第43話 ユキマルの元に宣教師を送り込みます!
タヌキ城を後にしたルッタが向かったのは、セレーヌとラヴェルナを監禁している「ひみつきち」であった。
「みなさんおはようございます!」
元気よく挨拶しながら、相変わらず殺風景な地下室へと足を踏み入れるルッタ。
「おはようございます……! ルッタ様ぁ……!」
彼を出迎えたのは、部屋の中心で祈るように両手を組み、跪いているセレーヌだった。
どうやら今回は椅子に拘束されていないらしい。
洗脳を得意とする彼女だが、自身も洗脳に弱く、すっかりルッタ色に染まり切ってノクト教団から寝返ってしまったのである。
「ああ、ああああああああッ!」
一方、ラヴェルナの方は相変わらずの様子であった。虚ろな目のまま悲鳴を上げたり、ぶつぶつと何かを呟いたりしている。
「……今日もレベルアップのためにここへ来たのですかぁ……?」
セレーヌの問いかけに対し、ルッタは首を横に振った。
「いいえ。実はセレーヌには、レベル上げの他にお願いしたいことができたのです」
「…………っ!」
そうお言われたセレーヌは、自身の体をぎゅっと抱きしめて、ぶるぶると震え始める。
「あの、大丈夫ですか?」
「ルッタ様のお願いなら……なんでもお聞きしますぅ……!」
どうやら、彼女は新たな使命を与えられることに歓喜しているらしい。
「そう言ってもらえると助かります!」
「さあ、ルッタ様……! この私に、何なりとご用件をお申し付けくださいぃ……っ!」
「実はですね……かくかくしかじかで――」
ルッタは手短に、ユキマルのこととタヌキ城の現状を伝えた。
「……つまり、セレーヌにはお城の復興に協力して欲しいのです!」
「ぜひともっ! 私にやらせてくださいぃっ!」
「ありがとうございます!」
――かくして、狂信者が牢獄から解き放たれることが確定してしまったのである。
「全て私にお任せくださいぃっ! 経験値! 経験値! 経験値ぃ……!」
「……いきなりどうしたのですか?」
「ついに……ついにルッタ様の素晴らしさを……迷える人々へ伝え広める時が来たのですぅ……っ!」
困惑するルッタに対し、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。
「ああ……げーむ、けいけんち……げーむ……あああああああああ」
ちなみに、ラヴェルナは未だ洗脳中であるため、今回はお休みである。
*
「帰ってきましたよユキマル!」
「るっ太……そちらの御仁は……?」
ユキマルは、大広間に戻ったルッタが連れて来た謎の女性を見ながら言う。
「僕の経験値――もとい、お友達です!」
「……ルッタ様と同じリゼリノ王国から参りました、セレーヌと申しますぅ……」
言いながら、恭しく頭を下げるセレーヌ。
「ユキマル様のことは、ルッタ様からよぉーくお聞きしていますよぉ……!」
頭を上げた彼女は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「セレーヌのステータスは僕よりちょっと強いので、妖怪とかも返り討ちにできると思います! ボスキャラなのでHPも豊富です!」
ルッタのレベル上げに付き合い続けたセレーヌは、彼を上回る強さを手にしている。
「るっ太以上の実力……か。事実であるならば、すごいことだな」
――サブキャラとボスキャラの持つ才能の差は残酷なのだ。
「本当に信頼できる人間なのでござるか……?」
広間の隅に控えるオボロは、小さな声で呟く。
「ええと……セレーヌ殿。改めて確認したいのだが、本当にこの国に力を貸してくれるのか? 見ての通り、城には十分な報酬を出す蓄えなど残っておらぬのだが……」
「ええ。もちろん、それを承知した上でここに来ていますぅ……! ――ただ」
セレーヌはやや声を低くし、真剣な眼差しでユキマルの目を見た。
「無償の奉仕の代わりに、一つだけ……私のお願いを聞き入れていただきたいのですがぁ……」
場の空気がわずかに緊張する。
「――聞かせてくれ。そなたのお願いとはなんだ?」
「私はとある神への信仰を広める宣教師でしてぇ……ぜひとも布教の許可をいただきたいのですぅ……!」
そう言われたユキマルは、少し考えてから言った。
「……なるほど。面白い答えだ。――して、そなたの信仰とはどのようなものなのだ? 私に申してみよ」
「この世に転生したゲーム神を称え、経験値とドロップアイテムを捧げよう……という教えを、ただひたすらに実践するのですぅ……っ!」
「…………ん?」
何一つとして言葉の意味が理解できなかったユキマルは、首を傾げる。
「名前は……『ピコピコ・ゲーム教』とお呼びくださいぃ」
「……可愛らしい響きでござるな」
オボロは少しだけ心惹かれている様子だった。
「セレーヌの宗教には、ゲーム神というものがいるのですか? 僕も会ってみたいです!」
「ルッタ様のことですよぉ……全知全能の……ゲーム神さまぁ……!」
「…………はい?」
耳打ちされたルッタも、理解できずに固まる。
「ユキマル様。今なら、あなたはヒサギリで初めてピコピコ・ゲーム教を信仰した大名になれますが……どうですかぁ……?」
「……いいや、私は遠慮しておく」
ユキマルは引き気味に断った後、こう続けた。
「たが、無理やりな勧誘でなければ、布教は好きにしてもよいぞ。……この国のために力を貸してくれるのであれば、そのくらいの自由は認めよう」
「…………! ありがたきお言葉ですぅ……!」
かくして、セレーヌの信仰心の暴走によりピコピコ・ゲーム教が産声を上げたのである。
「ユキマル様……本当に良いのですか……? と、とても怪しげですが……」
オボロはユキマルの側へ近寄り、そっと耳打ちする。
「そなたは、今の説明を聞いて理解できたか?」
「いいえ、まったく……!」
「ならば、信じる者はごく僅かだ。……そもそも意味が分からぬからな」
「確かに……!」
「よって、大きな影響はないであろう」
――しかし彼らは、後にピコピコ・ゲーム教の恐ろしさを思い知ることとなる。




