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第54話 訓練場をソロで攻略します!


 数日後。


 予定通り王都に連れて来られたルッタは、その日のうちに家族で宿泊していた宿屋を抜け出し、騎士団の訓練場に向かっていた。


 ステラが目を離した一瞬の間の犯行である。王都に到着したのが夕方であったため、流石のルッタも疲れていると思い油断したのだ。


 ちなみに、抜け出すなとは言われていないため分身も置いてきていない。本人としては軽い散歩のつもりである。おまけに「訓練場へレベル上げをしに行きます!」という書き置きも残してきたため、何ら問題はない――と、彼は本気で考えていた。


「ありました! 確か、ここが訓練場だったはずです」


 原作知識を頼りに、王都の片隅に佇む無骨な建物――騎士団訓練場の前へとやって来たルッタ。


(原作では建っているだけだった意味のない場所が……ついにレベル上げの場として実装されたのですねっ!)


 彼は感動に打ち震えていた。


「まずは少しだけ様子を見ましょう!」


 言いながら、マジックポーチを使って自宅から持ち出した木剣を手に、ゆっくりと入口へ近づいていく。


「たのもー!」


 そして道場破りのように勢いよく扉を開け放ち、堂々と中へ足を踏み入れた。


「あ?」

「なんだあのガキ」


 剣術の修行に励んでいた騎士たちは一斉にルッタへ注目し、ざわつき始める。


「チッ、ここは子供の遊び場じゃないんだぞ……」

「早く追い出せ!」


 この時間帯に訓練場へ通っている者の大半は自主的に修練を行う熱心な者たちばかりであり、場の空気は常に張り詰めているのだ。


「か、かわいい……!」

「なんて可憐な少女なんだ……っ!」


 もちろん、そうでない者もいる。


「すみませーん! 経験値を稼ぎに来たのですが……もしや子供は訓練できないのですかー?」


 中へ突入すれば怒った騎士団に襲われて戦闘が開始すると思っていたルッタは、困惑気味に問いかけた。


「……お嬢ちゃん、どうやってここへ入って来た」


 するとその時、騎士たちの中から、一際鋭い目つきをした禿頭とくとうの男――訓練場の教官であるザムル・グレイオークが進み出てきた。


 瞬間、騎士たちのざわめきがおさまり、辺りに静寂が訪れる。


「僕は男の子です!」


「……坊主、どうやって入って来た」


「見ての通り、正面から入ってきました!」


「ここがどういう場所か知っているか?」


 普通の子供であれば泣き出してしまいそうなほどの眼光で睨まれるルッタ。


「もちろん知っていますよ! ここは騎士団の訓練場で、僕も訓練をしに来たのです! お父さまが明日になったら連れて来てくれると言っていたのですが、色々とあって我慢できませんでした!」


「ほう……」


 彼が宿屋を抜け出した一番の理由は、予想以上に姉と母が過保護で窮屈だったからである。一年近く経ってもまだ誘拐事件のことが忘れられないようだ。


「お前の父親の名は」


「クロード・アルルーです!」


 刹那、教官の目が大きく見開かれる。


「つまりお前は……ルッタか!」


「はい! ルッタ・アルルーです! でも、どうして僕の名前を……?」


 初対面のモブキャラに名前を言い当てられ、不思議そうに首を傾げるルッタ。


「はっはっはッ! そうかそうか! あいつの子供が……もうこんなに大きくなったのか!」


「僕のことを知っているのですか?」


「ああ。――俺がお前を抱いたのは赤ん坊の時だったから、覚えていないのも無理はない!」


 そう言って、教官は心底愉快そうに笑った。


(なるほど、そんな裏設定があったのですね! 本筋と関わらないのですぐに忘れてしまいそうです!)


 ルッタは相変わらず失礼なことを考える。


「どうやら……クロードに似て随分と手のかかるやんちゃ坊主に育ったようだな。あまりステラを困らせるんじゃないぞ?」


「そうしたいのは山々なのですが……僕にも色々と事情があるのです!」


「口も随分と達者なようだ。親の苦労が偲ばれるな!」


 言いながら、教官は乱暴にルッタの頭をなでる。


「あう……」


 サラサラの髪は、あっという間にボサボサへと変化した。


「……ここで訓練がしたいのか?」


 今までよりも心なしか優しい声音で問いかける教官。


「はい! 僕は強いみたいなので……経験値の多い――ではなく、強めの人と戦いたいです!」


「ほう、それでは俺が相手をしてやろう」


 その一言に、再び騎士たちのざわめきが起こる。


「ザムル教官が自ら……?」

「いくらクロードさんの息子とは言え、相手はまだ小さな子供だぞ……?」

「いいじゃねぇか。生意気なガキの鼻っ柱をへし折ってやろうってことだろ」


 いずれも当然の反応であった。


「お前たち、訓練場の真ん中を開けろ! 俺がこの子供の相手をする!」


 ――そうして瞬く間に場が整えられ、ルッタとザムルは木剣を構えて向かい合うことになったのである。


「……さあ、どこからでも打ってこい!」


 そう叫ぶザムルの構えには、どこにも隙が見当たらなかった。彼が歴戦の強者である証だ。


「えっと、僕からで良いのですか……?」


「構わん! まずは小手調べだ。全力で来いッ!」


「わ、分かりました!」


 ルッタは困惑しつつも、素直に教官の言葉に従うことにした。


「おーーーーーーーーーーっ!」


 雄叫びと共に木剣を振り上げ、一直線に教官へ突撃する。


「ほう、良い気迫だ――」





 ――数秒後、そこには血を流しながら訓練場の壁にめり込む教官の姿があった。


「「ざ、ザムル教官ーーーーッ!」」


 騎士たちとルッタの悲痛な叫びが、訓練場に木霊こだました。

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