第52話 お父さまを経験値にしよう!
アルルネとの死闘から一年近くが経過し、ルッタは七歳、リリアは八歳に成長していた。
「うーん……むにゃむにゃ……今日も、いい……グラフィックです……すやすや」
早朝、ルッタが心地よく眠っていると、突如として部屋の扉がノックされる。
「ふぁ……?」
「ルッタちゃん、もう起きているかしら?」
外から聞こえてきたのは、姉の柔らかな声であった。
「……どうしたのですか?」
ルッタは眠い目をこすりながら起き上がり、扉を開ける。
向こう側に立っていたリリアは、何故か木剣を二本も抱えていた。
「なるほど……二刀流ですか。流石ですねお姉さま! 最強に近づいています!」
「いいえ、違うわ」
彼女はきっぱりと否定した後、少し困ったような表情をしながらこう続ける。
「今日から……お父さまが私に剣術を教えてくれるらしいの。女の子でも、身を守る方法は覚えておいた方がいいって……」
そう話す間ずっと、リリアは浮かない顔をしていた。戦いに関して天才的な素質を持って生まれてきた彼女だが、悲しいことに争いを好まない性格をしているのである。
「おお! つまり……精霊との契約に成功したリリア姉さまは、いよいよ次なる力を手に入れるのですね! まさに覚醒イベントです!」
「……契約だって、ちゃんとできたわけではないわ。この子たちはまだ眠っているもの……」
リリアが呟いた瞬間、彼女の背後に赤、青、緑に光る三つの光が浮かび上がり、円を描くように頭上をぐるぐると飛び回った。
基礎的な魔法を一通り習得したことで魔力が高まったリリアは、精霊たちとも通じ合えるようになったのだが、現状はまだ仮契約を済ませただけにすぎない。
精霊たちは未だ明確な意思を持っておらず、実体化もできないため、真にその力を使いこなすにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
「ところで……僕はどうして起こされたのですか? おはようの挨拶ですか? ――おはようございます、リリア姉さま!」
「ええ、おはよう。……ルッタちゃんが可愛らしい笑顔で挨拶してくれるのは嬉しいけれど、用件は別よ」
リリアは一瞬だけ顔をほころばせたが、その後すぐに眉を曇らせ、言いにくそうにしながら話を続けた。
「その……練習を一緒にやって欲しいの。一人だと不安で……それなら……ルッタちゃんを誘えって昨日お父さまに言われたから……」
「なるほど! どうやら、僕もいよいよ素手以外の武器スキルを鍛える時が来たみたいですね! 熟練度アップです!」
ルッタそう言って勢いよく部屋に戻り、素早く服を着替えて飛び出す。
「それでは行きましょう! お父さまを経験値にするのです!」
「や、やる気も元気もいっぱいね……」
リリアは苦笑しながら、持っていた木剣の一本を差し出した。
「木の剣、装備完了です! 攻撃力が五だけ上がります!」
それを受け取り、高らかに宣言するルッタ。
「そうなのね……楽しそうで良かったわ……」
かくして、二人は父のクロードが待つ庭へと向かったのである
*
「ほう、やはりルッタも連れて来たか!」
庭で軽く素振りをして待っていたクロードは、屋敷からとてとて歩いて出てきた二人を見て愉快そうに笑う。
「お父さま、ご覚悟を!」
木の剣を構え、やる気に満ち溢れている様子のルッタ。
「――いいだろう、まとめて相手をしてやる。父を超えてみせろッ!」
クロードはそれに対抗し、木剣をカッコよく構えながら無駄に芝居がかった口調で言った。
(ルッタちゃん……お父さま……何がそんなに楽しいのかしら?)
リリアの胸中は冷めきっていたが、それは口にせずこう問いかける。
「それで……まずは何を練習すればいいのかしら?」
「……最初は剣の扱いに慣れるところからだ」
木剣の構えを解き、二人に歩み寄るクロード。
彼は剣の握り方を簡単に教え、何度か素振りをさせた後、細かく評価を始める。
「ふむ……リリアは姿勢が崩れなくて綺麗だが、動きが硬いな。もっと体の柔らかさを活かすんだ! ――それから、ルッタは勢いがあって結構だが、姿勢が乱れやすい。注意すべき点はそこだな!」
「「はい、お父さま」」
二人は声を揃えて返事をした。
ちなみに、原作のルッタは武器の適性も全てにおいて普通以下である。最大限極めたとしても、同じように極めた適性持ちの相手に技量で勝ることは不可能だ。
しかし、レベルさえ高ければ全て無視して攻撃力で押し切ることも可能だろう。経験値こそが正義なのだ。
「……うん。とりあえずはこれで良し!」
正しい剣の振り方を教えたクロードは満足げに頷き、再び木剣を構え直す。
「遠慮はいらない! 今度は俺に全力で打ち込んで来い!」
そして、自信満々にそう告げるのだった。
「い、いきなり……そんなこと言われても……」
「分かりました! 全力でお父さまを倒します!」
戸惑うリリアをよそに、微塵の躊躇もなく戦闘態勢に入るルッタ。
「おーーーーーーーーーーっ!」
彼は雄叫びを上げながら一直線にクロードへ突撃し、木剣を振り下ろした。
「はっはっは! いいぞルッタ、その調子――」
余裕の笑みを浮かべつつそれを受け止めたクロードの表情が、一瞬で強張る。
「…………むっ?」
刹那、木剣同士がぶつかり合ったとは思えないほどの轟音が鳴り響いた。
続けて物凄い衝撃波が発生し、クロードの体は後方へと吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
そのまま大木に叩きつけられ、吐血するクロード。
「お父さまーーーーっ!」
リリアは悲鳴を上げた。
「や、やってしまいましたっ!?」
流石のルッタも、今回ばかりは慌てふためく。
「早く治癒魔法を――と、とにかくお母さまを呼んでくるわっ!」
リリアは木剣を放り出し、屋敷に駆け込んでいく。
「大丈夫ですかお父さま!?」
一方のルッタは、クロードの近くに駆け寄って問いかけた。
「ふっ、くくくっ……! 俺としたことが……まさか剣を握ったばかりの息子に……一本取られるとはな……!」
彼は頭から血を流しながら笑っている。
「どうやら、書類仕事にかまけて剣術の鍛錬がおろそかになっていたようだ……」
「なるほど……経験値を稼ぎ続けないとレベルダウンしてしまうのですね……っ! かわいそうですっ!」
「ふははっ……! ルッタ……アルルー家のこと――よろしく頼む……!」
彼はそう言った後、ゆっくりと目を閉じる。
「お、お父さまーーーーっ!」
とうとう実の父親をも経験値にしてしまったルッタの悲痛な叫びが、庭中に響き渡るのだった。




