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第60話 パーティに加入してもらいました!


「早く……早く伝えなきゃ……!」


 転移を行うために医務室を後にしたルッタは、人目のつかない場所を探して廊下を縦横無尽に走り回っていた。


「――おっと。どこ行くんだ坊主」


 角を曲がろうとしたその時、無精ひげを生やした黒衣の男に呼び止められる。


 彼は近衛騎士団特務隊隊長――レギウス・ファングだ。


 特務隊は王国における異端審問を担う部隊であり、危険思想を掲げる集会や儀式の摘発及び粛清を行うことが役目である。


 さらにその裏では、密偵や諜報、そして暗殺等、王命によって表沙汰には出来ない任務をも遂行する影の部隊であった。


「あ、レギウスさんこんにちは! 僕が行きたいのはここからすごく遠いところなのですよ!」 


 そんな危険な男を前に、ルッタは元気よく挨拶をする。急いでいるので心なしか早口であった。


「……何か悩みでもあるのか?」


 レギウスは目を細めながら問いかける。


「はい! ついさっき、すごく大変な悩みができました!」


「そうか……」


 彼は腕を組み、まじまじとルッタのことを観察した。


 ――こんな悩みのなさそうなガキでも、一丁前に思い悩むことがあるんだな……という、あまりにも失礼なことを考えている。


「とにかく、僕は大切な用事を済ませてくるので失礼しますね! さよなら!」


 ぺこりと頭を下げ、再び走り出すルッタ。


「あんだけ大暴れしておいて……まだ走り回る元気があるのか。――やべぇガキだ」


 呆れ気味に呟きながら、レギウスは頭をかいた。


「……なんだっけ。この前、道端で……変なこと叫びながら演説してた……『ゲーム何ちゃら教』の奴らに雰囲気が似てるが……まさかな……」


 恐ろしいことに、ゲーム・ピコピコ教は海を越え、王都を浸食しつつあったのである。


「……いや。そんなことより、今はノクト教団だ」


 今、リゼリノ王国には新たな邪教が広まりつつあるのだ。


 *


「到着しました!」


 時が経ち、復興しつつあるタヌキ城へと転移したルッタは、例のごとく大広間へと一直線に駆け込む。


「――というわけで、セレーヌに会いにタヌキ城へやって来たのです!」


 そして、その場に居た二人――ユキマルとオボロに向けて、唐突にそう言い放った。


「ど、どういうわけでござるか……?」


「いつものことながら、そなたは突然現れるな……」


 二人は目をまん丸に見開き、明らかに困惑している様子である。


「危うく仕留めるところだったでござる」


 オボロに至っては短刀まで取り出していた。


「お久しぶりですユキマルとオボロ! お変わりなくお過ごしですか? そして、セレーヌはどうしていますか?!」


 ルッタはそんな彼らに遠慮なく詰め寄る。


「ああ――セレーヌなら、今は城下町でゲーム・ピコピコ教の更なる布教活動をしておる。信徒たちと一緒に『経験値! 経験値!』……と叫んでおるぞ。微笑ましい限りだな」


 意外にも、ゲーム・ピコピコ教に対し好意的な反応を示すユキマル。


「るっ太があの女を連れてきてから……ユキマル様は変わってしまったでござる……!」


 オボロはそんな主のことを嘆く。


「ふむ。オボロはこう言っておるが、妖怪を倒せば経験値とやらが得られる……という教えは、よくよく聞いてみると理にかなっておる。……私の体調も、セレーヌが診てくれるようになってからは随分と良いしな!」


 ユキマルは楽しそうに笑いながら、こう続けた。


「経験値、経験値、経験値! ……というわけだ」


「ゆ、ユキマルさまぁ……っ!」


 残念ながら、彼はすでにゲーム・ピコピコ教によって染め上げられてしまったようだ。


 家族を亡くした悲しみや、国を背負っていかねばならぬという重圧を利用されたに違いない。セレーヌの勧誘手法には血も涙もなかった。


「るっ太ぁっ! ユキマル様を……っ、返してほしいでござるよぉっ!」


 オボロはルッタに詰め寄り、涙ながらに訴えかける。


「返すも何も……ここに居ますよ? 笑っているので、とても楽しそうです!」


 ――どうやら、この場で正気なのはオボロだけらしい。


「ううぅ……あんまりでござる……っ!」


 彼女が悲嘆に暮れていたその時――再び襖が開いた。


「失礼します、ユキマル様ぁ……」


 そうして入って来たのは、噂の狂信者――セレーヌである。


「子供たちが妖怪を捕まえてきたのでぇ……いつものアレ、お願いしますねぇ……!」


「おお、もうそんな時間か」


 ユキマルはおもむろに立ち上がると、外へ向かって歩いていく。おそらく、活力を吸い取って式神へと変えるのだろう。


 タヌキ城の兵力はこのようにして増強されるのである。


「……拙者、お供するでござる」


 オボロは力なく肩を落としながらその後に続いた。もはや、彼女にこの大きな流れを止める術はない。救いの道は信じることにしかないのである。


「……そこにルッタが来ているぞ。お主に話したいことがあるようだから、聞いてやってくれ」


 そう言い残して去っていくユキマル。セレーヌはその背を見送った後、ゆっくりとルッタの方へ向き直る。


「おやぁ……お久しぶりですねぇ、ルッタ様ぁ……!」


 彼女は跪き、ルッタに向かって祈りを捧げた。


「……今日はどのようなご用件でしょうかぁ?」


 顔を上げ、満面の笑みで問いかけるセレーヌ。


「実は、セレーヌの仲間――ノクト教団が大変なのですよ! 王都に集まっている騎士団の人たちが、壊滅作戦を立てているのです!」


「まぁ……それはそれは……一大事ですねぇ」


 セレーヌは口元に手を当て、わざとらしく驚いた。邪魔な異教徒がどうなろうと構わないというのが本心なのだろう。


「僕は今から教団の本部に乗り込むつもりです! 敵は強いので、セレーヌさんもパーティに加わりませんか? やはり、ノクト教団のことは自分の手で経験値にしたいですよね?!」


 あまりにも意味の分からない理屈であった。


「そうですねぇ……彼らも、偽りの教えに騙されている可哀想な方々ですし……一度私の手で経験値にして差し上げれば……ゲーム神様の教えに共感してくれるはずですぅ……!」


 こちらも、負けじと意味の分からない理屈を並べ立てる。


「なるほど! ではセレーヌをパーティに加えるので、今すぐダンジョン攻略に行きましょう!」


 おそらく会話は成立していない。


「お待ちください、ルッタ様ぁ……」


 するとその時、セレーヌは両手を広げてルッタを制止する。


「まずは……王国の信徒をさらに増やし……我々の体制を整えるべきですぅ……! 彼らとの全面対決は、それからにしましょう……!」


 ノクト教団の内情をよく知る彼女は、今はまだ雌伏の時であると判断したのだ。


「うーん……こっそり侵入して一人ずつ倒せば、二人だけでどうにかなりませんか?」


「危険すぎるので……その作戦はあまりよろしくないですねぇ……」


「そんな……!」


 ルッタは膝から崩れ落ちる。


「私も一緒にリゼリノ王国へ戻りますのでぇ……準備が整うまで、ほんの少しだけお待ちいただければと……思いますぅ……!」


「……分かりました。準備は大切ですからね。……もう少しだけ待ちます!」


「感謝の極み……!」


 ――かくして、セレーヌがパーティに加わったのであった。

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