第47話 緑の魔女アルルネ
その日、裏ギルド影の足跡の幹部の一人――緑の魔女の異名を持つ女、アルルネ・ドリードは、有力な幹部候補であったラヴェルナ・グリムが失踪したという報せを受け取っていた。
彼女は協調性がなく無駄な殺人を好むという厄介な精神性こそ有していたが、戦闘能力そのものは非常に高く、ギルド内でも大いに評価されていた存在である。
そんなラヴェルナが、協力関係にあるノクト教団から請け負った依頼の最中に忽然と姿を消した――というのだ。
これは明らかに異常事態であった。
教団側の報告によれば、彼女は王国の魔導騎士である焔剣と交戦して敗北したようだが、捕縛された様子はないらしい。
戦いで負った傷を癒すためにどこかへ潜伏している可能性も考えられるが、それなら尚のこと裏ギルドに報告してこないのが不可解である。
「……ふぅん」
影の足跡のシンボルが刻印された黒い封筒に入っていた暗号文に目を通したアルルネは、甘い吐息を漏らす。
そして木製の丸テーブルの上に置かれたアロマキャンドルの火に暗号文をかざし、跡形もなく燃やした。
「……残念。あの子、意外に弱かったのね」
言いながら、彼女は被っていたとんがり帽子を脱ぎ捨て、艶やかな紫色の髪を揺らしながら椅子に腰掛ける。
――ここは、アルルネの隠れ家である隠匿されし花園の最奥にある、彼女専用の私室だ。
天蓋付きの豪華なベッドや、花柄の彫刻が施されたドレッサーにクローゼット、棚に並べられた色とりどりの花と、まるで上流貴族の寝室のような家具や品々が並んでいる。
しかし、床には脱ぎ捨てられた衣服や書類、薬草の切れ端のようなものが好き放題に散らかっていた。
「弱いのは頭だけだと思っていたのだけれど……」
椅子の背もたれに体を預けながら呟くアルルネ。その拍子に、彼女のたわわな胸が大きく揺れる。
「でも、そういう所が可愛かったのよね……ふふふっ」
するとその時――彼女が脱ぎ捨てたとんがり帽子から、淡い緑色の光がふわりと浮かび上がった。
「もしかして、ラヴェルナ死んじゃったのかな!? すごく悲しいね……!」
光は羽虫のようにアルルネの周囲を飛び回りながら、朗らかな少女の声で語りかける。
「……そうね、悲しいわね」
「それだと、メルカも消えちゃうよね?!」
「……ええ、消えてしまうわ」
「うええええんっ!」
緑色の光がぴかぴかと明滅しながら泣き声を上げる。
この光の正体は、フロナという名を持つ花の精霊だ。彼女はアルルネと契約しているのである。
「おはか……作ってあげないとだね……っ。ラヴェルナの死体、見つかったら……お花畑の下に埋めてあげよう……っ! メルカと一緒に……!」
「あなたは優しい子ね、フロナ」
アルルネは優しい声で精霊の名を呼び、指先でそっと光をなぞる。
「えへへ……!」
すると、フロナは嬉しそうに瞬いた。
――その刹那、隠れ家の外で血を鳴らすような衝撃音が鳴り響き、部屋全体がわずかに揺れる。
「…………あら?」
「もしかして……ラヴェルナ?! 生きてたのーっ!?」
アルルネの頭上を素早く旋回しながら問いかけるフロナ。
「いいえ……あの子ではないけれど……どうやら侵入者みたいね」
言いながらアルルネは立ち上がり、棚の引き出しから怪しく光る薬品の入った小瓶を取り出す。
「せっかくですし――少し遊んであげようかしら?」
彼女は赤い花鉢植えを一つ手に取ると、それに薬品を一滴垂らした。
するとその瞬間、花は鉢植えを突き破り、花弁や蔓を蠢かせながらみるみるうちに巨大化していく。
「アルルネに遊ばれちゃうなんてかわいそ~!」
「うふふっ……」
アルルネは不敵な笑みを浮かべながら、軽く指を鳴らした。
「――行ってらっしゃい」
合図を受けたに赤い花――薬によって変異した妖花は、ずるずると根を動かして地を這いながら侵入者の元へと向かっていく。
「フロナも一緒に遊びた~い!」
「あなたはダメ。――ここで私と一緒に待っていなさい」
妖花の後を追って出て行こうとしたフロナを引き止めたアルルネは、いつの間にか取り出していたティーカップにハーブティーを注ぎ始める。
「えーーーっ!? どうして~?」
「侵入者の悲鳴を聞きながら飲むハーブティーは格別なのよ? ……あなたも私と契約してからだいぶ経つのだから……そろそろ《《お姉さん》》として、大人の楽しみ方を覚えるべきだと思わないかしら?」
「う~ん……?」
フロナはしばらくその場でふわふわと浮遊した後、ゆっくりとアルルネの方へ近寄っていく。
「――わかった! フロナお姉さんだから、もっと大人な遊び方のやつする!」
そうして、元気よく告げるのだった。
「……ふふ、いい子ね。じゃあそっちに座って」
アルルネは丸テーブルにティーカップを並べながら、向かい側の椅子をスッと指し示す。
「ふふん!」
フロナは椅子の上で得意げに一回転すると、頭に花飾りをつけた少女へと姿を変えた。
「ちゃくせ~き!」
椅子に腰かけた彼女は、新緑の髪を揺らしながらティーカップへと両手を伸ばす。
「さてと……私たちのお庭に迷い込んで来た《《お客様》》は、一体どれくらいもつかしら?」
緑の魔女は妖艶に唇を歪ませ、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「入り口でお花に食べられて死んじゃうと思うー!」
「……そうねぇ」
二人だけの優雅なお茶会が、静かに始まるのだった。




