第6話 血装束のラヴェルナ
ラヴェルナ・グリムは、冒険者ギルド連盟並びにリゼリノ王国騎士団指定のAランク賞金首である。
非合法な依頼を主として請け負う連盟未認可の裏ギルド『影の足跡』に所属する名もなき盗賊団の頭である彼女は、とある依頼を受けてアルルー邸の近辺に存在するダンジョンの盗掘を行っていた。
「…………チッ」
遺跡深部の広間にて、ラヴェルナは舌打ちしながら足元に散らばる瓦礫を蹴飛ばし、その先にあった石造りの玉座に腰かける。
「モタモタしやがってクソどもが」
そして、不機嫌そうに足を組みながら吐き捨てた。
真っ黒な瞳に褐色の肌、ウェーブがかった茶髪、そして筋肉のついたしなやかな体。
玉座に座るその姿はまるで彫刻のように整っていた。胸元に刻まれた一筋の傷すらも、彼女の危険な魅力を引き立てている。
「お、お頭……ッ!」
その時、数人の盗賊たちが慌てた様子で広間へ駆け込んで来た。
「あァ?」
ラヴェルナの昏く鋭い瞳が、手下の盗賊たちを射すくめる。
「ガキが……っ! 恐ろしく強え悪魔みてぇなガキが来やがったんですッ!」
盗賊の一人が、息も絶え絶えに叫んだ。
「はぁ? ガキ? なに言ってんだテメェ」
「あいつは……オレらじゃ到底叶わねぇっ! た、助けてくれお頭ぁッ!」
「……へへっ、そうか。悪魔みてぇなガキか。そりゃ、さぞかし恐ろしいだろうなぁ」
ラヴェルナは口の端をつり上げて笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「聞いただけで震えてちびっちまいそうだよ」
そして盗賊の前に立ち、冷たい声でそう言った。
「お頭っ、頼む……っ! このままじゃ、オレら全員――」
その瞬間、ラヴェルナは地面に両手をついていた盗賊の頭を踏み潰す。
「使えねぇゴミが……テメェらはガキの始末すらまともにできねェのかッ!」
血しぶきが飛び散り、頭を踏まれた盗賊は痙攣して動かなくなった。
「う、あ、あぁ……!」
他の手下たちは、怯えて少しだけ後ずさる。
「……テメェらがいつまで経ってもモタモタしてやがるから何事かと思えば……ガキにヤられたから助けてくれだと? ふざけやがって……ッ!」
白目をむいて動かなくなった盗賊を何度も足蹴にしながら、心底不愉快そうに吐き捨てるラヴェルナ。
「アタシはテメェらのママかよ、え? 違えだろッ! ガキの喧嘩はガキ同士で始末をつけやがれクソゴミがァッ!」
「す、すみませんお頭ぁ――」
「誰が喋っていいっつッたんだこのゴミがァッ!」
刹那、ラヴェルナは発言した盗賊の脳天に短剣を投げつけた。
「あっ……ぴゃぁッ……?」
盗賊はガタガタと震えながら、力なく地面に座り込む。
「あっ、あっ……!」
「……手元が狂って仕留めそこねたみてェだ。運が良かったな」
ラヴェルナが頭から短剣を引き抜くと、彼の額から血が吹き出してきた。
「……さっさと選べよ、クズども。その悪魔みてぇなガキとやらに殺してもらうか、この場でアタシに殺されるかをなァッ!」
返り血に染まった姿で、狂気的な笑みを浮かべながら手下たちに言い放つラヴェルナ。
「す、すぐにガキをぶっ殺して――」
「だから喋んなって言っただろ?」
「あっ」
次の瞬間、常人では捉えることができない鋭い一閃が、男の首を切り落とした。
「二度目はねェんだよ」
辺り一体は血の海になり、凄惨な光景が広がる。額に短剣を刺された盗賊は、床に転がるそれを見て恐怖した。
「……早く行けよ、ゴミども。まだ、おねんねはしたくねェだろ? コイツみてェになァッ!」
「ひぃぃいいいぃっ!」
運良く癇癪から逃れて生き残った盗賊たちは、競うように広間から逃げ出していくのだった。
ラヴェルナは短剣を片手で投げて回しながらその背中を見送る。
「ガキ……か。……ったく、面倒くせェ」
そして、苛立ちながらパチンと指を鳴らしてこう言った。
「――起きてんだろ? 出て来いよ」
程なくして、彼女の懐からぼんやりと赤みがかった光が飛び出す。
その光はラヴェルナの正面で止まり、やがて燃えるように真っ赤な髪と瞳を持つ少女の姿になった。
「よォ、久しぶりだなメルカ」
言いながら、少女の頭を乱暴になで回すラヴェルナ。
「……な、なによっ」
メルカと呼ばれた少女は特に抵抗することなく、後ろで手を組み目を伏せながら問いかけた。
その瞳からは、ラヴェルナに対する絶対的な恐怖心が伺える。
「ずっと見てたんだろ? テメェもクソガキの始末を手伝ってやれ」
「でもっ……子供、なんでしょ……っ?」
「ああ。ガキのくせに、大の男が揃いも揃ってびーびー泣き喚いちまうくらい強いんだ。……ひょっとすると、テメェと同じ精霊かもしれねェだろ? 違うか?」
「そう……かもしれないけど……っ」
「――だから焼き殺してこい」
ラヴェルナは、自身の短剣に付着した血を拭いながら当たり前かのように命令した。
「で、でも……っ!」
メルカは戸惑い、床に転がる盗賊たちから必死に目をそらしながら続ける。
「そんなっ……焼き殺すだなんて……っ、か、かわいそう……じゃないっ……!」
「テメェ、誰に意見してんだ?」
「え――」
次の瞬間、ラヴェルナはメルカの腹部を蹴り上げた。
「うッ?!」
軽い体が簡単に吹き飛び、壁にぶつかる。
「うっ、うえぇっ、げほっ、げほっ!」
メルカはお腹を押さえてうずくまり、激しく嘔吐いた。
「ぶッ殺されてェのかクソガキッ!」
ラヴェルナはそんな彼女の前でしゃがみ込み、容赦なく髪を引っ掴んで持ち上げた。
「テメェの主人は誰だ? アタシだろ? テメェら精霊は人間サマの魔力がなきゃ生きられねェんだから黙って言うコトだけ聞いてりゃいいんだよォッ!」
額同士をぶつけて激しく怒鳴りつけるラヴェルナ。
精霊は契約した相手からの魔力供給によって生きる存在だ。
何らかの理由でその供給が途絶えてしまうと姿を保てなくなり、『精霊石』と呼ばれる結晶の状態に戻る。
この際に記憶のほぼ全てが失われてしまうため、精霊たちにとっては契約者との断絶が実質的な死に相当するのだ。
しかし、精霊石に適性を持つ者が魔力を注ぎ込むことで、精霊たちは再び同じ姿と能力を持つ生命体として復活することができるのである。
「おぇんっ、なさい……っ、ごめんっ、なさい……っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
メルカは激しい暴行を受けながら、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。
「ひっぐっ、うあぁっ、うああああああっ!」
「ったく。泣くんだったら最初から素直に従ッとけよクソガキ。……次、逆らったら……蹴るだけじゃァ済まさねェぞ? テメェら精霊は死んでも記憶がなくなるだけだからな。使えねェ人格に育ったら、いつでも殺してやり直しゃァいいんだ。……そうだろ?」
ラヴェルナは短剣を見せつけながら、泣き喚くメルカに脅しをかけた。
「……心優しいアタシも、そろそろ我慢の限界なんだよッ。――どいつもこいつも使えねェからさァッ!」
「うっ、えっぐ、ひぅうっ……わがりっ……ました……っ。いうこと、聞くからぁっ……! ちゃんとっ、やります……ぅっ!」
「分かったんならさッさと行きやがれッ!」
そうして、メルカはよろよろと立ち上がり、ふらつきながら部屋を出て行こうとする。
「……アタシがやれっつッたら、テメェはガキだろうが神サマだろうが焼き殺すんだよ。今までもそうしてきただろ、メルカ?」
「………………はぃ」
彼女は背中を向けたまま、消え入りそうな声で答えた。
――Aランク賞金首、ラヴェルナ・グリム。気分次第で自身の手下すら殺害し、常に返り血に染まっていることから付いた異名は血装束。
そんな彼女は、盗賊でありながら炎の精霊を使役する厄介な精霊使いでもあった。
……なお、原作においてはレベル二十五相当の相手であり、強敵だが倒せば非常に多くの経験値と強化アイテムを獲得できる美味しいボスキャラである。




