんでいるのはベルであった。
「……ともかく、あまり意地を張らずに仲良くするんだぞ。ベルはこれから、お前の妹になるんだ」
「よろしくね、お兄ちゃん!」
「そ、その呼び方はやめろっ!」
叫ぶグランの耳元で、ベルはこう囁く。
「……今日みたいに、毎朝起こしてあげるからね」
「へあっ……?!」
「……この前みたいに、お風呂も一緒に入ってあげる」
「ふぁっ?!」
グランの受難はまだまだ続きそうだ。
第三章 『王都の破壊者ルッタ』 完




