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第50話 状態異常はもう嫌です!


 その少年にとって、ゲームは世界の全てだった。


 外で知らない女の人と遊ぶのに忙しい父や、よく家に知らない男の人を連れ込んでいる母は、一緒に暮らしているだけの他人だ。


 もはや、家族の会話を最後にしたのがいつなのか思い出せない。


 だが、欲しいゲームさえ買ってくれるのならそれで構わなかった。何故なら、ゲームをするのは他のどんなことよりも楽しいからだ。


 家族との思い出は全て忘れた。そもそも、そんなものが本当にあったのかすら曖昧である。


 彼の頭の中に残っているのは、ただひたすらに遊び続けて来たゲームに関する記憶と知識と思い出だけだ。


 頭の中はゲームのことで一杯だから、それほど不幸を感じたこともなかった。


『アルティマ・ファンタジア』は、そんな少年が最後に遊んだゲームである。


 何日もかけて完全攻略し、感動の真エンディングを迎えた後――彼は自身の空腹に気付いてお小遣いの入った財布を片手に家を出た。


 ……そこから先のことは、今でもよく思い出せない。


 ただ何となく、強烈なクラクションの音と、物凄いスピードで迫って来る大型トラックの記憶だけがぼんやりと残っている。


 *


 ある少年は、ほんの少しだけ退屈していた。


 平和な日常、善良すぎると言っていい両親、優しくて泣き虫な姉。


 理想的だと言われればそうかもしれないが、それ故に刺激が足りない。


 だからこそ、時々危ないことをした。両親や使用人の慌てふためく姿や、泣きそうになりながら止めてくる姉の反応は、彼にとってちょっとした暇つぶしの娯楽でしかなかったのだ。


 だが、そんなことを続けていたら監視が強まり、屋敷を抜け出すのが大変になってきてしまった。


 そこで少年は、庭にある大きなリンゴの木に登るという新たな遊びを思いつく。


 もし失敗して落ちたら、頭を打ったら死んでしまうかもしれない。だけど、その方がドキドキできると思ったのだ。


 そして少年は無謀な計画を実行に移し――案の定、失敗して頭から地面へと落下したその瞬間。


 頭の中に、無数の情報が洪水のように流れ込んできた。


 膨大なゲームの情報と攻略知識、断片的な前世の記憶が脳裏に深く刻み込まれていく。


 そうして、少年の目に映る世界は大きく変質した。


 リンゴの木はマップオブジェクト、姉や両親はゲームキャラクター、魔物は経験値、落ちたリンゴはドロップアイテム――今や少年にとって、世界の全てはゲームだ。


 かくしてその日、この世界に一人のゲーマーが誕生したのであった。


 *


「おーーーーーーーっ!」


 ルッタは毒に苦しめられ、満身創痍になりながらも、めげることなくボスへ立ち向かっていく。


「くっ……!」


「この子しつこーい!」


 最初は優勢だったアルルネとフロナだが、徐々に押されつつあった。


風撃ウインドショック!」


「きゃあっ?!」

 

 刹那、ルッタの放った魔法がフロナに命中する。


 彼女の軽い体は、風の勢いで大きく吹き飛ばされた。


「フロナっ!」


 アルルネは思わず名前を呼びかける。


「フロナは……平気だよぉー……いたた……」


 そう言いながら立ちあがろうとする彼女の背後で、萎れていたはずのキングラフレシアが動く。


 どうやら、花の精霊が持つ植物を活性化させる力によって再び元気を取り戻したようだ。


「ダメっ! 後ろ――」


 彼女が血相を変えて叫んだ次の瞬間。


「……ふぇ?」


「――パクッ!」


 キングラフレシアによってフロナは丸呑みされ、悲鳴を上げる間もなく何度も咀嚼された。


「バキッ! グシャッ! ガブッ! ムシャッ!」


 花弁の奥から、何かが千切れて潰れるような不気味な音だけが聞こえてきている。


「ペッ」


 そうして吐き出されたのは、緑色の小さな石――フロナの精霊石だけであった。


「フロナァァァァァァッ!!!」


 アルルネの絶叫がこだまする。


「……ナイスアシストです!」


 一方、ルッタは経験値じゃない方を倒してくれたラフレシアに対し、思わず親指を突き立てた。


「これでフロナの精霊石もゲットできますね!」


「ギュム!」


 すると、キングラフレシアはツルを器用に動かし、ルッタと同じ動作をした……ように見える。


(キングラフレシアさん……!)


 それは次なる獲物を捕らえるための予備動作だったのかもしれないが、少なくともルッタは通じ合えたような気がした。


 ――しかし。


呪毒カースドポイズンッ!」


 怒り狂ったアルルネの放った魔法によって、ラフレシアは一瞬で枯れ果てて塵と化した。


「き、キングラフレシアさーーーんっ!」


 あまりにも突然の別れに悲痛な叫びを上げるルッタ。


「うっ、げほッ……!」


 しかし、それはアルルネ自身にも作用する魔法であった。


 彼女は口から血の塊を吐き出し、苦しそうに胸を押さえる。


「許さない……許さないわッ!」


「キングラフレシアさんっ……ぐふっ!」


 アルルネの放った毒魔法は、ルッタのことも少しずつ蝕んでいく。


(そういえば……アルルネはフロナを先に倒すと……無差別の状態異常魔法を撃ってくるボスでした……っ!)


 彼はなす術なくその場に倒れ込み、動けなくなった。


「…………ぐっ!」


 同時にアルルネも膝をつき、床に崩れ落ちる。


「……やっぱり……毒耐性は……っ。必須ですね……ごふっ!」


 言いながら力尽きたルッタは、分身としての役目を終えてその場から消え去った。


「フロナ……もう一度……起こしてあげるから……待っていなさい……っ」


 障害を排除したアルルネは、精霊石に震える手を伸ばし――途中で体力が尽きる。


 どうやら勝負の結果は引き分けだったようだ。


 ――ちなみに、アルルネの呪毒は分身が食らってもダメージが本体と共有されるという特殊な仕様があるため、入浴中だった本体のルッタは風呂場で盛大に吐血して、もがき苦しみながら治癒魔法で解毒する羽目になった。


 それ以降、分身が勝手な行動をすることは減ったらしい。

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