第68話 僕の体が乗っ取られてしまいます!
突如としてルッタたちの前に黒い影のようなものが出現し、その中から怪しげな気配を放つ黒髪に褐色肌の少年が現れる。
「ご、ごきげんよう!」
その姿を見たイーリス王女は、何故か挨拶をした。
知らない相手にも挨拶をする――今は亡き(?)爺やによる教育の賜物であり、その真の目的は相手の敵意を確かめることにある。
案の定、少年は彼女のことを完全に無視してグランの方へ向き直った。
「なんだお前……どこから入って来た……?」
グランは困惑しながら問いかける。
しかし少年は何も答えることなく、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとグランに近づいてきた。
「…………っ!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったグランは、冷や汗をかきながら後ずさる。
「あ、あなた! 人が話しかけているのに返事をしないのは失礼ですわよ! ましてや、わたくしは第三王女――場合によっては死罪に値しますわっ!」
イーリスはぴしゃりと言い放った。
だが、当然その発言も無視されたので、訓練場に彼女の声が虚しく木霊するだけである。
「むきーッ! まだ無視するつまりですのっ?!」
「落ち着いてイーリス王女……あなたの言っていることは正しいけれど、今はそういう空気ではなさそうだわ……」
リリアは、顔を真っ赤にして怒る王女の肩を掴み、優しくなだめすかす。
――反応はそれぞれだが、三人とも少年の異質さをはっきりと感じ取っていた。
高い魔術の才能を持っているからこそ、彼が放つ魔力の禍々しさを強く感じてしまうのである。
「新キャラが登場しました!」
魔術の才能自体はそれほどないルッタを除いて。
「ご機嫌よう! あなたは敵モンスターですか? それともイベントのNPCですか?! 経験値ですか?」
ルッタは睨み合う三人と一人の間に割って入り、少年の方に近づいて無遠慮に話しかける。
「うーん……攻撃してこないということは……味方キャラでしょうか? デザインは少しモブキャラっぽいですが……だとしたら、今みたいな印象的な登場の仕方はしませんよね!」
彼は少年のことを眺め回しながら、独自の考察を述べた。
「ルッタちゃんっ! その子から離れてっ!」
刹那、耐え切れなくなったリリアが叫ぶ。
「はい? どうしたのですかリリア姉さ――」
その言葉を聞いたルッタが、彼女の方へ振り返って問いかけた次の瞬間。
「邪魔だ」
少年はルッタに手をかざして衝撃を発生させ、彼を派手に吹き飛ばして訓練場の壁へと衝突させた。
「ごふっ!?」
――ドーンッ!
どうやら、お父さまと教官を経験値にしてしまった因果が巡ってきたらしい。
「いやあああああっ!」
「なんてことですのっ?!」
思わず悲鳴を上げるリリアとイーリス。
「……我はそっちの小僧に用がある。死にたくなければ、他はじっと動かず黙っていろ」
少年はグランのことを指さしながら、身を寄せ合って怯える少女二人に脅しをかけた。
「土杭ッ!」
身の危険を感じたグランは、とっさに少年へ向けて土魔法を放つ。
訓練場の地面が隆起し、尖った土の塊が飛んでいった。
「――遅い」
しかし、それは片手であっさりと塞がれてしまう。
「き、効いて……ない……?!」
「虫に刺された程度には痛かったぞ。生身の人間にしては上出来だな」
少年はそう言うと、一瞬で消えてグランとの距離を詰める。
「ぐぁっ!?」
そして、彼の首を締め上げた。
「グランっ!」
叫ぶリリア。
「貴様の体……貰うぞ!」
「ぐっ、あぁ……っ!」
グランの体が黒いもやのようなものに包まれ、危機的な状況に陥ったその時。
「火球!」
――壁にめり込んでいたルッタの放った火魔法が、少年の顔に直撃した。
「くっ!」
どうやら今回は効き目があったらしく、少年はグランのことを手放す。
「げほっ! げほっ!」
地面にうずくまり、咳き込むグラン。
「グランは……僕の大切な経験――友達です! 勝手に横取りしないでくださいっ!」
戦いに復帰したルッタは、頭から出血しながら抗議した。
「るった……!」
その言葉に目を潤ませるグラン。彼は本当にそれでいいのだろうか。
「……ほう、死んでいなかったか。思ったよりは頑丈なようだな」
殺す気で攻撃したのにも関わらず元気に立っているルッタの姿を見て、少年は不気味に笑う。
「面白い。大した素質は感じなかったが、その歳で随分と鍛え上げているようだ」
どうやら、興味の対象がルッタに移ったらしい。
(攻撃を受けて分かりましたが、レベルもステータスも僕より高そうです。他のみんなは育ちきっていませんし……勝つのはとても厳しいかもしれません!)
一方、ルッタは冷静にそんな分析をしていた。つまるところ、絶体絶命の状況である。
「――ちょうどいい、貴様を器にするとしよう」
そんな中、少年はルッタに向かってそう宣言し、一瞬にして距離を詰めた。
(原作に登場しないキャラなので……攻撃モーションが分かりません……!)
彼はグランの時と同じことをしようとしているのだ。
「今後ともよろしく、新しい我が肉体よ」
(これは……大変なことになってしまいそうです!)
自身の喉元に迫る腕を目で追いながら、そんなことを考えるルッタ。
「ルッタちゃあああああんっ!」
意識が暗転する直前にルッタが耳にしたのは、自身の名を呼ぶ姉の悲鳴だった。
(まさか……原作より早く負けてしまうなんて……無念です……。ごめんなさい、リリア姉さま……)
ルッタは自身の体の中に何かが流れ込んでくるのを感じながら、ゆっくりと目を閉じるのだった。
(……ゲーム? なんだこの記憶は?)
刹那、彼の脳内に侵入してきた何者かの声が響き渡る。
「知りたいですかッ?!」
閉じたはずのルッタの目が、大きく見開かれた。
(は?)
――ルッタの体を乗っ取った《《それ》》は、とんでもない誤算をしていたのだ。
「ゲームというのはですねっ! 実は%♯△※$?◎×……なんですよっ! おまけに×◎※%Ω◇※※※で――つまりゲームとはこの世の真実なのですっ! この世界の全てはゲームだったのですよっ! それから――」
彼の精神の構造は、この世界を生きる人間のものとは大きく違うのである。
それどころか、人の道を外れた存在にすら理解の及ばない何かなのだ。
(やめろ……違うっ! この世界の支配者は我だッ! やめろ……我は……作り物などではないッ! やめろ……やめろやめろやめろッ! やめろおおおおおおッ!)
――ルッタのもたらす真実は、自身を上位の存在であると錯覚している者ほど耐え難いものであった。
「つまり、設定的に考えると、あなたは魔王が自身の力の一部を使って生み出したニセモノであるということですね! 体を乗っ取られて記憶が流れ込んできたので、だいたい分かりました!」
「だまれえええぇッ!」
「――作り物のゲームキャラクターが生み出したニセモノなのです! 経験値にもならないみたいなので微妙ですね!」
「うわあああああああああああッ!!」
あまりにも惨すぎる真実を告げられた魔王もどきの、絶望的な叫びが響き渡った。




